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閉園間際の恋人たち  作者: 有世けい
取り返しのつかないことばかり
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そうだよな?

笹森さんが無言の確認を投げると、市原君は「……はい、その通りです」と認めた。



市原君が、理恵を好きだった……?


私は耳を疑った。

だって市原君は入社以来ずっと、理恵の笹森さんへの気持ちを応援していたのに……?


複雑に絡みつく感情の糸の切なさを知ってしまった私は、何も言葉を発することができなかった。



「市原、昨日俺に話したことをもう一度ここで説明してほしい。工藤さんの親友である琴子と、その恋人の北浦君なんだから、二人に話しても不都合はないだろう?」

「それは構いませんけど……。でも、俺が工藤とのことをちゃんとお話ししたら、本当に工藤に会わせてもらえるんですか?」

「ああ。俺や琴子がお前に彼女の近況を話したがらないのは、お前達の間に何かトラブルでもあったんじゃないかと危惧しているからだと言っただろう?それがクリアになれば、お前に工藤さんのことを教えるのはやぶさかではない」


笹森さんと市原君のやり取りからは重要な情報がいくつも落とされていて、私達はそれらを拾い集めて状況把握をしなければならなかった。

おそらく笹森さんは市原君に琴子と会わせる、もしくは今の琴子について知らせる、といった条件で、過去の出来事を聞き出したのだろう。

そしてその条件の中には私も登場していたのかもしれない。

もっと事情をしっかり聞いていれば私や蓮君もそれなりに協力できたのに…ともどかしくも思うけれど、事前に私達に伝えられなかった理由があるのかもしれない。


市原君は「本当ですね?」再度問う。


「ああ。昨日と違って今日はとりあえずお前も冷静に話はできそうだからな。工藤さんのことは俺よりも琴子の方が詳しいから、こうして休みのところを来てもらったわけだし」

「あ………昨夜は、お世話をおかけました」

「気にするな。酔い潰れた部下の介抱には慣れている」


笹森さんは上役らしく答えてから、


「話してくれ。お前と工藤さんの間にあったことを」


諭すように促した。

そして市原君は「わかりました」と笹森さんに応え、私に向かっては、「秋山さんも、俺が工藤とのことを話したら、工藤が今どこにいるか教えてくれる?」と確証を求めてきた。


今、理恵がどこにいるのか………つまり、理恵の死去を報せるということだ。

私は笹森さんに視線を流し、かすかに頷いたのを見て取ってから、市原君に答えた。


「約束するわ」


私の了承にホッとした表情をした市原君は、テーブルの上の麦茶入りグラスに手を伸ばした。

皆が見守る中、市原君はひと口、ふた口と喉を湿らせていく。



―――――コトン



グラスがテーブルに戻る音は、やけに大きく響いた気がした。




「俺と工藤は同期として出会って、俺は割とすぐに彼女を好きになりました。もしかしたらほとんど一目惚れに近い状態だったのかもしれません。でも、工藤は………もう隠す必要はないと思いますけど、工藤は笹森さんのことをずっと憧れていましたから、俺は自分の気持ちを伝えるつもりはありませんでした。むしろ工藤の片想いを成就させてやったら、俺も他の人を見ることができるんじゃないかと思ってました。だから、工藤と笹森さんのことを応援してました。でも、工藤から秋山さんを紹介されて、親友の秋山さんが工藤の片想いについて何も教えられてないんだと知った時、物凄く嬉しかったんです。親友にも話してないことを俺には相談までしてくれてるんだって。だから、秋山さんとの食事会に笹森さんを呼ぶことも、特に深く考えたりはしなかったんです。それがまさか、そこで出会った二人が付き合うことになるなんて、予想もできませんでした……」


私はわずかばかりに蓮君を掠め見たけれど、彼は眉一つ動かさずにいた。



「工藤は、二人が付き合うことになったあと、秋山さんに笹森さんのことを言わなくてよかったと笑ってました。俺にはそれが…いや、もうその時は社内に工藤と笹森さんの噂は広まっていたから、その噂を知ってる人間は誰もが、工藤を気の毒に思っていたと思います。俺も最初の頃、工藤が強がってそう言ってるんだと思ってました。工藤がどれだけ笹森さんを好きだったか、俺が一番知ってたんですから。だから俺は自分がもっと協力してやってれば、もしかしたら工藤と笹森さんは上手くいってたかもしれないのに…って申し訳なく思ったりもしてたんです。でもしばらくして、そんなのは俺の思い上がりだった気付きました。工藤は本気で笹森さんと秋山さんのことを喜んでいたんです」


最後の一文を、市原君は私の目を見据えて告げた。



「……秋山さん。工藤は、本当に秋山さんのことを大切に想っていたんだよ。自分のこと以上に大切だったから、その秋山さんが笹森さんみたいに良い人と付き合うことになって、本心から嬉しいと言っていたんだ」


それを聞かされて、私は唇をきゅっと噛み締めた。

そうしていないと、またこの前のように無意識の涙がこぼれてしまいそうだったからだ。


理恵が私のことをどれほど大切な存在だと思ってくれていたのか、私自身でもじゅうぶん感じている。

だけど自分以外の人から聞かされると、どうしてか泣きたくなるほど嬉しいのだ。

私は「私もそれを聞いて嬉しい。教えてくれてありがとう」と市原君に伝えた。


市原君は唇の端をきゅっと上げてから、先を続けた。



「秋山さんと笹森さんが付き合いはじめて、工藤は、もう笹森さんのことは吹っ切れてると言ってました。でも俺はそれをすぐには信じられませんでした。もしその言葉を信じられていたら、俺はきっと、工藤に好きだと伝えていたと思います。だけど、どうしてもそうは思えなかった。工藤が秋山さんのことを大切に想ってるのはわかったけど、俺の目には、工藤の中から笹森さんは全然消えていなかったんです」











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