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「心配してくださって、ありがとうございます。ですがもう全然、その…平気です」
大和があまりにも王子様王子様と言うものだから、なんだか私までおかしなテンションになってしまいそうだ。
彼はただ、あの日私が怪我をする現場を目撃していたから、それで気にかけてくれているだけなのに。
もっと言えば、こんなのただの社交辞令に過ぎない。
そう、きっとそうに違いない…
そんな風に、自分の気持ちが高鳴っていくのを懸命に抑えながら、私は大人の得意技、平常心を心掛けた。
すると、それまで黙っていた女性がこちらを観察するように窺ってきた。
「あれ?さっきから話を聞いてたら、もしかして、この前パレードで怪我をされたゲストの方ですか?」
「お前は今頃気が付いたのか?」
もう一人の男性は呆れ顔を浮かべる。
「なによ?トキオはすぐにわかったわけ?」
「当然だ」
「なによ偉そうに」
「あ、”当然” が出てきた!」
彼と彼女の軽口合戦に唐突に大和が参戦して、二人のテンポを奪ってしまった。
けれど二人とも嫌な顔一つせず、大和の好奇心に応えてくれたのである。
「そうだね、さっきも出てきた言葉だね。ええと、きみは大和君っていうのね?大和君は、私達のことは覚えてくれてるのかな?」
「え?そっちのお兄さんとお姉さん?んーと…」
急に話を振られた大和は、どうだったかな?と、またもや頭を傾げた。
けれど今度もすぐに答えには届かないようだ。
「おい、そんな追い込むような訊き方するな」
もう一人の男性が、女性を窘めるように告げた。
それに同調したのは和倉さんだ。
「そうだよ。大和君は北浦君のファンなんだから。ね?大和君?」
けれど残念ながら、大和からの同意は得られなかった。
それも仕方ない。だって大和も私も、その彼の名前を今はじめて聞くのだから。
「きたうらくん?」
「そっか、大和君は僕の名前を知らないんだものね。僕は北浦 蓮といいます。はじめまして、大和君。よろしくね」
北浦 蓮と名乗った彼は、大和に一段と近寄り、テーブル越しに握手の手を差し出した。
大和は「はじめまして!ぼくは秋山 大和です。よろしくおねがいします!」と、幼稚園で教えられていた自己紹介のセリフをしっかりと口上し、北浦さんの手を両手でぎゅうっと握った。
それを見ていた女性は、ちょっとだけ拗ねたように唇を尖らせる。
「レンだけずるい。ね、大和君、私もフラッフィーと一緒にパレードの車に乗ってたんだよ?」
「ええ?お姉さんも?」
目をぱちくりさせる大和だったけれど、私は薄々ながら、そんな気はしていた。
あの時、フロートには北浦さんの他にも騎士の衣装を着たダンサーさん達がいて、確か観客からは ”トキオ” ”アカリちゃん” と呼ばれていたはずだ。
その人達の顔までは記憶していないものの、さっき ”トキオ” と呼ばれていたし、おそらくこの二人は北浦さんと共にフロートに乗っていたダンサーさんなのだろう。
二人ともパレードの時とは雰囲気が全然違うので、すぐには思い出せなかった。
女の人の方はあの日は凛々しい騎士姿だったのに今日はとても可愛らしい様子で、逆に男の人の方は、観客に向けて控えめながらも微笑みを浮かべ手を振っていたあの時とは違い、クールな外見そのままににこりともしない。
ちょっとだけ、冷たくて怖い印象を持ってしまった。
けれど私と目が合うと、その彼は静かに頭を下げたのだ。
「その節は、大変なご迷惑をおかけいたしました」
北浦さんとはまた異なった空気感の謝罪を受けて、私は恐縮してしまう。
「いいえ、本当にもう大丈夫ですので…」
「ですが、翌日に医師がご連絡した際はまだ痛みがあったと聞いております。本当にもう、どこも何ともないのですか?」
「それは…」
確かにあの翌日、私を手当てしてくださった医師と、あの時最後まで見送ってくださった女性社員からはご丁寧なお電話をいただいていた。
お二人とも私の体と、事故を目撃した大和に何か異変はないかを心配してくださって、その対応がとても誠実を感じるものだったので、体調を問われた私も、嘘を吐くのが気が引けたのだ。
それで正直に、まだ痛みはあると答えてしまった。
お二人からは病院に行くことをすすめられたけれど、そこまでの傷でないことは私自身がよく理解していたので、さすがにそれは辞退させてもらった。
彼が言っているのはそのことだろう。
「おや、佐藤君がそんな風に誰かに踏み込んでいくなんて珍しい」
「ひどいな和倉さん。俺が冷血人間みたいな言い方しないでくださいよ」
ささやかにクレーム調子で訴えた彼、佐藤さんは、軽めな口ぶりに反して目は少しの鋭さを宿して和倉さんに向いていた。
「これは失敬」
和倉さんはユーモラスに両手をホールドアップした。
「でも和倉さんの言ったことは間違いないと思うけど?トキオはいっつも冷たいもの」
「そんなことないだろ。俺とは普通に話してるし」
「レンとは仲良しだもの。でも自分の興味のない人や物に対してはツンドラよ。永久凍土よ。もう私、何度も何度もトキオに心を凍らされた女の子達に遭遇してきたんだから」
「人聞きの悪いことを言うな。それに、小さな子供の前でする話題じゃないだろ」
佐藤さんは厳しい言葉遣いをしたけれど、それが大和への優しさなのはここにいる全員がわかっている。
私はその大和の表情を確認した。
「……あの、この子なら大丈夫ですよ。たぶん、何を話してるのかまでは理解してないと思いますから。それよりも、お二人のことをどうにか思い出そうとしてるみたいです」
大和は二人をきょろきょろと眺めていたのだから。
誕生日プレゼントを待ってる時のようなわくわく顔で。
「どう?大和君、思い出せた?」
和倉さんが訊く。
すると大和は「うん!」と答えたのだ。
「本当かい?大和君」
北浦さんはテーブルに手を乗せて、屈んだままの姿勢で大和の顔を覗き込んだ。
「うん!でも、お兄さんの方だけだけどね。あっちのお兄さんは、お兄さんの横にいたきしの人でしょ?」
大和は至近距離にいる北浦さんに向かって、ちょっと言葉を噛みそうになりながらもどうにか伝えようとした。
ちなみに ”あっちのお兄さん” というのが佐藤さんのことだ。
人を指差してはいけないと教えているので、顔の動きで佐藤さんを示したのだが、右、左と動くその仕草は大きくかぶりを振っているようにも見えて、滑稽であり、愛らしかった。




