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閉園間際の恋人たち  作者: 有世けい
取り返しのつかないことばかり
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22






そうしている間にも、市原君は大和から渡された花を直視できないほどに目を涙で溢れさせている。

大和にそんな顔を見せてはなるまいと顔を伏せて隠しているけれど、さすがに大和だってこの至近距離では誤魔化されてはくれない。


「じゃあ、この中にお母さんがいるんだね」


そっと、市原君の腕の中にある小さな理恵に触れる大和。

けれどすぐに、


「もしかして、お兄ちゃんはぼくのお母さんのおともだち?それで、お母さんが死んじゃったから、かなしくて泣いてるの?」


市原君の真下から顔を見上げてまっすぐに問う。


「―――っ!」


大和の一言は、市原君に決定的な一刺しとなったようだった。

大きく体を震わせて、表現しようのない感情を堪えるように全身に力を込めて、そして絞り出したか細い声が聞こえてきた。



「大和君………」


「だいじょうぶだよ、お兄ちゃん。お母さんは死んじゃって目には見えなくなっちゃったけど、いなくなったわけじゃないんだよ?」


得意気に話しはじめた大和に、市原君の体からは若干の力が抜けていくようにも見えた。


「あのね、にんげんもお花も命があるでしょ?命にはおわりがあるから、いつかはみんな死んじゃうんだ。死んだら生きてるひとには見えなくなっちゃうけど、それは ”へいえんじかん” になっちゃっただけで、なくなっちゃったわけじゃないんだって!レンお兄ちゃんがおしえてくれたんだ」


蓮君が大和の大好きなFANDAK(ファンダック)に例えて説明してくれたことを、そのまま披露したのだ。

けれど、はじめて聞いた人間にはいったい何のことかわからないだろう。

市原君も涙の合間から不思議そうに瞳を凝らした。

私はすかさず付け加える。


「あ……大和は、FANDAKが大好きで……」


たったそれだけでも、市原君は「ああ、”閉園”、か……」と、理解してくれたようだった。



「うんそうだよ。”へいえんじかん”。ファンダックは ”へいえんじかん” になっても、ぼくがファンダックで楽しかった思い出はなくならないんだよ?お兄ちゃんも、お母さんの思い出がいっぱいあるでしょ?だからお母さんも、いなくなっちゃうわけじゃないんだ。そう思ったら、かなしいきもちもちょっとへるでしょ?」


「大和君………」


止み間があった市原君の涙が、再び活気付いてしまう。

けれど無理もない。

私だって我慢するのに必死なのだから。

蓮君がわざわざボックスティッシュを持って来てくれるほどには、私もかなりきていた。


「琴子さん、これ…」

「ありがとう、蓮君。市原君……」


私は一枚だけ取ってからボックスごと市原君に渡した。

彼は唇を噛みしめながら数枚引き抜いた。

けれどそのティッシュを大和の小さな手が奪い取ったのだ。


「ぼくが涙ふいてあげる!」


ブーケを持っているので片手でだが、優しく市原君の頬や目尻の雫を拭う。

そんな大和に、市原君はきっとたまらなくなったのだろう。


「―――っ、く………っ」


抑えきれない激情が、言葉を成さない声になってこぼれだしてくる。

それは低く、太く、幼い子供にとっては、もしかしたら怖く聞こえるかもしれないだろう。

なのに大和はそんな素振りせず、逆にその嗚咽さえも拭いとるかのように、優しく優しくティッシュで撫でていくのだ。

そしてその刹那―――



「………大和君………っ!」



市原君は、大和を抱きしめていた。


小さな理恵を胸に、そして大和から渡された花を握る方の手で大和をぎゅっと抱き寄せている。



「大和君………っ」


いきなり抱きしめられたにもかかわらず、大和はわずかに驚いた程度で、すぐに受け入れて。


「お兄ちゃん、泣いてもいいんだよ?がまんしなくていいんだ。かなしいときは泣いて、またあとで笑ったらいいんだって!これは琴ちゃんが言ってたんだ」


まるで慰めるように、そう言ったのだ。



「………大和…君、…………工藤………。大和……君………工藤ぅ………」



市原君は縋るように二人の名前を呼び続け、大和はその間、彼の腕の中で落ち着きが戻るのを待っていた。

理恵と……大好きな母親とともに。









そのあと、一時は崩壊したかに思えた市原君の涙腺も徐々にではあるがどうにか修復し、普通に会話できるようになってくると、大和は今度は一緒に遊ぼうと市原君を誘った。

元気がないときはいっぱい遊んだらいい、理恵がそう教えていたそうだ。

大和にしてみれば、小さくなった母親との対面も大事だが、今目の前で泣いていた ”お母さんのおともだち” も大切なのだろう。

市原君が抱いていた小さな理恵をいつの間にか取り上げて、ブーケと揃えて私に預け、市原君を両手で引っ張って外に促した。

両手が塞がってしまった私の代わりに、蓮君がすかさず


「待って大和君。一緒に行くよ」


そう言ってくれたけれど、私はこのあと蓮君が約束しているというご家族との会食も気になってしまう。


「蓮君、時間は大丈夫なの?」

「大丈夫ですよ。………少しなら」

「でも、」

「じゃあ俺も一緒に行こう。大和君とは仲良しだもんね?」


私の心配をすくい上げてくれるように申し出てくれたのは和倉さんだった。

大和も「うん!ぼくとレンお兄ちゃんとわくらさんはなかよしだよね!」と上機嫌になる。

和倉さんがさりげなく ”任せて” と目で合図してくれたので、私はここは二人にお願いすることにした。


「すみません、和倉さん。蓮君も。でも時間になったらちゃんと切り上げてね」

「わかってます。そうさせてもらいます」

「わあい!みんなであそべるね!琴ちゃんとささもりさんは?」

「私は………」


視線を、大和から胸元の小さな理恵に移す。



「……私は、ここで理恵と一緒に待ってるわ」


急にみんながいなくなってしまっては、理恵も寂しいかもしれない。

……理恵のことだから、そんなの気にしないかもしれないけれど。


すると笹森さんは私の返事を待っていたのか、「だったら、俺もここにいようかな。まだ工藤さんに挨拶もできていないし」と、答えたのである。


「そっか、わかった!じゃあいってきます!」


大和はわくわく声で返事したものの、蓮君が、私と笹森さんが残ることにささやかな不安を見せた気がした。

だから、私は可能な限りの微笑みを送り返した。



―――大丈夫。心配しないで。



そんな想いと共に、もう一つ、一番伝えたい気持ちを込めて。



―――私が好きなのは蓮君だから。

―――蓮君、好きよ。




そのメッセージは、ちゃんと(たが)わずに蓮君に届いてくれたようで。

彼は了承の証に、甘やかに目を細めて、それから大和を追いかけていったのだった。













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