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閉園間際の恋人たち  作者: 有世けい
取り返しのつかないことばかり
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12

区切りの関係で短めです。





よくよく考えると、私と理恵の親しさにおいて、私の恋人と理恵が面識がないというのはおかしいはずだ。

ましてや、この前偶然市原君と会ったとき、私は大和と蓮君二人と一緒にいたのだ。

あの理恵が、自分の子供を、会ったこともない私の恋人に預けるなんて、ちょっと考えにくいだろう。

理恵をよく知る人なら誰でも違和感を覚えるに違いない。

聞いた瞬間には思い至らなかったとしても、些細な引っ掛かりはじわじわと大きくなってくるはずだ。

さすがに事故死とまでは想像できなくとも、何かしら身辺に異変が起こったのではないかと疑ってもおかしくない。



「…市原君は何か言ってましたか?」

「帰り際に、『工藤は元気なんですよね?』と訊かれたよ」

「それで笹森さんは何て……?」

「それは自分で確かめろ、と答えたよ。さすがに、ここで気休めの嘘はつけなかった」


すまない…

そう謝った笹森さんを遮るように、蓮君も「琴子さん、俺の不用意な一言ですみません」と頭を下げてくる。


「いいのよ。いつかは話さなければいけなかったんだから。笹森さんも、謝らないでください。でも………市原君が気付きかけているなら、早く知らせた方が彼のためにもいいかもしれませんね……」


自分の子供の存在を知り激しく動揺していた彼のことを思って、理恵の事故死はまだ伏せておく選択をしたけれど、市原君が勘付いているならば話は別だ。

訝しみながらの時間は、不安を煽るだけだから。


私の提案に笹森さんも「そうだな」と同意すると、具体的に話を進めた。


「こうなった以上、なるべく早く伝えてやるべきだな。……明日は、どうだろう?日曜だし、確か市原も仕事は休みだと言っていたはずだ」

「明日ですか?明日は……」


無意識のうちに、蓮君に視線を寄せていた。

明日は、蓮君はご家族との大事な予定があるのだ。

もちろん市原君と理恵の件に蓮君が立ち会う必要はないけれど、蓮君としては同席したいと思うだろうし、私も、それから大和も、蓮君が一緒にいてくれた方が安心できる。

だけど蓮君にとってはご家族との約束を優先させるべきだろう。

すると視線がぶつかった蓮君は、私の懸念など杞憂だと言わんばかりに即答したのだ。


「もちろん俺も同席します」


あまりの迷いのなさに、私の方がたじろいでしまう。


「蓮君、でも明日は……」

「いいんです。俺にとって、まだ見たこともない兄の婚約者よりも琴子さんと大和君の方が大切な人なんですから」

「でも……」

「じゃあ、そのお兄さんの婚約者の方との約束の時間を避けたらどうだろう?」


私達のやり取りで事情を察した笹森さんが妥協案を示してくれるけれど、蓮君は却って恐縮したように遠慮する。


「いえ、俺は無関係の立場ですので、その俺に都合を合わせていただくのは……」

「だけど、きみはいずれ琴子と家族になるつもりなんだろう?」


さりげなく返された言葉に、私も蓮君もハッとした。

笹森さんだけがごく自然体で、「だったらもう北浦君は無関係じゃないじゃないか」と微笑む。


「大和君の遺伝的な父親は市原だったとしても、これから一緒に暮らしていく父親的な存在は、北浦君、きみだろう?」


笹森さんの言葉はまっすぐに、私と蓮君の心を刺してくる。

ぼんやりと漂っていた未来図の輪郭を、他でもない笹森さんに明確に描かれてしまった。

けれどそれは、私にとっても蓮君にとっても、思いもよらぬ後押しとなったのだ。



「……笹森さんの仰る通りです。俺はこの先もずっと琴子さんと一緒にいるつもりです。だから、大和君のことも無関係なんかじゃないんですよね」


覚悟を込めた宣言が、私の気持ちをたまらなくさせた。

私はこの大切な恋人を、大切な親友に紹介したくなった。

紹介したくてしょうがなかった。



「あの、笹森さん。明日、ということなんですけど……」

「うん?」

「午前中でも構わないでしょうか?」


蓮君のご家族との約束は午後だ。

その後、という選択もあるけれど、私が明日の面会場所に望むところは、夜間では都合が悪い。


「場所は………理恵の遺骨を置いていただいてる、理恵が18までお世話になった児童養護施設でお願いします。そこに、大和も連れて行きます」


勝手だとも思えたけど、私には、理恵と市原君の再会、そして大和と市原君の ”はじめまして” には、その場所しか思い浮かばなかったのだ。


笹森さんは「それが最適だろうね」と了承し、市原君への連絡を約束してくれた。


それぞれが、それぞれの立場から明日に想いを抱いているとき、私は、今夜は三人で一緒に眠りたいと言った蓮君の気持ちに、痛いほど強く共感していたのだった。



今の私の中には、”大和を失うかもしれない” という恐怖は存在しなかった。

例え実の父親が大和を引き取りたいと言っても、私にはその小さな可愛らしい手を離すという選択肢はあり得ないからだ。


もしその時(・・・)が訪れても、私は絶対に諦めたりしない。

今なら、心からそう言える気がしていた。




大切な親友の……大和の母親に誓って。












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