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夏の城  作者: k_i
灰色世界Ⅰ
6/34

5.グランドで

「イキ?」

 

「……カケラ」

 

 ここは屋上だった。

 

「どうしたんだ。昼寝なんてめずらしいな。イキらしくもない」

 

「最近、どうも眠いんだ……」

 

「まさか、おまえまで家で勉強をはじめたんじゃないだろうな。次は体育だぜ。行こう、もう、昼休みが終わる。ほら、ナチたちはもうグランドに出てきた」

 

 ぼくらは体操着に着がえて、グランドに出た。女子は、半分はバレーボールをやりに一階屋内の体育室へ、もう半分はグランドのはしのテニスコートに行った。

 

 もうすぐ地下寮に入る。そのことで、なんて言うのだろう、いてもたってもいられないような、今のうちにこの地面を思いっきり踏んで、飛びはねて、転げまわっておきたいような、そんな気分にさせられる子らもいるようだ。カケラや、ナチ、ミズノ、モモノ、アシタ、それに、ぼくも。

 

 小等部に入って四年目から、グランドを使わせてもらえるようになった。それまでの体育は、鉄塔校舎の一階にある陰気な体育室で、基礎体力をつくるためのトレーニングや、柔軟体操、マット体操、それから、隊列やら整列の訓練ばかりをやらされた。体操着でグランドに出ると寒く、転ぶとすり傷ができてとてもいたかった。砂もろくにしかれていないんだ。けれど、広いグランドをはしからはしまでかけた時、ぼくは生きているという感じを、はじめて強く実感したと思う。体育の先生がそれを、しぶい顔をするように、苦笑いするように、もしかしたら懐かしむように、見ていたのを覚えている。

 

 そして、はじめてサッカーをやった時の爽快感。ぼくらはとにかくボールをけりたくて、相手とうばいあい、ぶつかりあい、ときに転んで、立ちあがっては、走った。楽しいという気持ちは、そのときに知ったような気がする。その楽しい時間は短く、一週間に一度しかないその時間が待ち遠しかった。この世界がもっとも寒くなり、外を歩くのもおっくうになる冬でさえも、体育の時間が来ると、ぼくらは急いでうすい体操着に着がえてボールをけりあった。

 

 五年目になると、ボールをけりあいうばいあうだけでなく、相手のゴールに入れることや、もっと細かいルールを教わった。夏休み前になると、他のクラスと合同で試合をした。そして夏休みには、希望者をつのって他の学校とも試合を行った。

 

 この国には、ぼくらのと同じ鉄塔校舎が幾つもある。壁に区切られて行くことのできない校区外に、幾つも、同じつくりの鉄塔がそびえているんだという。

 

 ぼくらは生まれてはじめて乗り物に乗せてもらい、校区の壁を幾つも、幾つも越したところにある共同グランドへ連れていってもらった。そこはおおきなドームのなかで、鉄塔校舎のようにさびたところがなくきれいに整備されていた。きれいすぎるくらいに。ぼくらのグランドのように砂がまばらじゃなくて、一面に砂がしかれて、ならしてあった。

 

 サッカーコートが他にもたくさんあって、ぼくらと同じくらいの背たけの大勢の男子がいた。色んなチームと、何日もかけて試合をした。ぼくらは皆、緊張していたけど、とても楽しかった。

 

 ぼくはナチやカケラみたいに、ボールを強くけったり思いどおりの場所へわたしたりするのはうまくなかったけど、足のはやさには自信があった。ぼくはボールをけりながら、何度も、何度も走ったのだった。

 

 一週間ほど続いた試合のあと、乗り物は再び、共同グランドを出てそれぞれの校区へと生徒たちを運んだ。

 

 ふりむくと、ドームの向こうに、もっと巨大な、鉄塔校舎を三つも四つもたばにしたような、ひとつの塔が見えた。まっ黒な塔。

 

 ああ、あれは「都庁タワー」だ……こんなに近くに。ぼくらはこんなところまで来ていたんだ。

 

 

 今日もぼくは、ボールをけりながら、グランドを走る。カケラにボールをわたして、カケラはナチにわたして、いりみだれて、また転がったボールをぼくはけって、走る。まもなく、最後の夏休みが、来る。

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