表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
56/60

last case 明日の約束5

 枯れ木をへし折り、崩れそうな足場を慎重に渡り。

 やっぱりコナデに案内してもらうべきだったと、何度目かの後悔が頭を過ぎり、荒くなった呼吸が蒸気機関車のように白い噴煙を撒き散らし始めた頃。

 ようやく俺は、目的の場所へと辿り着くことが出来た。


 一際背の高い樹木に囲われた広い空間には、真っ直ぐ伸びる石畳。その先にあるのは、中腹でみかけた神社とは一線を画す立派な社殿と、注連縄を巻かれた大岩から立ち昇る不気味な光である。


 どうやら化物とやらは、まだ降臨されていらっしゃらないご様子。

 膝に手を付き、今のうちにと息を整える。


 冬の澄み切った空気。

 それにここは、自然豊かな山頂付近だ。

 ならば肺に取り込むのは新鮮で神聖な酸素の筈なのだが


「んだよこれ……」


 入ってくるのは、薄汚れたヘドロのような空気ばかりだった。

 一応酸素としての役割は果たしてくれているらしく、僅かずつだが呼吸は楽になってきている。

 だが代わりに、どんどん体が重くなっていくような気がした。


 それに加えて、とにかく寒い。

 冬の山など寒くて当たり前だが、そういうのとは違うのだ。

 背筋から這い登り、首の裏がゾクゾクする寒さ。

 魔物退治専門の俺だが、しかしオカルトはあまり信じていないくちである。

 魔物なんてのは俺にとっちゃ居るものなんだから、そもそもアレはオカルトでもなんでもないしな。

 そんな俺でも、そういうものを信じたくなってしまうほど、気持ちの悪い感覚が全身に及んでいた。


 コナデの話では、そもそもこの山自体がパワースポット。

 一昔前には、霊山として崇められていた場所なんだそうだ。

 目の前の神社や大岩もその名残だろうし、そんな場所だからこその大鬼門なのかもしれない。


「ふぅ……」


 息を整えてから背筋を伸ばせば、遠く眼下にはニューポートセンターの街明かり。

 あの一つ一つに人の営みがあり、その中には親しい人間もいるだろう。

 それが明日からも平穏無事にいくのかは、全て俺次第。

 なんとも馬鹿げた話だ。

 もしもこれが人を守ってくださる神様の采配だってんなら、あまりに分の悪い賭けである。

 泥酔者だってもう少しまともな判断を下すぞと、文句の一つも言ってやりたい気分だ。


 まぁしかし。

 だからって現実は変わらない。

 ここに立っているのは俺だけだ。そして、俺は守る為に戦うと決めてしまっているのだから。


「損な役割どころじゃねぇな。怪我でもしたら神様に労災申請してやる」


 下らないことを考えながら、なんとか平静を保つ俺。実に健気だ。

 もう一度辺りを見回せば、不気味な光以外は真っ暗闇。

 まだ少し早かったのかもしれない。


 ――?


 いや、なんだ?

 どこからか視線を感じた。


 忘れかけていた悪寒がゾクリと駆け抜け、右へ左へと首を回してみる。

 すると、すぐに発見してしまった。

 大岩から立ち昇る光の中から、ニュッと人の首が現れていたのだ。


 顔立ちは典型的な日本人の女性。

 舞妓人形のような黒髪を結い、切れ長の瞳に薄い唇が、真っ白な肌の上に整えられている。

 控えめに言っても超がつくほど美人なのだが、存在が薄いというか朧げな印象だ。

 しかも顔に続いて首、上半身と現れ出てくるが、なんの衣服も纏っていらっしゃらない。

 出会いがこんな場でなければ、事務所へお持ち帰りして手厚く保護してさしあげたくなる。


 だが、残念なことに出会いはこんな場所。

 あれが件の化物なのだろう……いや、本当にそうか?

 見た目は化物に見えないし、出てくるのが化物だけとは限らない。

 例えば、マシュラ族って可能性もあるのではないだろうか。


 女性の正体を計りかねていると、その顔が機械仕掛けのようにグルンとこちらを向いた。

 あまりに儚く、あまりに美しく、あまりに作り物めいた顔。

 目が合うと、彼女の瞳がキラリと輝いた気がする。思わず見惚れてしまうほどだ。

 現に俺は、足元から崩れるように倒れてしま――違うッ!!


 ないッ!!

 俺の下半身が無くなっているッ!!!


「――ッ!!!」


 気付いた瞬間猛烈な痛みが全身を引き裂き、声すら出せぬほどの衝撃に視界が白く染まりかけた。


 駄目だ馬鹿ッ!

 今気を失えば死ぬぞッ!!


 ガリッと自らの舌を噛んで無理やり正気を取り戻し、次いで聖杯に意識を傾けた。


 ――癒せッ!


 瞬間にょきにょきっと下半身が生えてきて、なんとか一命を取り留める。

 正直ここまで体が欠損した経験は初めてだったため、無事に治るか半信半疑だったが。

 凄いな聖杯! ありがとう聖杯!


 そんな三途の川を反復横とびしている俺に構う事無く、彼女は――いや化物は、ついにその全身をこの世界に顕現させていた。


 美しい上半身とは違い、真っ黒な鱗に覆われた醜い下半身。

 それは四足歩行で、さらに太い尻尾まで生えていた。

 トカゲのでかい版。カナタ風に言えば、ドラゴンの下半身である。


 奴は俺を仕留めたと思っているのかこっちに興味を示さず、ノシノシと山道へ向かって歩き始めていた。

 まさかジャルジャバが裸足で逃げ出した相手が女だとは思わなかったが――


 ブシュ、ブシュ、ブシュッ!!


 躊躇することなく、背後から不意打ちの三連射を浴びせてやる。

 今では普通の魔物なら掠らせただけで致命傷を与える威力だし、ジャルジャバであったとしても一撃で葬れる自信があった。

 たとえ規格外の化物であろうと、胴体に三連射。ただでは済まない筈。


 ――と思っていたのだが。

 俺の考えは、全く甘かったらしい。


 僅かに身じろぎしたものの、鱗一枚貫くことは出来ず。

 ゆるりと奴が振り返った。


 ――まずいッ!!


 反射的に、俺は彼女の視線上から飛び退く。

 先ほど俺の下半身を消失させた攻撃がなんだったのか分からないが、とにかく奴の視線上はマズイ気がしたのだ。


 キラリと、再び化物の瞳が輝いた。

 すると音すらなく、細い光が光速で飛び出す。

 今のが先ほど俺を殺しかけた技。目から放たれる熱線のようなものだ。

 動き出すのがもう一瞬遅ければ、俺はまた下半身を失っていただろう。


 と、今度はいきなり空が昼になった。

 そう錯覚するほど、辺り一体が光に包まれたのだ。


 なんだと振り返れば、一拍遅れて大気を震わせるほどの大爆発。

 木々が吹き飛び、土埃が巻き上がる。

 コートがはためき、吹き飛びそうになりながら、目を細めて現状を確認すると


「……マジかよ」


 隣の山が吹き飛んでいた。

 まるっと山一つが、平らどころか陥没していたのだ。


 ――化物


 その呼称を、俺はどこかで軽んじていたのかもしれない。

 そこらの魔物なら欠伸をしながらでも屠れるようになったから。

 大鬼門から出てきたのが、予想に反して美しい女の外見だったから。


 だから俺は、勘違いしていた。


 こいつは正真正銘。

 世界を滅ぼす災厄だった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ