前編
「初めまして、リーリア嬢。あなたのような可憐な方と婚約できてとても光栄です」
うららかな春。
天気にも恵まれた我が家自慢の庭園は、咲き誇る花々によって甘やかな香りが満ち、瑞々しい緑とカラフルな花との対比がとても美しい。
そんな中で私の婚約者だと言う少年と初めて対面した。
彼が12歳で、私が10歳の時だ。
その日は親が決めた婚約者との顔合わせの日で、我が家でお茶をすることになっていた。
時間通りに母親とやってきた彼は、母親からの紹介を受け、挨拶をしてくれた。
くすみの無い透明度の高いプラチナブロンドに、一見グリーンに見える目は暗いところではグレーのようにも見えるし、光が強く当たると黄色みが増す複雑な色合いのとても綺麗な目だった。
向けられる穏やかな微笑みは全く嘘っぽくなくて、「可憐な方と婚約できて光栄」などと言う定番のお世辞が、さも本心からのものであるように聞こえてしまうくらいだった。
ーーああ、眩しい。
彼に対して初めて抱いた感想はそれだった。
小さな頃に読み聞かせてもらっていた大好きな王子様とお姫様の物語の王子様のようだと思ったのだ。
私とは住む世界が違う。
だって私はお姫様ではないから。
彼は侯爵家の嫡男で、私は伯爵家の長女。
家格はあちらの方が上だが、つり合いが取れないと言うほど我が家は落ちぶれてはいない。
今回の婚約は男側である侯爵家からの申し込みということになってはいるが、そもそもが当主である父親同士がいわゆる親友と言う間柄で、自分たちの子どもをくっつけたいという長年の思惑により成り立ったものなのだ。まぁ全く政略的な意味合いが無いというわけではないだろうが。
どうして私なのかしら。
妹の方がよっぽど彼とお似合いなのに。
自分はゆくゆくは婿をもらってこの家を継ぐと思っていた。
私が彼と婚約し、いずれ結婚して侯爵家に嫁ぐということは、妹がこの家を継ぐと言うことだ。
私には1つ下の妹がいる。
真っ黒な髪に焦げ茶色の目の私とは違い、妹はブロンドに少し赤みが混じった綺麗な淡いピンク色の髪にアメジストを嵌め込んだような目をしており、純粋で誰にでも愛されるようなお姫様だ。
この国で黒髪というのは非常に珍しい。
忌避されたり嫌悪されたりということはないが、美しいの定義からは外れるように思われた。
私と妹は異母姉妹だ。
私の母は外国出身で、母は私を生んですぐに亡くなっている。
父と私の母は典型的な政略結婚だった。
不仲だったわけではないようだが、父は喪が明けるとすぐに再婚し、義母はすぐに妊娠して妹を生んだ。
父も義母も、そして妹も、私に優しいし良くしてくれる。
だけど私はどこか疎外感を感じていた。
優しくしてほしくないわけじゃない。
でも、じゃあどこにこのモヤモヤを向けたらいいのか。
どうしたらいいのか、私はわからなくなってしまっていた。
***
ーーああ、眩しい。
あまりの眩しさに思わず視線を逸らす。
初めて会った時と変わらず、いや20歳になった彼は美少年の面影を残しながらも端正さが増し、より眩しく感じられる様になっていた。
私たちは婚約してからずっと定期的に会ったり、手紙のやりとりをしたり、贈り物を贈り合ったりと交流を重ねてきた。
彼は学園で男女問わず非常に人気者だった。
学年が離れていることもあり殆ど接点は無かったが、特段浮ついた話は聞かなかったものの、時々見かける彼は常に女性に囲まれていた。
彼はすでに学園を卒業し、社交界でも侯爵家の後継として精力的に活動しているようだ。
社交界で揉まれた彼は、気品と聡明さに磨きがかかり、自信に溢れより魅力的になっていた。
今では王家の覚えもめでたいのだと聞く。
自分の無意識の行動に気づき、視線を彼に戻す。
いつも微笑みを浮かべている彼にしては珍しく、苦々しい表情をしてた。
失礼だったかしら。
自分の行動が気分を害してしまったのかもしれない。
「君は、そんなに私のことが嫌いなのか?」
嫌い?
私が、彼を?
そんな烏滸がましこと思うはずもない。
「いいえ」
「まあ、そうだね。そうとしか言いようがないか。だけど君が学園を卒業するまであと2週間だ。既に婚姻の準備も大詰めの段階で婚約解消は難しいよ。……ここまできて君を逃したりはしない」