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閉園間際の恋人たち  作者: 有世けい
夢の足跡、夢の足音
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それからの蓮君は、忙しいとう言葉では間に合わないほどの過密スケジュールだった。

もともとクリスマスと大晦日から新年にかけてはFANDAK(ファンダック)で最も賑やかな時季で、ファンの人達の動向が気がかりな蓮君もさすがにパレードやショーに出演する予定だったのだ。

ところが急遽年始早々に退職することになったものだから、普段の仕事外にも色々とやらなければならないことができてしまい、私や大和と一緒に過ごすはずだった時間もキャンセルになったのだった。



蓮君はそれでも私達との約束を強行しようとしてくれたけれど、さすがにそれは私が止めた。

FANDAKを辞めたあとは少し時間もとれるようだったし、ニューヨークに行くまでにもなるべく三人で会えるようにしたいと蓮君が言っていたからだ。

それに、どんなに忙しくても、蓮君はほぼ一日おき程度で私の部屋に寄ってそのまま泊まっていくので、まったく会えないわけでもなかった。

泊まっていくといっても、大和が一緒にいるので当然深い恋人時間には発展せず、せいぜいキス止まりである。

でもそんな時は三人で朝食をとって、慌ただしくも幸せな時間を感じていた。

もし蓮君と結婚したらこんな日常が待っているのだろうかと、未来に想いを馳せて頬がゆるみそうになるも、間もなくはじまる遠距離恋愛を想像して寂しさを感じずにはいられなかった。



せめてもの救いは、大和が蓮君のニューヨーク行きを思っていた以上に前向きに捉えていたことだった。

買い物に行けばニューヨークの本を欲しがり、テレビでニューヨークのクリスマス風景が流れると食い入るように見たりして、まるで自分も蓮君と一緒にニューヨークに行くつもりのようにさえ感じた。

けれどニューヨークに行くのは蓮君だけだということはちゃんと理解しているらしく、時に子供は大人の何倍もの順応性を発揮するものだということ、こんなときに私は再認識していた。



そして大和は、レンお兄ちゃんがニューヨークから日本に帰ってきたら、それからは毎日一緒にいられるのだと、強く信じてるのだ。

その純真に未来を信じきれる強さは、私も見習わないといけない。

だから私は、まず今の私にできることとして、未来の家族になるであろう蓮君のご両親やお兄さん、ご実家のお仕事のことなどを、もっとちゃんと知ろうと思った。



はじめは、忙しい蓮君の貴重な休息時間を奪いたくなかったので自分で調べるつもりだった。

有名企業の経営者一族については、ある程度なら公になっているはずだと、以前の経験で学んでいたから。

けれど、リビングに急にファッション雑誌が増えたことがきっかけですぐに蓮君にばれてしまい、「そんなの俺に訊いてくださいよ」と呆れられてしまった。



そんなこともあり、結局は蓮君本人からご家族のこと、 ”the Key” のことを教えてもらった。

私も名前は知っていたし、若い人から大人にまで人気のあるブランドだという印象はずっと持っていた。

だからそんな会社を経営されてる蓮君のご家族は、どれほどにハイクラスな方々なのだろう……と、不安が先行していたのは否定できない。

おそらく、以前の経験…笹森さんとのことがあったせいもあるだろう。

比べるべきではないけれど、やっぱり笹森さんのご家族が浮かんでしまうのはどうしようもなかった。

すると、蓮君も薄々はそのことに勘付いたようで、その都度丁寧に自分の家族はいたって普通の家族だということを聞かせてくれた。

そのおかげもあって、先走っていた不安も、さほど大きくはならないでくれたのだった。




そうして、新年を祝う賑やかな空気が落ち着きはじめた頃、蓮君がFANDAKのダンサーを終える日を迎えたのである。




よく晴れた、真冬にしてはあたたかな日だった。


今日は大好きなファンダックに行って、大好きなレンお兄ちゃんの出演するパレードを見て、大好きな秋山のおじいちゃんとおばあちゃんのお家にお泊りするんだと、大和は昨夜のうちから大はしゃぎだった。

興奮するのは仕方ないとしても、それが怪我に繋がらないといいけど……なんて保護者らしく心配してみながらも、実のところ私だって大いに気持ちが昂っていたのは、大和には内緒だ。


だって今日は、蓮君の最後のダンサー姿となるのだから。

今日がダンス人生の集大成なのだと、蓮君は昨夜の電話で話してくれた。

大切な恋人のそんな大事な日を、平常心で迎えられるわけもなかったのだ。




「琴ちゃ――――ん!はやくはやく!」

「大和、走っちゃだめよ。急がなくても大丈夫だから」



まるで蓮君と出会った日を再現するかのような会話に、うっかり笑みがこぼれてしまう。

きっと大和はそんなことは覚えていないだろうけれど。

あのときの大和のお目当てはファンディーだったのに、今日はFANDAKのポスターを見つけても真っ先に名前を呼ぶのは蓮君だった。



「あ、レンお兄ちゃんだ!」



そこには王子様のような衣装を纏った蓮君が大きく写っていた。

とびきり爽やかな笑顔のカメラ目線で、ポスターの前に立つ一人一人をエスコートしているかのような構図だ。

この華やかな存在に、上品な佇まいに、明るい面差しに、そして心躍るパフォーマンスに、いったいどれだけの人達が楽しい時間をもらったのだろう。

元気をもらったり励ましてもらった人もいるだろう。もしかしたらこの笑顔との出会いで、人生が大きく変わった人だっていたかもしれない。

ある意味、私だってその一人なのだから。



「レンお兄ちゃん、かっこいいね」

「そうだね。大和は、レンお兄ちゃんが大好きなんだね」

「うん!大好きだよ!琴ちゃんも好きなんでしょ?」

「うん、大好きだよ」

「じゃあ、きっとお母さんも好きになってたね」

「理恵が?そうかな?」

「うん、そうだよ!だってお母さん、いっつも言ってたもん」

「何て言ってたの?」

「わたしと琴子はよくにてるって」

「似てる?」

「うん!シンユウだからにてくるんだって言ってたよ」

「親友……そっか、そうかもしれないね」



いつも明るく前向きで、多少のことはサッと流せる大らかさもあり、周りの人も楽しい気分にすることができる理恵と、

今だけでなく過去の傷跡にまで敏感に反応してしまって、臆病で、自分に自信が持てなかった私。

外見もどちらかといえば正反対の二人が、”似てる” と言われる機会は決して多くはなかった。

だけど………



ねえ理恵。

私達は、似てるんだね………



私は肩に掛けたバッグのサイドポケットをそっと撫でた。

だがちょうどそのとき、



「あ!秋山のおじいちゃんとおばあちゃんだ!」



大和が私の両親を見つけて両腕をぶんぶん振り出したので、私はバッグの中に忍ばせた親友から静かに手を離したのだった。










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