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中編

ヒーロー視点

「いいかい。お前は将来、エフィンダル伯爵のお嬢さんと結婚するんだよ」


父は事あるごとに私にそう言っていた。


そして、伯爵には2人の娘がいること。2人の名前、それから2人とも珍しい髪色をしていること。他にも色々なことを教えてくれた。


「まだ小さいのに将来が楽しみな姉妹だと密かに噂になってるくらいだ」


しかしそれらの言葉は、長らくの間、私にとっては実態を伴わないものであった。


しかし、そのときは突如としてやってきた。

11歳の時だ。出先で偶然にも黒髪の少女を見かけたのだ。


陽の光を受け、艶やかに輝く黒髪に目を奪われた。

風に攫われるその髪が、遠目にも絹のようにさらさらであることが窺える。

しゃんと背を伸ばし姿勢良く立つ姿は凛としており、意志の強さを感じさせた。

それなのに目だけが、ほんの僅かに翳りを帯びているような、迷子の子のような不安定さがある気がして、尚更惹きつけられた。

何かに鷲掴みにされたかのように心臓がドクりと鳴り、無意識に唾を飲み込んでいた。


黒髪の少女の隣には、淡いピンク色のブロンドの少女がおり、エフィンダル伯爵の娘たちであると確信した。


なるほど、エフィンダル伯爵の娘はとても美しかった。

これは間違いなく、学園に入学しその存在が多くのものに知れれば縁談が殺到することだろう。

また自身も、学園に入学することで我が家より家格が上の者に目をつけられる可能性がある。

そうなるとなかなかに厄介だ。

これは急ぎ手を打たなければ。

こういうことは、そうと決まれば早い方がいい。

遅きに失するなどということはどうしても避けたかった。


逸る気持ちで帰宅するも、肝心の父はまだ家に帰っていない。

当然だ。まだ父が帰宅するような時間ではないのだ。

父が帰宅したら話があるから時間をとってほしいと伝えるように使用人に頼んでおく。

しかし父はなかなか帰ってこない。こんな時に限っていつもより遅れているようだった。


***


「帰宅早々お時間を取らせてすみません」

「もちろん構わないよ。私こそ遅くなってすまなかったね。それで?話と言うのはなにかな」


面白そうに目を細めこちらを見遣る父に、僅かに反抗心が顔を覗かせるも気付かないフリをする。

まずは父に話を通さなければことが進まないのだ。


「父上は常々、お前は将来エフィンダル伯爵のご令嬢と結婚するんだと仰っていましたよね。私はリーリア嬢を妻に迎えたいと思います。ぜひ話を進めていただきたいのです」

「ハハッ!それはまた急だね。お前は全く興味がないとばかり思っていたのだけどね」


真剣に取り合う様子のない父に、取り繕うことができず思わずムっとしてしまう。

子どもの気の迷いとでも思っているのだろうか。


「まぁまぁ、そう怖い顔をしないでおくれ。確かに私が推していた話だけれどね、お前に押し付けたいわけではないんだ。親が言うのもどうかと思うんだけど、お前は家柄も顔も良いし、それなりに優秀だ。有り体に言えば、お前は相手を選べる立場の人間ということだ。多くの選択肢をお前はまだ知らないだろう。学園に入学してからでも遅くはないんじゃないか?」

「……まさかタルチェット家は傾きかけてでもいるのですか?」

「まさか!そんな事実はないよ。もしそうなら是非とも手を差し伸べたいね」


当然のようにサラりと告げる父に呆れを覚える。

けれども父のこのお人好しが、誰にでも向けられるものではないことは既に理解していた。

そうでなければ、侯爵家の広大な土地を治めたり、王宮で一目置かれるような存在であれるはずもない。


「後悔はしない?」

「気持ちは変わりません」

「やれやれ。そういうところは私に似てしまったんだね。わかった、いいよ。あちらに打診しておこう」



***



そうして得た婚約者の座だった。

正式に婚約が結ばれ、晴れて顔合わせが出来る日を指折り待ち構えていた。


ようやく会えた彼女はやっぱりとても美しかった。


自分の顔が異性にどう映るのかをこの頃にははっきりと自覚していた。

どんな表情でどんな声音でどんなことを言えばいいか。どうすれば一番効果的か。

けれど彼女の前ではそんな考えは不要だった。

自分を取り繕わなくとも自然と溢れるものがあった。

だけどこの時の自分は自惚れていたのだ。


挨拶をした時、ふいっと視線が逸らされた。

それはほんの一瞬のことで、彼女のことを凝視していなければ気づかなかっただろう。


冷水を浴びせられた気分だった。

自分が受け入れられないかもしれないという可能性を考えもしていなかったことに気づかされたのだ。


彼女は自分との婚約を喜んでいないのかもしれない。

もしかして好きな男でもいるのだろうか。


そんな不安を抱えながらも、婚約者として彼女との交流を重ねた。

早い段階でお互いに愛称で呼び合うようにもなった。

そのうちに、彼女には好きな男などいないということがわかってきた。

彼女の心は誰のものでもない。

当然、私のものでもないのだ。


彼女は私と話しているとき、時々視線を逸らす。

癖なのかと思ったが、私以外と話しているときにはそれは見られなかった。


彼女と私は、側から見れば随分と仲良く見えたことだろう。

だけど彼女との距離は一向に縮まってはいなかった。

少しでも彼女に近づきたい。

その一心だった。それはもう必死だった。

彼女に少しでも自分のことを好きになって欲しい。

そんな考えが自分の頭を占拠していた。


もう間もなく彼女も学園を卒業する。

彼女が卒業すれば晴れて夫婦になる。

だが、本当にいいのか?このまま結婚してしまって。

彼女にはきっと政略結婚と変わらない。

だが貴族にはよくあることだ。

自分が彼女を愛してさえいればいい。

ようやく彼女が手に入るのだ。

でも、心はーー?



***



まただ。また視線を逸らされる。


「君は、そんなに私のことが嫌いなのか?」


気づけばそんな言葉が口をついて出ていた。

今までどうしても聞けなかったことだった。


「いいえ」

「まあ、そうだね。そうとしか言いようがないか。だけど君が学園を卒業するまであと2週間だ。既に婚姻の準備も大詰めの段階で婚約解消は難しいよ。……ここまできて君を逃したりはしない」


そう、もう君を手放すなんて不可能だ。

だってこんなにも愛しているのだから。


ああ、そうだ。そういえば大事なことを伝えていなかった。


「リーリア……。リア、君を愛している」

「っ!」


彼女の表情が驚愕に染まる。

それは初めて見る顔だった。

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