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case6 死に至る病8

 俺がカミーラを撃つ。

 魔物は直撃を嫌がり、左右どちらかへ逃げようとする。

 鈍界を発動しているカナタは、その動き始め。後の先を取って、奴の逃げ道に銀閃を走らせていた。


「ぎゃあぁぁぁぁッッ!!」


 蜘蛛の絶叫とともに、硬い表皮で覆われた鋭い足が、また一本と宙を舞う。

 これで都合三本目。バランスを取り辛くなってきたからか、魔物の動きは当初に比べて遥かに鈍い。もう勝負は見えただろう。


 奴もそれを自覚しているのか。六つある真っ黒な目に、憎悪と僅かな恐怖を滲ませていた。


「なんだよぉっ!! なんなんだよぉぉぉッッ!! 特にお前だよお前ぇッ!! 急に邪魔しに出てきたと思ったら、変な武器使いやがってさぁッ!!」

「あん? 俺の相棒カミーラちゃんに文句でもあんのか蜘蛛野郎」

「痛いんだよそれぇッ!! 最初は大したことなかったのに凄ぇ痛いんだよぉぉぉぉッッ!!」


 ほう。痛いのか。


 ――プシュ


「ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁッッッ!!!!!」

「うむ。確かに痛そうだ」


 七転八倒する蜘蛛を眺めながら、俺は冷静にそう分析した。

 しかしカナタに斬られると知りつつも、俺の攻撃を避けるのは何故かと思っていたが、そんなに痛いもんなのか。

 初めは大したことなかったってのは、聖杯を使う前と後で威力が段違いに上昇したってことだろうな。

 あんまり実感はなかったんだが、考えてた以上にパワーアップしてるのかもしれない。


「んじゃもう一発」


 言いながら再度銃口を蜘蛛に向けたが、カミーラの上に手を添えて、カナタが制止してきた。なんのつもりかと問いかけようとしたが、その前に彼女はゆっくり魔物に向き直る。


「一つ聞かせなさい、山城ユタカ。貴方はどちらの陣営なの?」


 そして何やら蜘蛛に問いただしていたのだ。

 陣営? なんとなく聞き覚えのある言葉だが、なんだったか。

 はてと首を捻る俺の前で、聞かれた蜘蛛も首を捻っていた。


「知らないよぉッ!! なんだよそれぇッ!! 訳わかんないこと言うなぁぁッ!!」


 まだ痛むのか、叫ぶように答える蜘蛛をカナタは溜息と共に見つめ、その目がスッと細まった。


「そ。なら単純に、私が貴方を引き寄せてしまっただけなのね」


 何故だろうか。

 その言葉には、酷く悲しい色が混じっている気がした。

 だが当のカナタは悲しみを振り切ったように、雨に濡れた血桜を真っ直ぐ蜘蛛に向けていた。


「先輩の仇。貴方には償いきれないでしょうけど、一先ず命だけで許してあげる」


 そして腰を落としたかと思うと、その姿が矢のように放たれる。

 蜘蛛は一瞬だけ逃げる素振りを見せたが、カナタのほうがずっと早い。


「ごあぁぁぁぁぁぁッッッ!!」


 蜘蛛の口内に深々と血桜が突き刺さり、切っ先は頭部を貫通していた。

 ジタバタと、残った五本の足が壊れた玩具のように暴れたが、それも束の間。

 やがてグシャリと潰れるように、大きな腹を大地に落としたのだった。



 ……。



「先輩の葬儀に顔も出さないってどういうことよっ!!」


 数日後。

 我が憩いの探偵事務所内に、久方ぶりの怒声が響き渡っていた。

 もちろん怒鳴っているのはセミショートを揺らし、柑橘系の香りを仄かに纏った女、雨宮カナタだ。彼女はオッサンの葬儀に俺が参列しなかったことに、酷くご立腹のご様子である。


 とはいえ気付いて欲しい。

 俺が今、毛布に包まってソファに寝っ転がり、氷嚢で頭を冷やしている様に。

 つまりは風邪だ。

 あの雨の中を走り回って、そのまま魔物と戦闘し、一度は死に掛けたりもしたのだ。

 風邪をひくのは自明の理だろう。むしろなんでお前はそんなにピンピンしているのかと、小一時間は問い詰めたい理不尽さである。


「まったく。銃なんかに頼って鍛錬を怠るから、そんなに軟弱なのよ」

「うるせぇよ。馬鹿は風邪をひかないってことはだな、天才の俺は風邪をひきやすいってことなの。分かるか?」


 完全完璧な理論で反論してやると、カナタの為にコーヒーを準備していたミハネが『何言ってんだろう』みたいな顔をしているのが見えた。

 何故に俺の周りには、こんな女しかいないのだろうか。法ヶ院の爺にミハネを付き返し、リスラとトレードを要求したい。


「どうぞ」


 頭を抱える俺を捨て置き、ミハネがカナタに砂糖とミルクたっぷりのコーヒーを差し出す。

 一瞬だけ受け取ることを躊躇したカナタだったが、結局素直に受け取り、カップを口に運んでいた。


「良かった。受け取ってもらえないかと思ってました」


 それが嬉しかったのか、ミハネは顔を綻ばせる。


「どうしてよ」

「カナタさんには嫌われていると思ってましたから」


 ……そうなのか?

 というかこの二人は、俺のあずかり知らぬところで、実は因縁めいたものでもあったのだろうか?


 カナタはカップをテーブルに置くと、ひとつ溜息を零した。

 その表情が何を意味するものなのか、俺には分からない。だが


「嫌いではないわ。ただ……そうね。私は先輩の言う通り、少し不器用なのかもしれない」


 そう言った彼女の瞳には、確実にオッサンの姿が映っているのだろうなと思った。


 とはいえ聞き捨てならない。

 少し? 不器用かもしれない?

 何を言っているんだこの女は。


「お前には、知能、経験、熟慮すること、器用さ、そして圧倒的に胸が足りな――」


 思わず口が勝手に喋りだしたあげく、言い切る前に血桜の鞘が俺の頭部に直撃していた。

 目の前に星が見えるとはこのことか……。


「手の早さだけは認めてやる……」


 そしてバタリと、俺は再びソファに倒れたのである。


「トウマは馬鹿なの?」

「馬鹿なのよそいつは」


 そんな俺を気遣う者は皆無。

 あぁ無情である。


「さてと。馬鹿話もこの辺にしてそろそろ行くわ」


 倒れたままの俺を無視してカナタが立ち上がった。


「またいつでも気軽に来て下さいね」


 同じくミハネも立ち上がり、カナタを気遣うような姿勢を見せる。

 それを聞きながら、彼女は事務所内を舐めるように見回していた。

 そして一度目を伏せ


「ありがと。コーヒーご馳走様」


 そう言って、最後に俺を一瞥してから彼女は帰って行ったのだった。

 その姿が見えなくなってから、俺はボソリと呟く。


「吹っ切れたみたいだな。俺と違って」


 と。


「トウマは酷かったもんねぇ。びしょ濡れで帰ってくるや否や、か弱い私の胸倉を掴み上げて『爺はどこだっ! 連れて来いっ!』って凄い剣幕だったもん。てっきりお肉全部食べちゃったことを怒ってるのかと思ったよ」

「あぁうんそうだな、悪かった。頭に血が昇っちまってた。ただし肉の件については訴訟も辞さないので覚悟しとけよこのやろう」


 未来を知るというミハネの祖父、法ヶ院トシゾウ。

 ひょっとしたら奴は、オッサンの未来も知っていた可能性があるのだ。

 何を言ったところで『必要だから』ではぐらかされるのだろうが、それとこれとは別だ。もし知っていたのなら、俺は奴をぶん殴らなければ気が済まない。


 もっとも許す許さない以前に、トシゾウの所在地は不明。

 どうすることも出来ないわけだが。


「まぁ、カナタが元気そうでなによりだ。アイツはオッサンにべったりだったからな」


 しかしミハネは違う感想を抱いていたらしく、ギロッと俺を睨みつけてきた。


「そう見えたなら、やっぱりトウマは馬鹿なのね」

「なんでだよ。悲しそうな素振りはなかっただろ」


 反論するが、はぁっ、とこれみよがしな溜息を吐かれてしまう。

 さらにミハネは去ったカナタの背を見つめるように、もう誰もいなくなってしまった扉に目を移した。


「カナタさん。もうここには来ないかもしれない」


 突然の言葉だが、反論することが出来なかった。

 なんとなくだが、実は俺もそう感じていたのだ。


 そしてその予感が的中するように。

 数日後、俺はドンからこんな話をされた。


「そういや以前乗り込んできたおっかない女性。確か雨宮カナタとか言いやしたっけ? 彼女辞めたそうですねぇ。警察」


 元俺の弟子で、警察の対策課で、俺を弟と呼び、なにかと事務所に来ては罵詈雑言を撒き散らしていた女、雨宮カナタ。


 彼女が俺の前に姿を現すことは、二度となかった。




      case6 死に至る病  complete


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