後編
「愛してる?私を?」
「そうだよ」
俄には信じられず、思わず聞き返してしまうも、彼はさも当然であるかのように即座に肯定する。
考えたこともなかった。
彼が私を愛しているだなんて。
「はは、そうか。まさか伝わってないとは思わなかった」
黙り込む私に、彼はことのほか軽い調子でそう言った。
ちらり、と意図せず下げてしまっていた視線を彼に向けると、口調とは裏腹に彼はどことなく傷付いた顔をしている気がした。
「……ごめんなさい」
胸に罪悪感が押し寄せた。
「リアが謝る必要なんてないよ。伝えてなかったのが悪いんだから」
ーーそう、かもしれない。
もっと早くに伝えてほしかったなんて、きっととても欲深いことだ。
淡く微笑む彼は、いつもとは違いどこか痛々しくて、仄暗い喜びを感じてしまいそうになる。
「あの、……でも、どうして?」
想像すらしていなかったことに、考えてみるも理解が及ばない。
「どうして?うーん。もしかしてリアは知らないのかな?婚約に至った経緯を」
「?」
私の表情から何かを察したようで、彼は私を初めて見た時のことから順を追って話してくれた。
「そう、だったんだ。私てっきりお父様達が決めたことだと……」
「そう。この話は知ってるものとばかり思っていた。色々と言葉が足りなかったことを痛感しているよ。……リアは、この婚約が嫌な訳じゃない?」
「もちろん。嫌だなんて思ったことないわ」
思わぬ質問に慌てて否定する。
「じゃあ、話してるときに時々視線を逸らすのはどうして?気づいてた?」
ーー気づかれてた!
相手にわかるほどあからさまだったのだろうか。
そうだとしたら、私は今までなんて失礼なことをしてしまっていたのだろうか。
彼の口調は相変わらず軽く、声音も優しい。
怒っているという空気感もないし、表情も至って穏やかだ。
でもその視線だけが、どことなくこちらを非難しているかのように感じられた。
なんだか今日の彼はいつもより表情が豊かで、感情がわかりやすい気がした。
「あ、ごめんなさい。不愉快にさせてしまっていた?」
「不愉快ではないけど、嫌われてるのかもと不安にはなったかな」
「そっ!そんな、つもりはなくて。あの、つい……」
「うん」
理由を話せと言う無言の圧力をひしひしと感じる。
「笑わない?」
「どうかな。約束はできないな」
「なんだか今日は意地悪だわ」
「そう?もともとこういう性格だよ。それで?」
「それで、その、……眩しくて」
「眩しい?何が?」
「……貴方が」
「眩しい?」
「だって、とてもーー、とても整った顔で、美しい目で、綺麗に微笑むから。だから、小さいころ大好きだった物語の王子様みたいって。キラキラと輝いていて、だから眩しくて……」
「……王子様?」
キョトンとした顔はいつもは見られない顔で、ほんの少しあどけなくて、かわいい。ーーけど、それ以上に居た堪れなさが上回った。
「ふふっ、王子様ね」
「笑わないで……」
「ごめんね。でも馬鹿にした訳じゃないんだ。ただリアがあまりにも可愛いことを言うから。ーーああ、かわいい。リアはほんとに可愛い。ーーじゃあ、私のことは好き?」
好き?
私が、彼を?
そんなこと考えたこともなかった。
ーー違う。
考えないようにしてたんだ。
だって私はお姫様じゃないから。
彼とは住む世界が違うって。
手を伸ばして、だけど手に入らないなんてことになるのが怖かった。傷つきたくなかった。
だったら初めから手を伸ばさなければいい。
きっと無意識に、そんな考えが働いていた。
いつか婚約を解消したいと言われるんじゃないか。
妹の方がいいと言われるんじゃないか。
妹じゃなくても、もっと相応しい人が現れて、いつか私の元から去って行ってしまうんじゃないかって。
手を伸ばしてもいいのーー?
「……リアはちっともわかってないよね。君との距離を縮めたくて、少しでも近づきたくて好きになって欲しくて、ずっと必死だったんだよ。ーー愛してる、リア。だから、どうかこの手を取って」
「っ!……はい。私も。私も好き」
「よかった」
その時の彼は今までで一番眩しかった。
だけどこれからは決して目を逸らしたりなんてしない。
「あぁあ。何で今日はリアの家なんだろね」
「何か都合が悪かった?」
「いや。そう言う訳じゃないんだ。そもそも私が指定したことだしね。……変な気を起こさないようにと思って」
「?」
「いや、こっちの話。まぁあと少しだしね。楽しみはもうしばらく取っておくことにするよ」
ありがとうございました。