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閉園間際の恋人たち  作者: 有世けい
取り返しのつかないことを…… 
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この上なく真顔でそう申し出てくれた笹森さんに、私が伝えた条件は一つだけだった。


「必ず結果を教えてください。できることなら、早めに」


大切な大和に関することを人任せにすることに、躊躇いがないわけではない。

けれど、笹森さんなら、大丈夫。

そう思えるだけの信頼は今も残っていたから。


私の返答に笹森さんは「わかった。約束する」と、ホッとした表情になったのだった。



そのあと、私と蓮君は揃って和倉さんの部屋を退出することにした。

玄関先まで見送りに出てくれた笹森さんは、一応念のためにと、蓮君と連絡先の交換をしていた。


「こういう事情だから、俺と琴子が連絡を取り合ったり、場合によっては二人きりで会うことになったとしても、許してくれるかい?」

「事前に俺にも一報いただけたら問題ありません。でも、そんなことがないよう、なるべく俺も同席するつもりですけど」


彼らがそんな会話をしてる間、和倉さんは私に2本のペットボトルを差し出してきた。


「笹森と北浦君に用意してたんだけど余っちゃったみたいだから、もしよかったら琴子ちゃん持って帰ってよ」


どっちがいい?

にこにこ顔で訊かれると、さすがに遠慮するのも申し訳なく思えて、私はすっと一本のペットボトルを指差した。


「じゃあ、これを…」

「こっち?こっちじゃなくて?」


和倉さんは、おや、という風に左右のペットボトルを交互に上げ下げした。

いつの間にか蓮君と笹森さんもこちらを見ていて。



「あの……そっちを選んだ方がよかったですか?」


なんだか妙な圧を感じるのは気のせいだろうか。


「いや、全然そんなことないよ。じゃあ…はい、どうぞ」

「ありがとうございます……」


三人の…特に笹森さんの視線にぎこちなさも覚えつつも、私はペットボトルを受け取った。

ぎこちなく感じた理由はすぐにわかった。


「琴子はストレートティーが好きだったんじゃないのかい?」

「え……?」

「俺と付き合ってた頃はよく飲んでただろう?」

「そういえば、そうでしたね」


和倉さんの手元に残っているのは、確かに以前私が好んでいたものだ。

笹森さんと付き合っていた当時は必ずと言っていいほど選んでいたかもしれない。

けれど……


「でもそれは昔の話ですよ。今は大和も一緒に飲めるお茶が多いです」


暗に、もうあの頃とは違うのだというメッセージを込めた。

それは笹森さんにだけでなく、蓮君にも伝えたい想いだった。

ほとんど無意識のうちに見上げていた先、蓮君の表情からは、私の想いはちゃんと届いているように感じた。


笹森さんは「そうか」と短く吐いた後、「そうそう、インターホンで話した茶葉も渡しておくよ。お母様にどうぞ」と言って小さな紙袋を差し出してきた。

私もよく知っている、笹森さんの会社と取引のあるメーカーのものだ。

母もそれを知っているので、実家に持っていくかどうかは迷うところだけど。

すると私が受け取るよりも前に、蓮君が紙袋に手を伸ばした。


「ありがとうございます。今度琴子さんのご実家に伺う時に責任を持ってお渡しします」


平然と言ってのけた蓮君。

そんな予定、話し合ったこともないのに。

むしろ蓮君は、大和の父親が笹森さんなら、大和のために自分は身を引くつもりでさえいたはずなのに……

それを思い出して少し胸が軋んだけれど、蓮君が笹森さんに堂々とそう言ってくれたことは嬉しかった。



「それでは失礼します。和倉さんも、今日はお手間を取らせてしまってすみませんでした」


私が頭を下げると、蓮君はもっと深くお辞儀した。


「いろいろと申し訳ありませんでした。ありがとうございました」

「いいんだよ。俺は琴子ちゃんも大和君ももう親戚みたいな感覚だからね。北浦君は…可愛い後輩みたいな感じかな」


和倉さんはおどけて返してくれる。

そして笹森さんは穏やかに笑って。


「琴子。何かあったら頼ってほしい。例え付き合ってるわけではなくても、俺にとって琴子は大切な人だからね。もちろん大和君も、それから、北浦君も」

「……わかりました」

「………ありがとうございます」


やはり彼は大きな人だなと、深く感嘆しながら、私達は和倉さんの部屋を後にしたのだった。










「よかったのか?あんなこと言って」

「何が?」

「もっと強引に行くかと思ってたけど、意外とあっさり退いたようにも見えたからな。これでもう琴子ちゃんのことは諦められるのか?」

「諦めるも何も、琴子の中にもう俺はいないだろ。まだ誰もいない、もしくは相手が大したことない男だったら、どんな手を使っても口説くつもりでいたが、北浦君はそうじゃないだろう?」

「いい男だからな」

「琴子にとって一番大切な大和君のために、俺に二人を託そうとしたほどにな。結局は勘違いだったわけだが、多少力づくでも琴子を取り戻すつもりだった俺とはえらい違いだ」

「そんなのどちらの想い方が優っているかなんてないだろ。まさかソロモンの審判でもあるまいし。現にお前だって、こうして最終的には身を引くことにしたんだから」

「ソロモンの審判とは、さすが弁護士だな」

「茶化すな」

「そうだな、茶化すのはお前の十八番(おはこ)だった」

「もう一度だけ訊くぞ。本当に、琴子ちゃんのことは踏ん切りついたんだな?」

「踏ん切りついた…ということにしておくよ。琴子が幸せでいる限りはな」

「そうか…。まあとにかくよかったよ。押しに弱い琴子ちゃんがお前に流されそうだったら助けに入るつもりだったけど、お前がそこまで強く出なくてよかった」

「……琴子が押しに弱いって?」

「そうだろう?」

「確かに考え方が柔軟だから大抵のことはそう見えるかもしれないけどな。でもここぞという時のあいつは、俺以上に意志が強いよ」

「そうなのか?」

「そうじゃなかったらあの時俺達は別れてなかった。琴子は、強いんだ。周りが思うほど(やわ)じゃない。守られるよりも守る人なんだ、琴子は。だからきっと、いい母親になれるはずだよ………いや、もう紛れもなく、いい母親だ」












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