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last case 明日の約束1

 《2079年12月15日》


 本日早朝。

 我が龍ヶ崎探偵事務所に、一通の手紙が届けられた。

 ポストからそれを取り出したミハネは、差出人の名前を見るや否や、ビクッと目を驚愕に見開いていた。ただならぬ様子に、俺は内心で『来たか』と拳を握り締めた。


「トウマ……。お爺様から……」

「あぁ」


 予想はしていたので驚きもせず、短い返事と共に手紙を受け取った。

 すると目に見えて成長したツァイナが、ぴょこんと俺の隣に寄り添ってくる。


「お前も見るか?」

「字はまだ読めないですけど……」


 以前は魔法の力で意志の疎通を問題なく行っていた幼女だが、今ではすっかり日本語を習得していたのだ。

 だが文字まではまだ覚えていないらしく、申し訳なさそうに綺麗な睫毛がふるふると揺れていた。


 まったく子供の成長とは早いものだ。

 いや、家族から離れた異界暮らし。きっとツァイナも必死なのだろう。

 それを思えば、まだ文字が読めないくらいなんだというのか。


 抱き寄せるように頭を撫でてやり、俺は手紙の内容を語り聞かせることにした。

 目の前には、何も言わなくてもコーヒーとホットミルクが用意される。

 ふと見上げれば、柔らかい眼差しで俺を見るミハネと目が合った。


「お前も聞くか?」

「もちろん」


 彼女は当然のように主張し、自分のコーヒーを口へと運んでいる。

 まぁトシゾウからの手紙だ。何が書いてあるのか知りたくなるのは当然だろう。

 もっとも俺は、その内容に検討が付いているが。


 コホンと大仰に咳払いして注目を集めると、少しもったいぶりながら俺は手紙の朗読を始めた。


『拝啓。魔魂喰らい様におかれましては、時下ますますご健勝のこととお慶び申し――』


 うむ。ここは飛ばしていいな。


『もう間もなく今年も終ろうかという時分ではありますが、恐らく魔魂喰らい様もご存知の通り、間もなく大鬼門が開こうとしております。その日付は、ずばり十二月十七日。場所はニューポートセンター駅より遥か西。山間にある廃村とのことで御座います。当日は全国各地より選りすぐりの異能者様方を召集しておりますが、まだまだ数も質も足りないと判断せざるを得ません。是非とも魔魂喰らい様にもご列席頂きたく思い、筆を取らせて頂いた次第であります』


 ここまで読むと、ふぅっと息が自然に漏れた。


 そうか。明後日なのか。


 どうやら土間達113派は、結局トシゾウから空間歪曲装置を受け取ることは出来なかったようだ。

 まぁあの爺様は未来を知っているらしいので、逃げ回ることも容易だったのだろう。


 しかし、これで本当に、大鬼門から現れる化物と戦わなければならなくなってしまった。

 もちろん俺は、その為にこの一年を過ごしてきた。

 あれだけ頑なだった依頼受諾条件を撤廃し、ひたすら魔物を狩り続けた日々。

 柄にもなく、格闘技なんかも習ったな。


 その程度の付け焼刃でなんとかなる相手とも思えないが、『可能性』とやらを底上げするくらいは出来たんじゃないだろうか。


「トウマ?」


 声をかけられ見上げると、ミハネが俺を心配そうに見ていた。

 隣にいるツァイナに至っては、ぎゅっと俺の袖を握り締めている。

 どうやら顔に出てしまっていたようだ。


「あぁなんでもない。爺様からパーティーのお誘いってだけだろ」


 彼女達に真実は話していない。

 話したところでどうなるものでもないし、怖がらせてしまうだけなのだから。

 まぁ勘の良いミハネのことだから、何かしら気付いている風ではあるが。


「そんなわけで、明後日はちょっくら出かけてくる。帰りは遅くなるかもしれないから、夕飯は二人で食べてていいぞ」

「それはいいけど……」


 不安そうに瞳を揺らせているところをみると、ただごとではないと気付いているのだろう。

 なんとか安心させてやりたいが……。


 そう頭を捻っていると、持っていた手紙をツァイナが隣から引っ張った。


「ん? なんだ?」

「ここ。続きあるです」


 あぁ、確かにまだ何か書いてあるな。


『追伸。ミハネに手を出したら許さんぞ貴様っ! 全てが終ったら、早々に迎えに行くからそのつもりでいるがよいっ!』


 お、おう……。

 一応声に出して読んではみたが、読む必要はなかったと後悔が頭をもたげる。

 まったくあの爺は何を考えてんだか。

 未来を知っているなら、俺とミハネがそんなじゃないことくらい分かるだろうに。


 呆れながら同意を求めようとミハネを見ると、どういうわけだか。

 彼女は顔を真っ赤にし、俯いてしまっていた。


「お、おい?」

「な、なにを言ってるんだろうね、お爺様」


 あははと笑いながらカップを手に取り、グイッと飲み干そうとしている。だが、とっくに空になっていることに気付いていないのだろうか。まったくもって、ミハネは動揺を隠すことが出来ていなかった。


 そこまで慌てるような内容じゃないだろうと俺は思っていたのだが、そんな彼女を見ているとこっちまで動揺が伝播してしまう。


 しかし、なんとなく事務所内の空気が軽くなり、ほっと一息付けた。

 撫で下ろした胸にはいつからか三つ目の聖杯が現れており、今は二十一個ほど魔魂が溜まっている。

 二回ほど復活出来るというのは、そこそこ大きな意味を持つだろう。

 この一年で何度も使ったし、俺の魔物に対する能力も一年前とは比べ物にならない筈だ。

 今ならジャルジャバでさえ、一撃で葬れる自信がある。


「うっし。んじゃ明後日まではのんびり過ごすか。ツァイナはどこか遊びに行きたいとこあるか?」

「電車。乗ってみたいです」

「おぉ、いいぞ。じゃあ今日はお出かけだな」

「あ、それなら行きたいとこがあるんだけど!」


 立ち直ったミハネも話しに加わり、あーだこーだと平和を満喫する。

 全ては明後日。

 この平和を守る為、俺は命を賭けることになるのだ。



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