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case1 残酷な依頼4

 白石アカネは間違いなく魔物に狙われていると結論付けた俺だが、今はまだ調理中。すぐに魔物が行動を起こすことはないと判断し、一度自宅へと戻ることにした。というのも、落ち着いて考えを整理したかったのである。

 いつものソファに寝転がって、ボケッと天井を見上げる。これがいつもの俺のスタイルだ。


 まず考えるべきは魔物の目的。

 必要以上に荒された部屋。これ見よがしに残された体毛。

 このことから、やはり今回の魔物は『恐怖を喰う』タイプで間違いないだろう。


 そもそも魔物とは古来の昔より目撃談が数多く残されており、その多くが人を化かし、驚かせ、恐怖させる。いわゆる『妖怪』『怪異』『物の怪』の総称である。

 いつから『魔物』と統一された呼び名に変わったのかは不明だが、その本質は変わらない。


『人間を畏れさせ、そして喰う』


 なので今回の魔物は、割とオーソドックスなタイプといえる。


「てっきりお泊りになるのかと思っておりました」


 薄暗い事務所の中でそこだけ明度が上がったような。そんな場違いに美しい声音が耳に届いた。

 もっとも俺にとっては不要な異物。朝の光を煙たがる徹夜明けのサラリーマンよろしく、俺は声の主を睨みつける。


「お前の脳みそはあれか? 四ビットくらいで動いてんのか?」

「仰られている意味が分かりませんが?」

「子供じゃねぇか!」

「若い女性です」


 話にならないと寝返りをうち、俺はミューから顔を逸らした。

 しかし文句は言い足りない。なにせ俺の理想を嘲笑うかのごとく、受諾した依頼は立て続けに守備範囲外の女性だったのだ。

 顔も見たくないと背中越しに恨み言を吐き出してやる。


「お前、どこの会社が作ってんだ?」

「私はTHテクノロジー社製、家庭用生活補助アンドロイドDe-17Myuでございます。お気軽にミューとお呼び下さいマスター」

「潰れろそんな会社」

「申し訳ございませんが、そのご期待には添えないと判断致します。THテクノロジーは資本金五千五百億円。従業員二十五万人を抱え、前年度の純利益は二兆――」

「うるせぇよ」


 誰が会社概要を聞きたいと言ったのか。そういう融通の利かなさがマスターである自分を苛立たせているのだと、なぜこのポンコツは理解してくれないのか。

 そろそろ本気で壊したくなってきたぞ。そう思い振り返ると、端正な顔はすぐ目の前にあった。


「マスター。コーヒーをご用意いたしました」

「お、おう」


 唇が触れそうなほどの思わぬ近さ。焦りとともに、喉まで出かけた怒りを無理やり飲み込まされた俺は、渋々起き上がることにした。どことなく負かされた気分である。

 だが俺は立ち直りに定評のある男だ。すぐに頭を切り替える。


「まぁいい。そのご立派な脳みそに刻み込んでおけ。次から依頼受諾の条件は十八歳から二十七歳の独身で、特定の彼氏がいない女性に限るだ。分かったな?」

「それではお仕事が激減すると思われますが」

「量より質だ」

「……かしこまりました」


 はぁっと溜息をつけば、最近やけに溜息が多いなと自嘲せざるを得ない。

 唯一ゆっくり安らげた事務所すら奪われ、思わず目頭を押さえたくなるぜ。


「この後買出しに出かけますが、本日のご夕食はいかがなさいますか?」


 しかし、思えば悪いことばかりでもない。

 ミューの作る料理は絶品だ。一人暮らしが長くほとんどをレトルト食品で済ませていた俺にとって、それは世界が変わったと言えるほどの衝撃だった。

 もっとも高性能家庭用アンドロイドを名乗るならばその程度出来て当然とも言えるし、その利点をもっても余りある腹立たしさなのだが。


「せめてお前を食えればな」

「お腹と頭が心配ですマスター」

「なぜに一言多いのか……」


 もちろん今の「食う」は食事的な意味合いではない。男として当然の欲求。性的な意味合いのほうだ。

 そもそも家庭用アンドロイドは、人間の性的欲求を解消する目的も含まれている機種が多いのだ。

 結婚という制度が形骸化し、それどころか結婚する者自体が稀になった現在。それは当然のことと言えよう。

 むしろ犯罪率や性病の蔓延。望まぬ妊娠のリスクなどを考慮すると、アンドロイドによる性的欲求の解消は国が推奨するほどである。


 にも関わらず、最新鋭を謳う彼女にその機能はついていなかった。

 わざわざ見た目も美しく、程よく凹凸のついた男を誘うボディラインを持ちながら、である。


「納得いかねぇ……」


 ミューが届いた日のことを思い出す。

 当初はその美しさに見惚れもしたし、女日照りであったということもある。なのでさっそく彼女を使おうとしたのだ。

 言っておくが別におかしなことではないぞ? この時代では、むしろ自然で健全な振る舞いなのだ。


 だがしかし。だがしかしである。

 服を脱がせてみたところ、期待に反してそこには何もなかった。

 真っ平らな下半身。あるであろう窪みもどこにも見当たらなかったのである。

 しかしまぁ、それでも楽しみ方など他にあるだろう。そう思い立ったのだが、起動したミューから冷たい機械音声が流れ始めた。


『性的接触は当機に認められておりません。自爆機能を作動します』


 まったくもって理不尽である。

 というか、一般家庭用に自爆機能を仕込む理由が思い当たらない。それこそ法に触れるのではなかろうか?

 だが無情にもカウントダウンは始まってしまい、俺は慌ててミューに服を着せることになってしまったのである。

 その後で昂ぶった期待感を解放する為に、自分で自分を静めたのは言うまでもない。

 その時のことを思い出すとトラウマ級に情けなくなるが、しかし気になることもあった。それを思い出し、俺はミューに訊ねてみることにした。


「そういやミュー。お前の太もも。なんか痣? 火傷跡みたいなのがあるよな。あれはなんだ?」

「火傷の跡ですマスター」


 陶磁器のように美しい太もも。その付け根にあった異物は、俺の脳裏に深く焼きついている。

 あれを火傷の跡だとミューは答えたが、しかしそれはおかしい。道理に合わない。

 あれを確認したのは届いた直後のことであるし、火傷などする暇もないのだから。

 そもそも彼女の皮膚は人工的なものなので、仮に熱に晒されたところで、火傷ではなく破損することになる筈なのだ。


 となればなんだ?

 まさか……。一つの可能性が頭を過ぎった。


「もしかして、返却する時にそれで難癖をつけて金をせしめようって魂胆か!?」

「日本有数の大企業であるTHテクノロジー社が、そのような愚かな行為をするとお思いですかマスター。まるで的外れで見当外れでお門違いのトンチンカンですマスター」

「三言くらい多くなってやがる……」


 マスターと呼びつつもこれっぽっちもマスター扱いしてくれないミューに嘆息し、俺は再び横になった。不貞寝である。

 しかしそれを遮るように、ミューが俺の背中に声を掛けてきた。


「メールが届きましたマスター。読み上げますか?」

「……あぁ」


 読み上げさせると、その内容は知り合いからの呼び出し。といっても、近くまで来たので飯でもどうかという誘いである。

 息が詰まるというほどではないが、丁度気分転換したいと思っていた矢先のことだ。俺は二もなく応じることにし、逃げるように事務所を飛び出すのであった。



 ……。



 ニューポートセンター街の一角。

 華やかな歓楽街にあって、そこだけ時代に取り残されたような古い外観の居酒屋『五平』

 赤提灯を目印にした店の暖簾を潜ると、すぐに俺に気付いた初老の男が、破顔させて手を振った。


「おぅ、来たな」


 彼の名は渡利嶋カズオ。県警の対策課で勤務する、ベテラン警部補である。


「久しぶりだなオッサン。元気そうじゃないか」


 しかし俺にとっては、そんな肩書きよりも馴染みのオッサンと呼んだほうがしっくりくる。というのも、渡利嶋と俺の付き合いはもう十年以上にもなるのだ。

 まだ俺が小さかった頃。食うに困って万引きに手を出したことがあった。それを捕まえたのが渡利嶋であり、それから何かと良くしてもらっているのだ。

 つまり俺にとって、彼は恩人とも言える男である。


「目上の者に対して失礼ではありませんか? 言葉を慎みなさい」

「まぁまぁ、そう怒りなさんな雨宮君。彼はいいんだよ」


 しかし渡利嶋の隣にいる女性は初対面である。俺とオッサンの関係を知らされていないのか、刑事らしく背筋の伸びた居住まいで、彼女は冷たい視線を俺に飛ばしてきていた。


「そのおっかねぇ美人は誰だ? オッサンのこれか?」


 ニヤニヤと小指を立てながら言い、俺は渡利嶋の隣に腰を下ろす。俺を睨んでいる女性とは、オッサンを挟む形だ。

 そんな俺の態度が気に入らなかったのか、はたまた『オッサンのこれ』と揶揄されたことに腹を立てたのか。

 少しウェーブのかかったセミショートを揺らし、『雨宮カナタ』と紹介された女はガタリと椅子を鳴らした。


「坊主もそのへんにしてやってくれ。可愛い後輩なんだからよ」

「か、可愛いって。先輩まで何を言い出すんですか!」


 ワハハと豪快に笑い、オッサンはグイッとビールを呷る。そうやって場の空気を一瞬で換えたのだ。オッサンとの付き合いは長いからな。そのくらいはすぐに気付く。

 まだそれに気付けないカナタは憤慨したままだったが、それでも先輩に食って掛かるようなことはせず。静かに席に座り直したようだ。


「にしても久しぶりだな。もう引退したかと思ってたぞ」


 コトリと出されたお通し。今日は季節物の、ふろふき大根である。温かみのある優しいそれに箸を伸ばしながらオッサンを覗き見れば、彼は遠くを見つめ。昔に思いを馳せているのか、呟くように言葉を漏らした。


「俺もそろそろだとは思ってるよ」


 正確な年齢こそ知らないが、出会った時からすでに白髪混じりだったことを考えれば相応の年齢だということは容易に想像がつく。

 いつの間にか皺は年輪のように刻まれ、たまに顔を歪めて腰を擦っていることもある。

 第一彼は対策課という魔物事件の専門部署にありながら、異能を持たない人間だ。この歳まで無事にいられたこと事態が奇跡のようなものである。


 軽口のように口をついた言葉だったが、それが彼の現状を言い当ててしまったと知り。

 視線をそらして俺は大根を飲み下した。


「なんだぁ? 寂しいのか坊主」


 その様子に頬を緩ませ。オッサンの大きな手が俺の頭をグシャグシャと乱暴に撫でた。まるで気にするなと言っているようで悲しくもあるが、空気を換えたいオッサンの気持ちを無碍にすることも出来ず


「んなわけねぇだろオッサン。お守りがいなくなってせいせいするぜ」


 笑いながら言って、俺はその心に応えた。だがオッサンを挟んで反対側にいる彼女には、その機微を悟ることが出来なかったようだ。

 前屈みになってこちらを覗き込み、決して緩くはない視線で俺を咎めてきた。


「散々お世話になっておきながらその物言い。何様ですか貴方は」

「だぁから止めろって雨宮君。これから仲良くしてもらわにゃ困るんだから」


「仲良く!?」


 思わぬ言葉に思わず俺とカナタの声が重なった。

 それが可笑しかったのか、今度は心からの笑い声をあげ、オッサンはビールジョッキを手で弄ぶ。


「こいつぁこれでも優秀な特殊探偵だからよ。学ぶことも多い。だが目を離すととんでもねぇことしてやがる。つまりだ」

「お目付け役の引継ぎってことかよ」

「研修先を彼の所へ? 冗談じゃありません!」


 確かに昔の俺は悪ガキだった。万引きに手を出したこともそうだし、その後もしょっちゅう喧嘩でオッサンの厄介になったりもした。

 だが特殊探偵として生活も落ち着いたし、やんちゃな時期はとうに過ぎ去っている。なので俺は、抗議の視線をオッサンに向けたのだ。


 一方カナタからの拒絶は、単純に俺が気に入らないのだろう。

 いきなり自分の尊敬する先輩に無礼を働いた、厚顔無恥などこの馬の骨とも分からぬ男。

 仲良くなど到底出来そうにないと、気の強そうな瞳がそのように訴えていた。


「まぁ今日は面通しだ。あとは若い二人でなんて言わねぇさ。ゆっくり、ゆっくりな」


 交互に二人を見るオッサンの瞳は、子を見る親の優しさと、若干の寂しさが織り交ぜになっていた気がして。俺はそれ以上抗議する気になれず、肩を竦めてビールに手を伸ばしたのだった。



 ほろ酔い加減で事務所へと戻り『娘を助けて下さい! 狙われていたのは娘のほうです!』という白石アカネからのメールに気付いたのは、翌日の昼過ぎであった。


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