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case6 死に至る病2 ―雨宮カナタ―

 山城ユタカという男と出会ってから数日後。

 私は今日も、渡利嶋先輩の家にお邪魔させていただいていた。

 今日も、というのは、ここのところずっとだからだ。

 路地裏にある、コーヒーの香りが漂う地下室。あそこを訪れなくなってから、三日と日を空けたことはないだろう。


 魔物の討伐を終え、少し乱れた髪を直してからチャイムを押すと、すぐに若い女性が玄関の扉を開けてくれる。

 彼女はアンドロイドだけど、先輩の大切な奥様。サヨコさんだ。

 彼女はニッコリと微笑みを浮かべ、いつものように私を招き入れてくれた。


「またか雨宮君。そんなに足しげく通うなら、いっそうちの娘にでもなっちまうかぁ?」


 居間でテレビを見ながら寛いでいた先輩は、私の来訪を知ると、そんな事を言ってくれた。

 本気じゃないと分かってはいるけれど、少しだけ嬉しくなってしまう。


「それもいいですね」


 そんな心を見透かされないため、照れ隠しのようにあえて無感情な声で応えてから、私もテーブルにつく。

 今日のご飯はなんだろう。

 台所からは良い匂いが漂ってきている。これは栗? まだ少し早いけど、今日はどうやら栗ご飯のようだ。

 頭の中にホクホクと甘い栗を想像し、思わずぎゅるっとお腹が鳴ってしまった。


「わっははっ! 雨宮君は、口よりもお腹のほうが正直なようだなぁ」

「ちょっ、先輩っ! 止めて下さいっ!」


 恥ずかしさからキッと睨みつける。けど、たぶんその視線はそんなに鋭くはないのだろう。

 受け止めた先輩の楽しそうな笑い声が、止むことはなかったのだから。



 ……。



 晩御飯をご馳走になり、一息ついた午後二十時。

 サヨコさんのお酌で先輩は顔を赤らめ、饒舌に舌を回し始めていた。


「まぁだ坊主と別居中かぁ?」

「別居も何もそういう関係じゃありませんから」


 先輩のことは尊敬しているし大好きだけれど、こういうところは困ってしまう。

 思わずアイツみたいに「オッサン」と呼びそうになる。


「ったくよぉ。俺が安心して隠居してられんのは、雨宮君に坊主を任せたからなんだぞ?」

「そ、それは……」


 けど、先輩の言わんとしていることは分かっていた。

 先輩が一線を退くと決めた時、私は念を押して言われていたのだから。

 坊主を頼む。何か下手なことをしでかさないよう、しっかり見てやってくれ、と。


 正直な話、それは少しだけ違和感のある頼みだった。

 アイツは確かにロクでもないことをしでかすし、見ていて危なっかしい男ではある。

 死に掛けているところを助けてあげたことだってあった。


 でも、それでも特殊探偵として優秀な実力を持っているし、彼も立派な大人だ。

 なぜ先輩が彼をそこまで気にかけ続けているのか。私には、それが良く分からなかったのだ。

 さっきは私のことを「娘に」なんて言ってくれたけど、本当は彼のことを「息子」同然に思っているんじゃないか。

 そんな嫉妬じみた邪推までしてしまう。


「雨宮君はなぁ、もう少し人付き合いが上手くならんといかん」

「そんなに下手ですか? これでも上手くやっていると思うのですが」


 署では確かに「氷の女」とか陰口を叩かれることもあるけど、だからといって嫌がらせを受けるようなことはない。

 特別優しくしてくれる人は先輩以外にいないけど、特別私を嫌っている人間もたぶんいないのだ。

 だから上手くやれてる。世の中を渡っていけている。そういった自負があり先輩に反論してみたが、「かっ!」と吐き出すように笑い、先輩は私の目を覗き込んできた。


「下手も下手。そんな下手な鉄砲じゃあ撃つだけ税金の無駄遣いだろうよ」

「ぐっ……」


 よく分からない例えだけれど、さすがにそこまで言われる筋合いの事ではない。

 だけどどれだけ睨んだところで、ほろ酔い気分の先輩はどこ吹く風のようだ。

 なんら気にした風ではなく、お説教は続く。


「雨宮君は人との距離が遠すぎる。もしくは近すぎるんだ。そんな両極端だから、いざ何かあるとすぐに傷ついちまう。境界線を引くことも大事だが、もっと薄く。もっと柔軟でなきゃあいけねぇぞ」

「トウマのように……ですか?」


 私の周りで人付き合いが上手そうな人物というと、真っ先にあの男の顔がチラつく。

 初対面であろうとなんだろうと気安く話しかけ、気付けば懐まで近付いているような男なのだ。

 でも


「あれは適当なだけです」


 私はそう反論した。

 きっとあの男にとって、周りの人間は等価値なんだ。

 特別大事でもなく、特別嫌いでもない。だから適当。大して気にもかけない。

 実際、彼は私が事務所を訪れた時、すぐに怪我をしていたことには気付いてくれなかった。

 本当はどうしたのかと心配され、東雲キョウヤとの戦いを自慢げに語り、楽しくコーヒーを飲みながら、陣営がどうのという話をするつもりだった。したかったのに……。


「適当。結構なことじゃねぇか。生きてくうえで、『適』ってのはとても大事なことなんだぜ? 適宜、適切、適材適所。なにごとも中庸が肝要だって昔の偉い学者も言ってただろ?」

「……そんなものですか」


 あの日のことを思い出してしまい、先輩の言葉は私の耳から抜け落ちてしまっていた。

 それこそ少し『適当』な相槌になってしまった私を見て、先輩が大きな溜息を零す。


「そんなに気になるんなら、さっさと会いに行けばいいじゃねぇか」

「べ、別に気になるとかそういうことでは……」


 嘘だ。

 気になっている。

 先輩に言われるまでもなく、私はあの男が心配でたまらないのだ。


 それに、法ヶ院ミハネとかいう少女。

 あの娘がどうなったのかも気になっていた。

 でもあれは三ヶ月も前の話。

 家出と言っても一時的なものだろう。

 もう家へ戻っているとは思うけど……。


 考えこんでしまう私を、先輩はジッと静かに見守ってくれている。

 室内には静寂が流れているけど、それは心地の悪いものではなかった。


 ふと。

 トウマを弁護するように、先輩がやんわりとした口調で口を開く。


「適当ではあるかもしれねぇが、誰も大事に思ってないなんてことはねぇぞ。あの坊主は」


 先ほどと違い、その言葉はスッと私の心に染みこんだ気がした。

 そう。そうね。軽薄そうではあるけど、そんなに薄情な男じゃないわ。


 いつだったか。

 死に掛けた倉庫の中で、女の亡骸を前に拳を握り締めていた姿を思い出す。

 彼は、実はとても熱い気持ちを持った人間なのだ。

 普段はそれを出さないように、あえて軽薄さを装っているだけ。

 私の怪我に気付かなかったことだって、本当は仕方ないと分かっている。

 私は長袖のスーツを着ていたし、それにあの事務所の様子から察すれば、一大事が起こった直後だったのだろうから。


「そろそろ様子を見に行ったらどうだ?」


 だから。

 今度はその言葉に、私は素直に頷くことが出来た。


「それでこそ俺の娘だ」


 ワハハと豪快に笑う先輩。

 けど、その表情がすぐに強張り、腕を押さえて呻きだしてしまった。


「先輩っ!?」

「だ、大丈夫。心配すんな」


 先日のことだったか。

 どうやら先輩は魔物に襲われたらしい。

 なんとか追い払いはしたが、その時に腕を負傷してしまったのだそうだ。


「現役だったらあんなのに怪我させられるヘマはしなかったんだがなぁ」


 腕を押さえ、そう自嘲する先輩。


「気をつけて下さい。ひょっとしたら、先輩を獲物に選んだのかもしれません。それに、ただでさえ魔物の報告が増えていますので」

「みたいだなぁ。なんだかあっちこっち騒がしい気配だ。まぁ、俺を獲物にしたって食い物にはありつけねぇだろうよ。怖がるなんてこたぁないからな」


 もう一度ワハハと笑い、私もそれに同意して頬を緩めた。

 今年は残暑が厳しい。

 それでも夜になれば、秋を感じさせる涼しい風が、網戸から吹き抜ける。そんな優しい夜だった。



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