4
それは、食事も終盤になり、和倉さんが注文しておいてくれた大和のバースデーケーキが運ばれてきて、テーブルが一段と華やかになった時だった。
「うわあ!かわいいケーキ!」
「大和、こういう時は何て言うの?」
「あ、そっか。わくらさん、ありがとう!」
「どういたしまして。大和君、お誕生日おめでとう。ちょっと遅れちゃったけど」
「ううん!ぼく、すっごくすっごく嬉しいよ!」
大はしゃぎの大和に、和倉さんも嬉しそうにしていて、私も楽しい時間を過ごしていた。
けれど、テーブル席を囲っていた壁の向こうが騒がしくなったなと思った次の瞬間、私達のいる半個室に数名の大人が入ってきたのだ。
「お食事中失礼します」
「和倉さん、こんばんは」
「お疲れさまです」
男性が二人、女性が一人。
三人ともが和倉さんの知り合いのようだった。
とても気安く挨拶する様子は、彼らの親密さを物語っているようだ。
私は会話の邪魔にならないよう、不思議顔を浮かべていた大和に小さく声をかけた。
「和倉さんの知り合いの人みたい。お話の邪魔にならないように、大和もお口は閉じていようね?」
すると大和は「うん、わかったよ」と、私に倣って小声で答えた。
けれど三人のうち一人、男性が私の方をしきりに見てくる…ような気がするのだ。
自意識過剰とは思いたくないけど、他の二人が和倉さんに向いているのに、一番後ろに立っているその彼は、こちらをじっと見ている。
私は隣の大和にケーキを取り分ける素振りをしながら、その視線から逃れようとしていた。
だが、女性が「和倉さん、結婚されてたんですか?」と冷やかしにも聞こえるような声をあげたので、思わずパッと顔を上げてしまった。
そして反射的に彼と目が合ってしまうと、無意識のうちに声が漏れていた。
「あ…」
同時に、彼の方からも声が。
こちらは漏れたというよりも、弾かれたように飛んできたのである。
「やっぱり!」
それだけの短い言葉なのに、その一言は全員の意識を一斉に攫ってしまった。
ケーキに夢中になりかけていた大和でさえ、何事かと彼を見上げて。
そして、叫んだのだった。
「あっ!王子様のお兄さんだっ!」
「……王子様?」
「あ…すみません、この子にはあの時の衣装が王子様に見えたようで……」
「ああ、なるほど」
「まあ確かに北浦君は王子様っぽいルックスではあるよな」
驚き一色の私と大和に反して、和倉さんはしてやったりな笑顔だ。
そして彼も、驚いているのは驚いてそうだけど、それ以上に嬉しそうというか、面白そうというか、なんだか好印象的な笑いを浮かべている。
……もしかして、和倉さんはこの彼も含めて大和へのバースデープレゼントとして計画してくれていたのだろうか?
けれどそれなら、さっきの大和の質問に対してああいう回答にはならないようにも思う。
そして頭を悩ませる私とは対照的に、無邪気な大和はやはりここでもストレートに思ったことを発言してしまうのだった。
「お兄さん、きょうはファンディーいっしょに来てないの?」
「え?ファンディーかい?」
さすがに彼もびっくりした様子で、けれど優しく大和の視線の高さに体を屈めながらテーブル越しに尋ね返した。
片や、その彼の向こう側では和倉さんが ”しまった” と顔色を変えていた。
「あの……、さきほどこの子が和倉さんに、ファンディーもこのお店に来るのかと質問したんですけど、その時和倉さんから、あなたはファンディーと仲良しだから、ファンディーがこのお店に来るのかどうかも知ってるはず…と教えられまして」
私が事情を説明すると、和倉さんは苦笑いで「まあ、そういうわけだ」と付け加えてきた。
けれど彼は少しも動じることはなく、ニコッと笑顔を浮かべて。
「そうだったんだね。大和君、だったよね?大和君は、仲良しのお友達がいるかな?」
「うん。たくさんいるよ」
「じゃあ、そのお友達が今、晩御飯に何を食べているか、知ってるかい?」
「え?ばんごはん?」
途端に、上機嫌がぴたりと足を止めてしまった大和。
「うーん…」と頭を傾けて考えはじめた。
彼は急がせることもせず、にこにこしている。
そして後ろでやり取りを見守っている二人も、にこやかな表情だ。
やがて大和は降参だと言わんばかりに「わかんないよ…」と答えた。
するとすかさず
「でも、わからなくて当然なんだよ?」
柔らかい言葉で大和を包んでくれた。
「とうぜんって?」
「しょうがない、それが普通、ってことよ。”普通” はわかる?」
私が割って入ると大和は「うん」と頷く。
「そっか、ごめん、難しい言葉使っちゃったね。つまり、大和君がお友達の晩御飯を知らなくてもそれは普通のことなんだよ。仲良しだからといって、お友達のことを何でも知ってるわけじゃない。でもそれは普通のことなんだ。だから、僕がファンディーと仲良しでも、ファンディーのことで知らないこともたくさんある。もちろんファンディーだけじゃなくて、フラッフィーや他の仲間のことも、全部知ってるわけじゃないんだ。わかるかな?ファンディーの好きな食べ物がリンゴとシーフードグラタンだっていうのは知ってても、ファンダックに住んでるファンディーがこのお店に来るのか来ないのかは知らないんだ。ごめんね」
それは、見事なまでに完璧な回答だった。
職務的にも、子供への接し方的にも、辻褄合わせ的にも。
私は園側やキャラクターについての事情は把握してないので、大和に適当な誤魔化しを伝えて後々違った…ということになるのを避けたかったのだけど、さすが現役の関係者から聞かされた説明はしっくりくる。
大和だって、リアルが織り込まれた解説にすっかり納得顔だ。
「そっか、わかった。ありがとう、お兄さん!」
「ありがとうございました」
大和と一緒に私も頭を下げた。
けれど
「いいえ、そんな…。それより、あの後お怪我はいかがでしたか?」
そう言う彼の目線が、大和の高さから私へと移ってくるのを、私は若干の気恥ずかしさと共に感じていた。




