16.たどりついたのは
もう、ぼくらに時間の感覚はなくなっていた。
ずっと、同じうす暗やみのなかを、歩いて、パンを食べ水を飲み、寝て、またパンと水、そしてまた、歩き、……ずっと変わりのない下水の音。サァサァサァ…… ときどき、下水に流されて進んでいるような感覚におちいる。
それと、ぼくには、不思議な、女の子の声が聴こえる。最初、夢のなかのことだと思っていた。今は、起きているときも、たまに聴こえる。しゃべっているのではない。ほんとうに、不思議な……なんだろう。流れにのって、浮き沈みするような、声……気持ちがいい。ぼくはもう海へ着いて、あの深い青のなかを漂っているのではないかしらと思う。
だけどふと、下水のいやなにおいと、ゴブゴブ、という不快な音でわれに返ると、そのきれいな声はやんでしまっている。
カケラには聴こえていないのだろうか。ほとんど、二人とも口をきかなくなっている。ほんとうに、どのくらいぼくらは歩いたのだろうか。
「イキ……」
ずいぶん、かすれた重たい声で、カケラが言った。ぼくは、どれだけぶりかで、返事しようと口を開いても、すぐに声が出てこなかった。カケラはぼくの様子を確認して、そのまま続けた。
「もう、パンと水がだめだ。パンは、この前起きたとき、もうすでに硬くなりすぎていたけど、それからどうもかびがはえている。それにもう、どうせ少ししか残っていない。水も、だ」
「……ん、……あ、どう、する、の……」
ぼくはようやく、声が戻ってきた。
「どこまで来たのは、さっぱり、わからない。おれたちの住んでいたところと同じような町が、幾つ壁を越えるまでずっと続いているのか、それとも、もう違う風景に変わっているのか。一度、近くのトンネルから、外へ出てみるしかない」
今までにも何度か、上へぬける小さなトンネルはあった。他の下水が合流して流れてきているトンネルもあったし、人が降りるためのはしごが付いているものもあった。
一度外へ出てみる。ぼくは少しほっとした気分になっていた。海へなど着けずに、このままどこまでも、暗く長い下水路を歩いていくだけだったらどうしようという不安。いや、そういう不安と思う気持ちさえも、なくなってきそうに思えていたから。
ぼくは、外に広がる青い空とひまわり畑を思い浮かべながら歩いた。
間もなく、はしご付きのトンネルが脇に見えた。カケラはうなずいて、それを上っていった。どれだけ上ってもいっこうに明るくならないと思っていたら、ゆきあたりになった。ふたがされていたのだ。ぼくらは幅の狭いはしごにしっかりとつかまり、二人でふたを押しあけた。まぶしく目に入ってきたのは、だけどやっぱり、灰色の世界だった。目がうす暗やみになれていたから、こんな灰色の世界でもまぶしく感じたのだ。
すぐ目にうつったのは、……塔。
鉄塔校舎より何倍も太く、まっ黒な、そう、それはまぎれもない、都庁タワーだった。そしてそのとき、急降下してぼくらに飛びかかってきたもの。
グズモ。グズモだ!
都庁タワーの周囲には、きっと侵入者を見張るたくさんのグズモがいるのだろう。ぼくらの町でも、不審なことをする者を見つけると警報を鳴らして、守衛や警備員を呼び寄せる機械の鳥。
ぼくらは転がるようにトンネルを下りた、いや、ほとんど、落ちた、と言っていい。
ふたを閉める間なんてなかった。たくさんの黒いものが、ぼくら目がけて舞い降りてくる。




