case5 依頼のない依頼3
高山田コウスケの事務所から戻り、自宅のソファに寝っ転がって、俺はボケッと天井を見上げていた。
色々と面白い話が聞けた。大収穫だったと言えるだろう。
まずは人口調整計画のこと。
あれがコウスケの言うように人体実験の場であるならば、何を実験しているのか。
その答えに俺は行き着いている。もちろん、まだ憶測の域は出ないがな。
だが、ほぼ間違いないだろう。今までの情報を統合すれば、全てのベクトルがそれを指しているのだから。
しかしそうなってくると『なんのために?』という疑問が沸きあがる。
考えられる可能性はいくつかあるが、まだ材料が足りないなと、俺は判断を保留することにした。
次に考えるべきは、土間が使い込んだという官房機密費。
良くある政治家の裏金。その程度の情報だと高をくくっていたのだが、流れた先がTHテクノロジーとなると話は変ってくる。
まずあり得ないのだ。
俺の推測では、THテクノロジーの創業者。法ヶ院トシゾウを襲ったジャルジャバは、土間ゲンジロウに付き従っている筈なのである。
自分が金を流した先を、自分で襲う。意味が分からないだろう。
それでも無理やり理由を付けるとすれば、納品が遅いということに腹を立てて……か? とんだモンスタークレーマーだな。
考えること。裏を取らなければならないこと。
まぁ色々出てきたわけだが、まず真っ先にやるべきは、後顧の憂いを断つということだろうか。
つまり、この間うちの事務所に訪問販売してくれた魔物。
これを片付けることである。
「ミュー。コーヒーを入れてくれ」
「はい、マスター」
俺は起き上がり、コーヒーが運ばれてくるのを大人しく待つ。
ミューがコーヒーを淹れる仕草はいつも通りで、家庭用アンドロイドらしく、テキパキとした動きである。
「どうぞ」
そして待つこと数分。
カップが黒色の液体で満たされ、ふわりと香ばしい匂いを漂わせた。
「うむ。いつも通り美味そうだ。きっとこれも合うだろうな」
言いながら、俺は箱を取り出した。
高山田の事務所から戻る際、珍しくケーキを買ってきたのだ。
シュークリームだと嫌な奴の顔を思い出すから、チョコのたっぷりかかったケーキ。
ふわふわのスポンジとスポンジの間には、イチゴやマンゴーなどのフルーツが挟まれている。
「珍しいですね。マスターが甘い物をお召し上がりになるのは」
「たまにはな。ほれ。お前も食いたいか?」
そう言って一口大に切り分けたケーキをフォークで突き刺し、これ見よがしにミューの前でひらひらさせてみる。
「……私はアンドロイドですので、食料を必要としないのですが? 知ってますよね?」
「あぁそうだったな。そりゃすまなかった」
当たり前の返答を聞き、満足してから俺はそのケーキをパクリと頬張る。
「うめぇ!」
「……それは良かったですねマスター」
気分を害したのか、そっぽを向いてしまったミューを尻目に、俺はケーキを食べ終える。
次にすることは……そうだな。風呂にでも入るか。
俺は本来朝シャワー派なのだが、今日は雨も降っていたし、少し濡れてしまっていたのだ。
「ミュー。シャワーにするぞ」
「はい」
「はい。じゃない。お前も一緒にだ」
突然の言葉に、ミューはアンドロイドに似つかわしくない困惑顔を見せた。
「聞き間違いでしょうかマスター。当機との性的接触は認められておりませんが」
「別にいやらしい事をしようってんじゃないんだ。シャワーを浴びるから主人の背中でも流してくれと、そう言っている。前にもしたじゃないか」
「前にも……ですか?」
ミューはこめかみに指をあて、いつもの考え込む素振り。
するとご自慢の記憶領域はようやく思い当たったのか、渋々と了承を示してきた。
なので、俺はさっそくミューと共にシャワー室へと向かう。
もっともこれは性的接触ではないので、ミューは水着を着た状態だが。
狭いシャワー室に、全裸の俺と水着姿のミューが入る。
いつもは一人なので十分な広さだが、さすがに二人で入るとかなり手狭な感じがした。
キュッと蛇口を捻ると、すぐさま温かなお湯が降り注ぎ始める。
俺は風呂イスに腰を下ろし、それを前面で受け止める格好だった。
「じゃあ頼む」
「……はい、マスター」
水色の水着を着たミューだが、彼女のスタイルは悪くない。
出るところは出ているし、ウェストはキュッとくびれていて、ヒップラインにかけて扇情的な傾斜を作り上げている。
俺は鏡越しにそれを楽しみながら、視線はさらに下。
ミューの太ももの付け根へと降りていった。
そこにはやはり、以前見たのと同じ火傷の跡がくっきり刻まれている。
「マスター?」
俺が無言になったことに不安を覚えたのか。
背中をゴシゴシと擦っていたミューが、俺を呼んだ。
「あぁ。背中は終ったか?」
「はい」
「んじゃ次は前だな」
言いながら、俺はクルリと反転。
するとシャワーが背中に当たり、泡だったボディーソープを綺麗に洗い流していく。
が、前を洗えという命令に対し、ミューは動きを止めていた。
その視線は忙しなく、俺の体を見たり、逸らしたりと動きまわっていた。
「どうした?」
そうせっつくと、恐る恐るとミューの手が俺に近付いてくる。
肩、鎖骨辺りから始まり、徐々に下へと。
だが洗うというよりは、撫でるという程度にしか力が込められていない。
ちょっとくすぐったいくらいである。
「もうちょいちゃんと力を入れないと汚れが落ちないだろ?」
指摘してやるが、真っ直ぐにこちらを見れなくなっているミューは、ついにその手を止めてしまう。
「マ、マスター。これ以上は、性的接触に該当します」
言い訳のようにミューが言う。
ふむ。まぁ確かに、これ以上は厳しいか。
「仕方ないな。じゃあ先にあがっててくれ」
諦めてそう伝えれば、彼女は心から安堵したのか、ふぅっと息を吐き出してシャワー室を出て行った。
その背中を見ながら、どうしたものかと俺も頭を悩ませるのであった。
……。
シャワーを終え、その後はミューの料理に舌鼓をうち。
夜もとっぷり暮れたので、俺は最後の手段を取ることにした。
「ミュー」
「はい」
「一緒に寝るぞ」
彼女が息を飲むのが分かったが、今更命令を撤回するつもりはない。
というか、このくらいはしてもらわないと割に合わないのである。
シャワーの件である程度諦めているのか、ミューはエメラルドグリーンの瞳を暗がりで光らせつつ、おずおずと俺の布団の中へと潜り込んできた。
そっと抱きしめれば、肉付きの良い柔らかな感触が返って来る。
ちょっとした悪戯のつもりだったが、俺は劣情をもよおし始めていた。
「脱がすぞ」
「――っ!? マ、マスター!? それは性的接触です! 自爆機能が作動します!」
「構わん」
言って、ゆっくりとミューの衣服に手をかける。
ビクリと震えた彼女は体を固くし、震える声でカウントダウンを始めた。
「自爆機能の作動まで、残り三十……」
「おう。三十もありゃ十分だ」
「ほ、本気……ですか?」
「俺はいつだって本気だぜ?」
俺はミューに覆いかぶさるような体勢になり、真っ直ぐにエメラルドグリーンを見下ろした。
その目から、俺の本気度を感じ取ったのだろう。
ついに――
「ゆ……許して……」
涙を浮かべ、ミューは謝罪の言葉を口にしたのだった。
――と同時。
凄まじい破壊音と共に、事務所の扉が吹っ飛んだ。
「グルルルルルッ!!」
魔物だ。
凶暴な牙を剥き出し、口からは獣臭い涎を垂らした獣が、扉を破壊して侵入してきたのである。
俺は慌てることなく、枕の下に入れておいたカミーラを取りだした。
「ったく。やっとおいでなすったか。もうちょい遅かったら傷物にしてたとこだぞ」
立ち上がり、彼女を守るように背後に隠す。
と、後ろから怯えた声が聞こえた。
「え……? い、いつから……?」
さていつだったか。
おかしいと気付いたことはあったが、確信を持ったのはつい最近だ。
だから正確には、いつから入れ替わっていたのか俺にも分からない。
まったく、うまく騙されたものであると苦笑せざるを得ない。
「慈善事業じゃないんだ。本来なら、ちゃんとした依頼をしてもらわなきゃ困るんだがな」
しかし、何か理由があるのだろう。
でなければ、ここまで周到に準備する筈はない。
「まぁ守ってやるさ。そんかわし、後で理由は聞かせてもらうぞ? ミュー……いや、法ヶ院ミハネさんよ」




