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夜の気配

作者: しみじみ

 夜の気配が好き。人が密集している住宅街。ポツリポツリと立つ街灯。そこを抜けると現れる、本格的な闇、闇、闇。


 真っ黒ではなく真っ暗であることは、何故だか救いのように感じる。暗いは照らせばいい。黒いはじゃあ、どうすれば?


 親も寝静まる時間帯の外出は、あまり快く思われていない。まあ、無理もないなとは思う。そんな夜遊びのせいで、あんな事になったのだから。


 でも、と反論をさせてもらえるのなら。私は夜遊びなどしていない。夜に遊ぶのは好きじゃない。好きなのは夜だ。夜の気配なのだ。


 何かが潜んでいるかもしれない、真っ暗。誰かと示し合わせたように、唇をピタリと閉じて人差し指をピンと立てて。シーっ。サンタさんを待ちわびてる少女のような静けさ。静かなのにうるさい。楽しみ。


 その暗闇にはなにかある。私は小躍りなんて器用なことは出来ない。だからせいぜい、小さくステップ。喜びを表現しております。 


 誰にもすれ違わない確信を持てる、田舎道。もう少し暑くなったらカエルがゲコゲコする事間違いなしな田んぼを横目に、私は歩く。音なき鼻唄は今日も調子っぱずれ。気持ちだけは上を向く。


 どこに行くの。どこにも行けない。どこに行きたいの。どこにも行きたくない。どこどこどっこい。やりたい事だらけ。あらやだ、10代というのは、さぞやさぞさぞ、難しいものですね。おほほほ、と笑ってみる。ゲコゲコと返ってくるのはもう少し先の季節。


 夜の気配を私は堪能する。肺いっぱいに吸い込んで、そのまま夜の一部を取り込んで、私の中に定着する。そうすればいつでも夜を取り出せる。そんなに素晴らしいことは、きっとない。


 目隠しをされた。夜だけど。真っ暗が真っ黒になった。それはとても怖いこと。幼い私はだけど取り乱したりはしなかった。手を引かれるまま、歩いてた。


 今思えばその大人、目的は何だったんだろう。やっぱりお金かな。身代金。身体の代わりのお金。いやん、怖いわ。私にそんな価値、あるのかしらん。


 そんな風に考えると、私は運が良かったのだろう。結果として何事もなく終わったのだから。


 濃密な夜が私と対峙する。夜はおいでおいでと私を手招きする。暗闇の中の外の空気は、やけに存在感が増している気がする。きっと濃くしてしまうのだ。だって、昼間をも溶かしてしまう暗闇だから。


 そういえば今日は、と振り返る。今日の私は、ちゃんと私だっただろうか。


 たとえば。クラスメイトから無視されている浅香さんに対して、私は私でいられただろうか。周りに合わせるのか自分を貫くのか、どっちが本来の私であるのか、これは自身も気になるところ。


 そういえば加藤くんは変わらず挨拶していたな。その事にクラスメイトはヒューッと風が吹いたみたいに驚いて、目をパチパチしていた。私は何をしていたっけ。 


 私もその一員だったっけ。パチクリ組だったかな。


 次々進む。進んでいく。過去も未来も現在も。暗闇の中では皆平等。


 小学生の頃の私は、ランドセルを背負った無力な子ども。だから連れ去られた。おおごとのように言えば、誘拐。


 そりゃ実際はおおごとなんてレベルじゃなかったというのが両親に聞かされた話。なにせ無力な子どもだったから。後々分かったことは、私を連れ去った大人は前科者であったとか。


 だから私は、すぐに見つかったけれど、その後の大人たちの方が怖かった。味方の大人の怖さというのは、きっと当事者にしか分からない。


 女の子だから、とか。年端のいかない子どもを、とか。そんなのが聞こえた。後は、けがれるとか、けがれてるとか、そんなこと。


 あの頃はなんのことか分からなかったけれど、今なら分かる。そりゃないよ大人、と思う。もっと他の心配することがあるんじゃあないのかい?


 洗濯機に放り込まれたように、大人たちは目まぐるしく私の周りを駆け巡った。実際、駆けても巡ってもいないけれど、そんな感覚だった。


 色んなことを聞かれた。でも私はロクに答えることが出来なかった。だって目隠しされてたから。真っ暗じゃなく、真っ黒だったから。それじゃあ頭の中はどうだったか。そりゃもう真っ白。ということはなく。疑問符が粉々になった飴細工みたいに散りばみ散りばみ、な状態だった。


 夜は続くよ、どこまでも。月の明かりはあまりにほのか。天体のことはなんだかとってもバカが露呈してしまうから、深く考察するのは遠慮しておきましょう。


 家からだいぶ離れた気でいるけれど、私の歩幅はあの頃と変わらず無力。これじゃあ走りも遅いわけだよなと妙に納得してしまう。


 くるり、と踵を返す。そろそろな具合で折り返し。そこら辺から虫の声。ああ、虫だ。ああ、無視か。そういえば浅香さんはどうなるのだろうか。


 いじめ、という響きはとても不穏。だからそこまでじゃないと思うのは、私がこちら側だからだろうか。 


 浅香さんにとっては一大事なのかな。でも彼女は、なんというか、そう、動じていない。無視なんぞなんのその。そんな小市民な行為、私は痛くも痒くもないわ。そんな声が聞こえてきそう、な、気がする。


 じゃあいいのかな。私は暗闇に問いかける。なんのこっちゃ、くらいは言われるかと思ったけれど、意外にも沈黙。なによ、クールなのね。


 私の心の声なんてだだ漏れだろうに、そうやって沈黙を貫くのね。いいわ、それなら私も考えがある。


 私は暗闇に向かって叫んだ。


「バカヤロー」


 声は控えめ。高めの地声。それでも叫びたがっていたのよ。 


 いったい何にバカヤローなのかと言えば、もうね、何もかも。あの時のこともこの先のことも、全てをどこかに投げ出して、やっぱりあの頃に戻りたい。そうしたら真っ黒な中で、あの大人が手を引いてくれるから。


「どこへでもいけるんだ」


 その大人は言った。


「どこへでもいけるんだ」


 ただそれだけを繰り返していた。私はその言葉に素直に頷いたのだったっけ。まるで助けは呼ばなかったのだったっけ。たまたま私を探している大人に出会っただけなんだったっけ。


 出会ってしまったんだったっけ。


 この道は知ってる。通学路。じゃあ家に着いちゃうね。そりゃあそうか。通学路だもんね。


 私は今日も投げ出さなかった。何もかも捨て去らなかった。残っている私のカケラたち。出来ることなら夜を吸い込んで。お願いだから吸い込んで。


 私は夜遊び大嫌い。


 好きなのは、夜の気配なの。 



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