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閉園間際の恋人たち  作者: 有世けい
おとぎ話から飛び出てきた人達
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幼稚園でも、大和はファンディーと例のダンサーの話を繰り返しみんなに披露してまわっていたらしい。

といっても、自分から自慢していたのではないようで、連休中何をしていたかと訊かれた際に、素直に楽しかった思い出を語っていたそうだ。

私は職員室での仕事がメインなのでその様子は見ていないけれど、自由遊びの時間には何人かの園児が私のところにやって来て、王子様の写真を見せてほしいとはしゃいでいた。

それを見た子供達はみんな『かっこいい』『本物の王子様みたい』と大絶賛の嵐だった。

その度に、私も彼のかっこよさは再認識していた。

そしてあの日のことを、何度も思い返していったのだ。



背が高くて、凛々しい騎士姿がとても似合っていて、笑顔が優しくて、たくさんの観客から歓声を集めていた彼。

あそこにいた大勢の人が、まるでアイドルを応援するような温度で彼を見つめていた。

よくよく考えてみると、そんなアイドルのように扱われている人と、あんな風に近くに接する機会なんて滅多にあるものじゃない。

間近で会話した彼は、とてもきらきらしていて、大和が虜になるのも無理もなかった。

そういう私だって、もしかしたら、いつの間にやら、結構、彼のファンになっているのかもしれない……




「あ!わくら(・・・)さんがいるよ!」


待ち合わせ場所の駅が見えてくると、大和が声をあげた。

すると和倉さんも私達を見つけてくれて、小さく手をあげて振ってくる。

私は大和と手を繋いだまま小走りで彼のもとに急いだ。


「すみません、お待たせしましたか?」

「いやいや、まだ約束の時間にはなってないよ。俺が早く来すぎちゃっただけだから」


和倉さんは仕事終わりだというのを感じさせないほど爽やかで、柔和な物腰には疲労感など1ミリも乗っていない。


「わくらさん、こんばんは!」


そして大和も、私の仕事が終わるまで園で遊び回っていたというのに、まだまだ元気いっぱいである。


「こんばんは、大和君。今日は大和君のお誕生日祝いだけど、僕の行きたいレストランに行ってもいいかな?きっと大和君も好きになるお店だと思うから、今日一緒に行きたいんだ」


和倉さんは大和に屈んで話しかけてから、私にも訊いてくる。


「琴子ちゃんも、そこでいいかな?ダイニングバーなんだけど、全面禁煙だしそんなに騒がしくない店だから。一応個室とケーキの予約を入れておいたんだけど」

「ありがとうございます。でもダイニングバーに子供が行ってもご迷惑じゃありませんか?」

「平気平気。家族連れも多いし、昼間はカフェもやってる店だから子供向けメニューも多いんだ。店長やオーナーとは知り合いだから、遠慮しなくていいよ」

「だいにんぐばー?」

「そうだよ?これから大和君と一緒にご飯を食べるお店だよ。お誕生日ケーキも予約してあるからね」

「やった!琴ちゃん、ケーキだって!」


ぴょんと飛び跳ねる大和が微笑ましくて、私もつられて笑ってしまう。


「よかったね、大和。和倉さん、よろしくお願いします」

「任せておいて。とっておきのお誕生日パーティーを演出するよ。さ、行こう、大和君」


和倉さんが大和に手を差し出して、それを大和が迷わずに握って。

私達は並んで歩き出した。





和倉さんが連れて来てくれたのは、駅からタクシーで10分ほどの場所にあるおしゃれだけどカジュアルなお店だった。

煉瓦造りのそこはこの辺りでも有名なダイニングバーで、和倉さんの説明にもあった通り、昼間はカフェ営業もしていて、私もランチに一度だけ利用したことがある。

店内の雰囲気もメニューもセンスがあって質も良かった。昼間しか知らないけれど、客層も落ち着いてる印象で、居心地は良かった記憶がある。


店に入った和倉さんは、受付にいた店員とも顔馴染みのように気安い態度で話していた。店長やオーナーと知り合いというのは本当らしい。

案内されたのは奥にある扉のない個室で、私達3人で使うには勿体ないほどの広さだった。

コの字型にテーブル席がセットされていて、壁にはフレームに入った写真がいくつも飾られている。

そして、大和を席に座らせながら何とはなしにそれらの写真を見やった私は、ふと引っ掛かった。


「あれ……?」

「あ、気が付いた?」


和倉さんが意味ありげな表情で問う。

すると大和もくるりと壁を見上げ、「あ!」と一枚の写真を指差したのだ。


「このお兄さん、あの王子様に似てる!」

「やっぱり大和君も気が付いたか。そうだよ。このお兄さんは、大和君と一緒に写ってたダンサーのお兄さんだよ」

「やっぱり!でもどうして?わくらさんはあの王子様のこと知ってるの?」

「実はそうなんだよ」


和倉さんは角に座った大和の隣に腰を下ろし、いたずらが成功したような含み笑顔で頷いた。


「ほら、琴子ちゃんも座って?」

「あ……はい」


私も和倉さんとは反対側の大和の隣に座りながらも、なぜだか大和と同じようにドキドキしてきた。

和倉さんが彼と知り合いだったなんて、そんな偶然があるのだろうか?

けれどすぐに、その種明かし…と言うほど大袈裟なものではないけれど、和倉さんがなぜ彼を知っていたのかその理由が明かされたのである。


「琴子ちゃんも驚いた顔だね?」

「そうですね……、びっくりしました」

「ねえ、どうして?どうして和倉さんはあのお兄さんを知ってるの?」

「実はね、一緒にお仕事してる人がファンダックで働いているんだよ。だから、あのお兄さんにも会ったことがあるんだ」


和倉さんは大和にも理解できるような易しい言葉で説明したあと、


「俺は海外の弁護士資格があるから、その関係で以前一緒に仕事をしたことがあるんだよ。だからあそこの関係者に知り合いが多いんだ」


私には具体的に教えてくれる。


「そうだったんですか…。それで子供への接し方も慣れてらしたんですね」

「まあ、俺が仕事で現場に出る機会は少なかったけどね。でもあそこで働く人間は部署にかかわらず全員がゲスト応対のトレーニングを受けるし、当時は俺も現場の空気を掴むためにちょくちょく通ってたから。で、この店はファンダックで働く彼らの行きつけで、そういえば写真も飾ってたなと思って。本当はこういった関係者だから知り得た情報を教えるのは控えるべきなんだけど、琴子ちゃんは園内で怪我をしちゃったわけだし、一般のゲストとも違うからね。それに、今日は大和君のお誕生日のお祝いでもあるし……どう?大和君、気に入ってくれた?」


和倉さんの問いかけに、一も二もなく大和が「うん!ありがとう!」と破顔したのだった。












誤字をお知らせいただき、ありがとうございました。

訂正させていただきました。

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