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last case 明日の約束6

 呆然と、俺は整地されてしまった山を眺めていた。

 抉れた大地には、ドロドロと赤く光る溶岩が流れ込んでいる。

 あれだけの質量の山が、一瞬にして蒸発してしまっていたのだ。


 信じられない。まったくもって非常識。

 もう魔物などという範疇にすらないじゃないか。


 乾いた笑いが喉から零れる。

 土間ゲンジロウが正解だった。トシゾウは間違えたのだ。


 可能性? そんなものあるわけない。

 身一つでこれを倒そうなどと、馬鹿げた話。夢物語もいいところだ。

 蟻が象に挑むよりもなお悪い。ミトコンドリアが鯨に挑むようなものだろう。

 存在すら気付かれず、呼吸しただけで吸い込まれてジ・エンド。


 あぁ、いや。

 それよりはマシかもな。

 だってこの化物は、ちゃんと俺の存在に気付いてくれているんだから。


 一度目は聖杯の力で復活し、二度目は間一髪の回避。

 都合二度の熱線で仕留められなかったのが不思議なのか、美しい女が首を傾げて俺を見ていた。


 しかし三度目はないかもしれない。

 化物が両手を掲げ、手の平に眩いばかりの光を集めていたのだ。

 初めて見るが、それでも分かる。

 アレは先ほどの熱線よりも更に威力の高い何か。ツァイナの言葉を借りれば、恐らく魔法なのだろう。

 聖杯を使う余裕すら与えず、俺を跡形もなく消し去るつもりだ。


 避けなければ死ぬ。

 分かっているのに、膝が笑って動いてくれない。


「く……そっ!! くっそがぁッ!!」


 ならばとカミーラを構え直し、遮二無二トリガーを引き続けてみる。

 ガタガタと震える身体のせいで照準もままならないが、とにかく連射。

 ブシュブシュと連続する発射音は、俺の血液を全て撃ちつくす勢いだ。


 血弾は化物の上半身、下半身、別け隔てなく着弾し、その身に赤い点を付けていく。

 だがあの赤は俺の血の色。奴自身は、一滴の血も流してはいないだろう。


 事実、化物は痛がる素振りすら見せず。

 そしてゆっくりと、手に集まった光を解き放とうとしていた。


 ――死ぬ。

 ――終る。


 覚悟した瞬間、どういうわけだか不意に化物の動きが止まった。

 いや、動けなくなったのだ。

 突然山全体から立ち昇った、青い光のせいで。


 直感的に気付いた。

 きっとこれが秘策。コナデが言っていた、魔を封じる結界なのだ。


 目の前の女は端整な顔を歪ませ、手の平に集まっていた光もいつの間にか霧散していた。

 化物から受けていた圧倒的な圧迫感。それも、少し和らいだ気がする。


「さすが古の退魔師様だっ!!」


 この機は逃せない。逃すわけにはいかない。


 体に活力が戻るのを感じた俺は、化物の射線上から逃れるように横へと跳んで体勢を立て直した。

 即座に奴が振り返りかけるが、その前にカミーラが血を吹く。


 ブシュッ、ブシュッ、ブシュッ――


 腹、胸、頭と、正中線に沿って放たれた三発の血弾。

 先ほどまでは意にも返さなかった化物だが、今度は違う。

 魔を封じられ、力の弱まった奴は、痛みを堪えるようにドスドスとドラゴンの四足で踏鞴を踏んだのだ。


 効いている。

 間違いなく、奴に痛手を負わせることが出来た。


 それがどれだけのダメージかは分からないが、確かな手応えを感じ、俺は続けてカミーラを撃ち続ける。

 もちろん化物もただ黙って食らい続けてはくれない。

 重そうな見た目に反し、右へ左へと素早く回避運動。しかも時折巨大な尻尾を振り回して、俺の隙を付いて反撃までしてくる始末。

 力が弱まったとて、そう簡単な相手ではないのだ。


 ――カッ!


 再び奴の瞳が輝いた。

 先ほど一山消滅させたあの熱線である。

 そもそも破壊対象の単位が一山って時点でどうかと思うが、今であればそこまで甚大な被害を被ることはない筈だ。

 もちろん当たれば相応のダメージは避けられないだろうから、咄嗟の判断で素早く回避する。


 俺の脇を掠めていった熱線は、確かに威力が落ちていた。

 しかしそれでも木々を穿ち、大地を焦がすほどの破壊力を残していたらしい。

 背後では森が焼かれ、轟音とともに木が薙ぎ倒されていた。

 未だに当たれば即死級であるという事実に、少なからず動揺してしまう俺。そこに今度は、連続で熱線が襲い掛かってくる。


「っぶねぇなっ!」


 音もなく飛び交う絶死の光線。

 それをギリギリ。右へ転がり左へ走ってとにかく避けながら、俺は必死に化物の隙を探す。

 が、反撃しなかったのが悪かったのか。

 奴の攻撃は更に苛烈さを増し、尻尾の横払いまで加わってしまった。これでは避けきることも出来ない。


「が――ッ!!」


 丸太ほどの太さで、硬い鱗に覆われた奴の尻尾。

 それがビュンと風を唸らせて払われ、熱線をギリギリ避けたばかりの俺には回避する余裕がなかったのだ。


 グボッと腹を直撃したかと思うと、勢いそのままに俺の身体が吹き飛ばされてしまう。

 なんとか即死は免れたようだが、地面の上を滑るように転がされ、大岩に背中から衝突すると全身がバラバラになったかのような激痛が走った。

 骨の数本どころではない。恐らく内臓までダメージは及んでいるだろう。

 呼吸が出来ず、口の中に酸っぱいものが込上げてきている。


 勝者の余裕だろうか。ノッシノッシと化物が近付いてきた。

 美人顔ではあるが相変わらずの無表情。俺を見下ろす切れ長の瞳は、再び死の輝きを灯してしまう。


 ――カッ!


「――ッ!!」


 身体を逸らしたが避けきることは能わず、左半身が光の中で燃え尽きた。

 続けてトドメを刺すべく、奴の視線が俺の頭部を捉える。


「癒せッ!!」


 そうはさせじと胸に強く願ったことで、聖杯が発動。みるみるうちに怪我が癒え、熱線が発射される直前に俺は辛うじて窮地を脱する。


 しかし、これで聖杯は空。

 八個ほど魔魂は残っているが、満ちていない聖杯では使えない。

 つまり、次に致命傷を負ってしまったらそこで終了。

 後はもうないのだ。


 だが、悲観することばかりじゃあない。


「食らえッ!!」


 ブシュッ、ブシュッ!


 突然動き出した俺に反応出来ない化物。

 その横っ腹に、すかさずカミーラをぶち込む。


「――ッ!!」


 すると、明らかに今までとは手応えが変わった。

 声に成らない声をあげ、奴は一足飛びで距離を取ってから膝を付いたのだ。


「行けるッ!!」


 ここが勝機と、俺はカミーラで追撃を行う。

 奴はあからさまに撃たれることを嫌がりつつも、しかしダメージがでかいのか。

 その動きに、かつての俊敏性は見られなかった。


 ブシュッ、ブシュッ、ブシュッ!


 自分の血をこれでもかと弾に変換。とにかく撃ちまくる。

 ひょっとしたら貧血で倒れてしまうかもしれないが、そんなこと構うものか。まさに出血大サービスって奴だ。


 ブシュッ、ブシュッ、ブシュッ!


 直撃こそしないものの、少しずつダメージは蓄積しているのがわかる。

 化物は呻き、転がり、目に見えて余裕が失われてきていた。


 もう少し。

 もう少しで、奴を倒せる!

 守ることが出来るッ!!


 ブシュッ!


「――ッ!!」


 ついに血弾が、まともに奴の左腕を捕らえた。

 上半身にある奴の左腕。その肩口を穿った血弾により、左腕が根元から吹き飛んだのだ。


 勝つ。

 勝てるッ!!





 ――それを、油断と言うのだろうか?



 一瞬見えた勝機に浮かれ、追撃とばかりにカミーラの照準を奴の胸部に合わせた時。

 同時に、奴の瞳が俺を見ていた。


「しまっ――ッ!!」


 再び俺を襲った熱線。

 それは、俺の腹部に大きな穴を開けてしまっていたのだ。


 ゴポリと口から真っ赤な血が溢れ出た。

 零れる。化物を倒す為に必要な俺の武器。俺の血が、とめどなく零れていく。


 全身を酷い寒気が襲い、体がガクガクと震え始めた。

 力が入らず、膝が崩れる。

 揺れる視界の中では、化物の美しい顔。


 やばい。まずい。死ぬ。


 不思議なことに、痛みはあまり感じていない。

 むしろそれこそが、本当にやばい状況なのだと理解出来てしまう。


 来る。奴が来る。トドメを刺しに来る。


 地に膝を付き、ダランと腕を下げてしまった俺に、ゆっくりと化物が近付いて来ているのが見えた。


 癒せッ!!


 祈る。聖杯に祈りを込める。


 癒せッ!!


 幾度も俺を救ってくれた、俺の異能。俺だけの力。


 癒せッ!!


 何度も何度も繰り返すが、しかし力は発動してくれない。


 癒してくれッ!! 頼むッ!! じゃないとッ!!


 至近距離まで近付いた化物が、ジッとこちらを見ていた。

 人形のように整った、寒気すら感じるほど美しい顔。

 それが、にぃっと初めて口を歪めている。


 不意に気付いた。


 そうだ。

 俺にはもう一つ能力があった筈だ。

『死線』

 それが発動していないのだから、俺は死なないのでは?

 何か勝機があるのでは?


 突然の閃きに、最後の力で頭をフル回転させる。

 なにかないか?

 なにかある筈だ。


 仮に、ここで聖杯をもう一度発動出来れば、恐らく望む結果が得られるだろう。

 しかしそれは無理だ。

 ならなにがある? 他に何が残されている?


 分からない。

 分からないが死なない筈。


 そんな漠然とした奇跡に縋る俺に向けて、ついに熱線が放たれてしまった。

 やけにゆっくり流れるコンマ秒の世界。

 化物の瞳から伸びた光が、近付き、俺の額に当たり、そのまま脳を焼いていく。


 死なない筈――じゃないのか?


 ドサッと俺の身体が倒れるが、もう感覚はなかった。

 まるで意識と身体が切り離されたように、どこか遠くから見ているような、不思議な感じだ。

 視界の向こうでは化物が嗤い、背を向け、去って行く。


 奴はこのまま山を降り、街を蹂躙し、世界を滅ぼすのだろう。


 あぁ、待てよ。

 まだ終ってない。

 俺は死なない筈なんだ。

 だから――待ってくれ――。



 途切れ行く意識の中で、何度も何度も化物に呼びかけ――


 だがその声は、誰の耳にも届くことはなく――



 そして俺。

 龍ヶ崎トウマの命は、ここに燃え尽き――





 世界は滅んだ。





 last case 明日の約束  failed


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