表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
37/60

case5 依頼のない依頼5

「お前本当にここに住むつもりかよ」

「うん。よろしくねトウマさん。あ、マスターの方がいい?」


 翌日。

 魔物に荒されてしまった事務所を片付けながら、俺は未だに家出少女を説得し続けていた。

 しかしミハネに帰るつもりはないらしく、テキパキとリフォームまでしてやがる始末。勝手知ったるなんとやらである。ミューとして過ごしていたのだから、大体の事は把握しているしな。


「でも酷くない?」


 掃除していた手を休め、額の汗を拭いながらミハネが一息つく。

 その瞳には、こちらを糾弾するような意志が込められていた。


「なにがだ?」


 ちょうど俺も一段落したところ。

 よいしょとソファに腰を下ろして先を促すと、ミハネはミューであった時と同じように、すぐさま目の前にコーヒーを用意してくれた。ただ、今までとは違って人間であることを明かしているからか。彼女はちゃっかり自分の分のコーヒーも用意していた。いつの間に購入したのか、ミハネは自分専用カップを両手で持って来客用の椅子に跨っていた。


「私がアンドロイドじゃないって知ってたうえで、これみよがしに目の前でケーキを食べたり……その……背中を流させたり……」


 その時の光景でも思い出しているのか。

 歳相応に顔を赤らめ、俯き加減で、彼女は俺がとった行動の是非を問うてきたのだ。


「そうする理由があったからな」

「若い女の子と一緒にシャワーを浴びたり、あまつさえ押し倒す理由?」


 訝しげに。声に棘を含ませて、下から覗き込むように見てくるミハネに、俺は当然だろと人差し指を振って見せる。


「魔物の狙いがお前なら、ミハネには怖がってもらわなきゃならん」


 だから押し倒したまでのこと。

 実際に、本当に襲われると思った彼女は怯え、声を竦ませて許しを乞うたのだ。

 そしてその恐怖心が魔物を呼び寄せ、無事に後顧の憂いは断てたというわけである。


 と説明するも、彼女は半信半疑。

 いや、まったく納得していなかった。


「ならホラー映画を見せるとか、他にも色々やり方はあるでしょ! あんな真似しなくても」

「そりゃお前、役得ってもんだ。大体だな、まっとうに依頼もせずに護衛してもらおうなんて都合が良すぎる。そのくらいの支払いはしてもらわんとな」


 十八歳と若く、ミューの元になっただけあって見た目だけなら美しい女ミハネ。

 合法的に彼女からご奉仕してもらえるチャンスなど、そうはやってこないだろう。そういった打算があり、いくぶん俺の趣味嗜好が含まれたやり口だったのは認めざるを得ないところではある。

 もちろん俺には、これっぽっちも反省するつもりなどないがな。


「なんだかなぁ……」

「俺は目の前に落ちているならなんでもペロリと喰っちまう男だぜ? なにせ魔魂なんてものまで喰ってるんだからな。お前も、喰われちまうのが嫌ならとっととお家に帰んな」

「それは聞き捨てならないわね」


 脅しを込めて「帰れ」と説得した言葉に、思わぬところから反論が飛んできてしまい、俺の背中に嫌な汗が流れた。

 魔物によって破壊されたままの玄関。そこに、スーツ姿で帯刀した女。雨宮カナタがいらっしゃっていたのである。


「よ、よう。久しぶりだな」

「で、なんなのこの荒れっぷりは。ついにミューに手を出して、自爆機能でも作動させた?」

「まぁ似たようなもんだ」


 ミハネに手を出そうとして魔物がやってきたのだから、状況としては確かに似たようなものだろう。

 そう自嘲したのだが、詳しい事情を知らないカナタにそんな洒落が通用する筈もなく。


「馬鹿?」


 と斬って捨てられてしまった。無情である。

 しかし、そこにミハネが助け舟を出してくれる。


「トウマさんは魔物を誘き寄せるために私を押し倒したんです。下心は半分くらいしかなかったと思います」

「半分もあれば十分ね」


 泥舟だった。

 すでにカナタの手は柄にかかっており、鯉口を切りながら俺を睨みつけている。

 ――だが、ようやく気付いたのか。

 二度見するように、彼女の視線がミハネを見やった。


「貴女……ミューじゃないの?」

「はい」


 目を見開き、ミハネの足元から頭のてっぺんまでを、カナタの視線が何度も往復する。

 そんな不躾さに構わず、ミハネはお嬢様らしい丁寧なお辞儀をしてみせた。


「初めまして……ではないんですが、初めまして。私はミューではなく、法ヶ院ミハネと申します」

「人間……なのね?」

「はい。アンドロイドではありません」


 しばらく観察し、ミハネの言葉が真実だと知るや否や。カナタの体から目に見えるほどの殺気が立ち昇った。

 それを向ける相手は俺である。彼女は居合い斬りの構えを見せ、俺を一太刀のもとに屠ろうとしていらっしゃった。

 慌てて手を前にだし、俺はカナタを制止させる。


「待て! なんか冗談には見えないぞカナタ!」

「本気だもの。未成年への婦女暴行。法の裁きを待つまでもないでしょ?」

「お前さっきの話し聞いてなかったのかよ! 魔物を誘き寄せるために仕方なくだ仕方なく!」

「でも下心が半分あったそうじゃない? 被害者からの聴取は終えているわ」


 余計なこと言いやがってとミハネを睨みつけると、彼女は他人事のようにあははと笑っていやがる始末。

 法ヶ院の血族は俺に恨みでもあるのかちくしょう。


 と、剣呑な雰囲気を醸し出していたカナタだったが、やがて諦めたように息を吐き出し、スッと居住まいを正した。


「もういいわ。それより法ヶ院と言ったわね。それはもしかして――」

「あ、あぁ。THテクノロジーの法ヶ院だ。以前依頼を受けて護衛に行っただろ? その縁でな」

「ミューと彼女が瓜二つなのは?」

「爺様の趣味だろ。孫娘を溺愛してるってのは有名な話らしいぞ」


 さすがに詳しい事情は話せない。話したところで信じられるものでもないだろう。

 法ヶ院トシゾウが未来を知っており、いずれミハネと入れ替わる為にミューを送り込んできていたなんて話はな。


「そう」


 気勢を弱め、来客用の椅子に腰を落ち着けてくれたカナタ。するとミハネは、ミューと偽っていた時と同じような所作でコーヒーを差し出した。もちろん砂糖とミルクたっぷりのやつだ。


「ありがとう。ミハネさん……だったかしら?」

「はい」

「さっきのトウマとのやり取りから察すると、貴女はここに居座るつもりでいるの?」

「そのつもりです。ご迷惑でしょうか?」


 ご迷惑です。

 というか、その質問は俺にするべき質問だろう? 相手が違うぞ。

 だがそんな常識を持った人間はこの場に俺しかいないらしく、問われたほうのカナタは平然と答える。


「そうではないけど危険よ? それに、貴女を溺愛しているというお爺様が心配するでしょう?」

「お爺様には自由にしろと言われていますし、屋敷に戻っても当分は誰も居ませんから」


 あぁ、そういやそうだったな。

 コナデはリスラとボドウェーを連れて京へ行き、スズヒも暇を貰っているとか。

 第一肝心のトシゾウがどこにいるのか分からないので、ミハネにとってはここが一番安全なのかもしれない。

 あいつ等は俺の了承も取らず、半ばこいつを俺に押し付けていったというわけか。ふざけた話だなおい。


「なんなら私の家に来てもいいわよ? コイツのところよりは安全だと思うけど」


 さすが我が弟子。素晴らしい提案だなと、俺はカナタの言葉に大きく頷いて賛同を示した。

 だがミハネはそれを固辞してしまう。彼女の中で、ここに住むというのは決定事項らしい。


「有難いお誘いですけど」

「そう。なら無理強いはしないわ」


 少しだけ悲しみ? もしくは寂しさのような色を瞳に滲ませたカナタは、そう言ってからコーヒーカップをテーブルに置いて立ち上がった。

 そして俺に振り返り


「じゃあそろそろ帰るわ。しっかり守ってあげなさい」


 と、事務所を後にしようとする。

 しかし一瞬のことだったが、俺は気づいてしまった。

 カナタがコーヒーカップをテーブルに置く時、彼女の袖口から覗いた手首。そこに、痛々しい傷跡があることに。それに良く見れば、なんとなく足取りもぎこちない。もしかして彼女は


「怪我をしてるんじゃないのか?」


 立ち去りかける背中にそう呼びかける。


「階段で転んだだけよ」


 振り返りもせずにカナタは答えたが、それは嘘だ。

 覗き見えた傷口は刃物による切り傷。階段で転んで出来るような擦り傷や打撲とは違うのだから。

 彼女は何かを隠している。そう思い、走りよってカナタの腕を掴んだ。


「嘘じゃねぇか。階段で転んだだけで、こんなに無数の切り傷が出来るもんかよ」


 袖口を捲り上げると、傷は一箇所ではなかった。

 一つ一つは小さいが、何箇所も刃物で切られた跡があったのである。

 恐らくナイフ。となれば、戦闘で出来た傷だろう。もしかして、この傷をつけたのは――


「ちょっと鋭い階段だったのよ。放っておいて」


 だがカナタは腕を振りほどき、俺に口出しさせてくれないらしい。

 そのままツカツカと靴を鳴らし、事務所から出て行ってしまったのだ。


「なんの用事だったんだろうね」


 敬語をやめ、気安い言葉使いでミハネが呟いた。

 確かにそうだ。カナタはここに来た用事を何も言い残していない。

 ひょっとしたら、あの怪我と関係があったのでは?


 と思いはしたものの、彼女が何も言わないなら無理に聞き出す必要もないか。そう思い直し


「休憩しすぎたな。今日中に部屋を片付けんだからさっさと動け」


 ミハネの尻を蹴り飛ばし、俺は後片付けを再開したのである。


 そしてこの日を境に、雨宮カナタがここを訪れることはなくなった。

 次に彼女に会ったのは三ヶ月後。

 その時俺は、この日カナタを追いかけてでも、ちゃんと話をしなかったことを死ぬほど後悔することになる。


 なぜなら、次に再開した時。

 彼女は降りしきる雨の中で、慟哭の叫びをあげていたのだから。





     case5 依頼のない依頼  complete



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ