1章ー4 学年1の美少女のケース
「私、告白されたの。」
それは懺悔のように聞こえた。
学年1の美少女なんだから告白ぐらいされるだろう。
改めていうことでも、ましてや人に言うことでもない。
いや、違う。
この場で、わざわざ俺にしなきゃいけない話なんだろう。
だからこんな辛い表情を浮かべながら鈴白は俺に言ったのだ。
言われなきゃ分からない。
そこの骸骨の話が本当なら俺は記憶を失っている。
ならば聞かなきゃ分からない。
「…誰が?俺が告白したのか?」
「え」
鈴白の顔が一気に赤くなる。びっくりした顔でなにやらワタワタとしながら手を振った。ぴょこぴょこと猫耳も忙しく動く。
「違う、違うの」
動揺しながらも懸命に口を動かしてくれたが思わず聞き返してしまった。
「違うのか?」
「違うよ。上石くん、別にその私のこと…あのそういう目で見てない、でしょ?」
いやたぶん見ていたんだが。その証拠もあるし。
しかし、鈴白は幸か不幸かその事実を知らない。
俺がこんなことになる前は鈴白に好意を持っていたことは…知らない。
鈴白は息を整えて、再度意を決したように話し始めた。
仕切り直し、という言葉がしっくりくる。
鈴白の懺悔がはじまる。
「あのね、先輩に告白されたの。先輩って言っても3年生なこと以外知りもしない人だったんだけど…」
動揺はおさまっていたが、鈴白は話せば話すほど傷をえぐるように顔を歪ませた。それが見ていられないこともあり俺は口を挟んだ。
「それと俺になんの関係が…?」
「たぶん、"無関係だった"と思う。」
深まる謎。続きを促すように俺は黙った。
「本当はいけないことだとは分かってるの。でも私には好きってなにか分からない。だから誰も好きになれないしあんなことしちゃうの。」
鈴白は自分を守るように、あるいは束縛するように自分自身を抱きしめた。俺に話しているというより、やはりその姿は懺悔に見えた。
「告白をなかったことに。記憶を消しちゃったの。誰もいない教室だと思ったら上石くんがいて、廊下に出てみたら上石くん倒れてるんだもの。覗き見されたのかと思って、思わず強い言葉を出しちゃった気がする。ごめん、ごめんね。」
…あぁ、思い出してきた。
むしろ忘れてたのが不思議なくらい鮮明に思い出した。
俺はたまさか空き教室の前を通って、先輩の鈴白への告白を聞いた。
鈴白はふった。
理由は本人の口からあった通り、"誰も好きになれない"からと。
そして廊下で人知れず俺は落ち込んだ。
口に出さすとも好きだったんだ。
我ながらヘタレにも程がある。
とんだ流れ弾で告白さえもせず、俺は失恋をしたのだ。
"誰も好きになれない"という、その言葉に自分も含まれてると悟って。
沈み込むほどの失恋をした。
俺も、そして名も知らない先輩も。
それを鈴白は俺と先輩から記憶を消した。
失恋した事実が消えて喜ぶものもきっといるだろう。
気まずくなることも思い出して恥ずかしくなることも、自分が拒否されたという記憶もない。
だけどそれは…
「確かにいけないことだ。なんでそんなことした。」
鈴白はその問いをどこかで待っていたようにも見えた。
誰にも言えなかった箱の中身をぶちまけるように彼女は言う。
「傷つき、傷つかれるのが嫌だったの。好きってどういうことか分からないのに、誰も好きになれないのに、そんな言葉をもらっても困るだけ、誰も私に好きになって欲しくない。私のことを考えて欲しくない。」
剥き出しの言葉、剥き出しの感情。
「断っても、例え受け入れたとしてもきっと傷つく。だって私は好きが分からない。聞かなかったことに、なかったことにしちゃえば、こんな悩みなくなる。断ったその先も、受け入れたその先も、存在はしないもの。」
…あぁ、わかった。
目の前の鈴白てまりはー
「だから使った。契約して手に入れた力で私は願ったの。元の日常を過ごすために。なかったことにしてってー」
猫をかぶるのをやめたのだ。
ならば俺も受けて立つべきだろう。
「ふざんけるのも大概にしろ。間違ってる。そんなのは間違ってる。」
俺の名前は、上石はかる。
特殊体質につき恋愛の浮き沈みを誰よりも実感するもの。
だからこそ言える。
「お前の逃避をまるでお互いの為のように正当化するな。そんな一方的な秤で決めるな。確かに失恋した側は傷つくかもしれない。だからなんだ。そんなのは当然だ。告白をなかったことにする。ただそれだけで解決すると思ったら大間違えだ。」
俺は拳を握りしめた。
骸骨がこちらを見つめてるが、そんなの関係ない。
俺は鈴白に話しかけてるんだ。
「告白っていうのはな、誰かによって、こんな形でなかったことにされていいようなもんじゃない。お前は一生懸命伝えようとした先輩の言葉をなかったことにしたんだ。」
そうだ。
俺ができなかったこと。先輩のがんばり。なくしちゃいけない記憶。
「人は恋をするほど強くなる。俺はそれは失恋も含まれると思っている。鈴白のそれは逃げだ。好きという重さから逃げ出したことに他ならない。逃げるな、人から痛みを取り上げて聖人を気取るな。」
「ー自分でもいけないことだってわかってる。でもどうしていいか分からないの。」
悲痛な叫びだった。
助けと願うような懺悔の末の、鈴白の叫び。
「逃げなきゃいい。それにな、残酷だけど世の中お前だけが女の子じゃないんだぜ。失恋したとしてもまたきっと恋をする。失恋したことで区切りができて前に進める。鈴白、お前はその役目をしっかりと負わなきゃいけない。」
そう、今俺が失恋して一皮剥けたように。
恋愛には浮き沈みがつきもの。
またきっと心がうきうきとするような舞い上がる出会いがきっとある。
俺はなるべく強い男に見えるようにと思いながら手を差し伸べた。
「それにな、鈴白。案外お前にも好きが分かる日がくるかもしれない。…だから逃げるな。」
学年1の美少女は、初めて俺の手を握りしめた。