1章ー2 学年1の美少女のケース
1章ー2
◇
全速疾走なんて体育の授業でも久しくやってないので山を抜けた頃には息も絶え絶えだった。
どうやら追ってくる様子はない。
念のため後ろを振り向いたが、木々に阻まれて鈴川と謎の骸骨の姿は見えない。
なんだ、なんだったんだ。
情報過多すぎてSAN値ピンチになりそう。
息を整えながら体も心もクールダウン。
冷静になれ、俺。
頭の中で一つ一つ思い出していく。
場所は裏山、猫に会いに行ったと思ったら猫耳美少女と浮く骸骨がいた。
…うん、なるほど分からん。
これがアニメだとすれば猫の正体が美少女でした!てなりそうなものだが、生憎証拠はない。猫耳の柄でも覚えていれば分かりそうだが、目の前に骸骨がいたせいでそっちに引っ張られてしまった。
なにしろ浮く骸骨(二頭身)。中身、萌え声。そんでもって俺を消すか提案してきた知能付き。
「…はぁ」
思わず出たため息は外の空気に流れていった。
気がつけば玄関まできた。
不思議なもんで家に着けば、安心感で満たされる。
毎日の習慣とは恐ろしいもので家族に挨拶しあったかいご飯を食べて風呂に入り気づけば就寝。朝がきて、アラームうるせえなといいながら止めて…。
まぁ、つまりは変わらず学校に来たということだ。
ルーティンとは恐ろしい。
何にも答えも出てない上、幸か不幸か同じクラスなので嫌でも顔を合わせる。
とはいえ、元々接点はない。
ぶっちゃけ昨日の廊下だけでもイレギュラーイベントである。まさかその上に猫耳骸骨事件というスペシャルイベントが重なるとは思わなかったが。
もしかして昨日から俺が主役なラノベがはじまっちゃった感じですか?だとしたら、もうちょい日常系で頼む。
教室のドアに手をかけた時に、俺は少し悩んだ。
今から引き返すべきか、だが引き返してどうする。
家にいてこの先引きこもり人生?そんなのごめんだ。1日2日は体調不良で騙せるとしてもしつこく家族に問い詰められるに決まってる。
だいたい学校に行きたくない理由が美少女に猫耳が生えて骸骨を従えてたってなんじゃそれ。もはや夢では。ーそう、昨日のは夢だったかもしれない。
廊下の誰だか知らん笑い声に後押しされるように教室のドアを引いた。
ガラガラと聞き慣れたドアが擦れる音
教室には、何人かはいたが恐れていた鈴川は居ない。
恐れていたってなんだよ。ほっとしそうな心がなんだか悔しかった。
いつも通りでいいんだ。いつも通り、席に座ろう。
荷物を下ろして席に座る。
閉じたドアがまた開く。
黒くてさらさらと流れる髪が揺れる。
ー当然猫耳はない。あるはずがないんだ。
誰もが羨む学年一の美少女、鈴白てまりにそんなもの不要だ。
昨日のだって、気のせいだったかもしれない。
それなのに俺は彼女におかしなところがないか執拗に目で追ってしまう。
鈴川はいつも通り女子のグループに挨拶を交わし、自分の席に行くため歩くはずだった。
ー彼女の席とは反対の方に歩く。
教室なんてそんな広いもんじゃない。
一歩一歩、鈴白は俺に向かっていく。
「上石くん、おはよう。」
真正面ー机1個分で止まり、俺に挨拶してきた。
笑顔だった。
学年1の美少女、鈴白てまりの笑み。
この学校の男子生徒なら誰もが羨む光景。
イレギュラーなのだ。
鈴川は俺の前にわざわざきて挨拶などしない。
きっかけさえあれば廊下で話しかけるが、その程度の仲なのだ。
ーきっかけ、今日の挨拶も昨日のことがきっかけだろう。
彼女は昨日のことを当然認知している。
「…おはよう、鈴白」
俺は理解した。
この時、笑顔の鈴白を目の前にしてようやく理解したのだ。
浮き沈みより恐怖が上回るとこの重力的な何かは発動しない、ということを。