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case5 依頼のない依頼1

 《2078年6月5日》


 法ヶ院邸から帰ってきた俺は、それから数日の間、自宅で様子を窺い続けていた。

 帰宅時に玄関の扉で発見した魔物の爪跡。

 その魔物が俺を狙っているのかどうかは分からないが、またやって来る可能性があったからだ。


 しかしそれ以降魔物が来た様子は見受けられない。

 まぁ俺を狙っているのだとしても、肝心の俺が魔物に対して恐れを抱く筈もない。

 ならば必然。魔物は、俺を喰らう為の調理を終えることは出来ないだろう。

 一生出来上がることのない料理の為にフライパンを振り続ける姿を想像すると、憐れみすら感じてしまう。


 とりあえず動きはないので、シガーバー『LosAngeles』を訪れるため、俺はジャケットを羽織った。

 一昔前であればいつもヨレヨレだったそれは、今では仕立てたばかりのようにパリッとしている。

 我が家のポンコツアンドロイド。ミューがきっちりアイロンをかけてくれているおかげだ。


「ミュー、出かけてくるぞ。今日の天気はどうなっている?」


 梅雨前線とやらは、呼びもしないのにやって来ている。

 ここ数日は連日で雨が降っていることから、恐らく今日も雨なのだろう。そう溜息を吐きつつミューに訊ねると、彼女はいつものごとく。アンドロイドであるにも関わらず、指をこめかみにあてて考える素振りを見せた。


「本日はずっと雨です」


 エメラルドグリーンの瞳を輝かせ、ミューが教えてくれる。

 やっぱりな。

 やれやれと、俺は傘を手に扉を開いた。


「行って来る」

「いってらっしゃいませマスター」


 いつの間にやら当たり前になった挨拶を交わし、俺は事務所から出発したのだった。



 ……



 馴染みのシガーバー『LosAngeles』にやって来ると、ドンは葉巻のカタログなんぞをパラパラと捲り続けていた。

 カランコロンと鈴が鳴ったので、俺の入店には気付いているだろう。

 なのに顔を上げもしないとは小癪である。俺はカタログとドンの顔の間に自分の顔を差し込んでやった。


「うおっ!! な、なにしてるんですか旦那っ!!」

「客の顔でも見せてやろうと思ってな。親切心だが礼はいらんぞ」


 そうしてドンをからかってから所定の位置に座る。

 すると彼は溜息を吐き出し、仕方なくと俺の相手をすることに決めたようだ。

 だがまだカタログに未練でもあるのか、視線はちょくちょくカタログの方に吸い寄せられていたが。


「なんか面白いもんでも載ってたのか?」


 執着するドンの様子に興味を持ち、俺は思わずそう訊ねてしまう。


「旦那も興味ありやすか?」

「そこそこにな」


 すると嬉しそうに、ドンはカタログを開いて俺に見せてきた。

 そこに載っていたのは高価な葉巻の一覧。ご丁寧に写真や解説、値段や入手方法なんかも記載されている。どうやらこれは、葉巻マニアの為のものらしい。


「これこれ。これが欲しいんですよ」


 まるで玩具を強請る子供のように目を輝かせ、掲載されている葉巻の一本を指差すドン。

 ここに通うようになってから俺も葉巻には多少詳しくなったし、嗜むことも覚えた。

 葉巻を咥えていると、すっかり小説に出てくるハードボイルド探偵になった気分に浸れるのである。

 しかし載っていたのは、そんな俺でも見たことも聞いたこともない葉巻であった。


「ホワイトドラゴンねぇ。知らない銘柄だな。……値段は一万か」


 一万円といえばそこそこ高級葉巻だが、珍しいというほどの価格設定ではない。

 閑古鳥が鳴いている店の店主とはいえ、ドンの本当の稼業は情報屋。その程度が買えないわけもないだろうに。


「旦那。これドル表示ですぜ?」

「ぶっ!!」


 思わず噴出した。

 じゃあ一万円ではなく百万円以上か!? マジかよ……。


 もちろん、だからといって手が届かない値段ではないが、さすがに葉巻一本で百万円。

 それにどうやら希少価値も高いらしく、入手は困難を極めるそうだ。


「自分が死ぬと分かったら、最後に吸ってみたい一本ですねぇ」


 あぁ、そりゃあいい。

 ドンの言葉に、俺は感慨深く頷いて同調する。

 死を前にした最後の一服。となれば、品も相応の物を求めたい。

 思い描いたハードボイルド像に、俺も思わず頬が緩んだのだ。

 そうしてマジマジと先ほどの葉巻の写真を見直すと、あることに気付く。

 なんと、見覚えがあったのだ。


「これ……前に見たぞ」

「えぇっ!? どこっ!? どこでですかい!!」


 ガッとテーブルに手を乗せて、ドンが身を乗り出してくる。

 そのうっとおしい額を押し戻し、俺はしばし記憶の海へと潜った。

 あれは確か……


「応接室……。そうだ。法ヶ院のお屋敷。その応接室に転がってた」

「転がってたって……。なら拾ってきて下さいや」

「拾ったぞ。怒られてしまったが」


 その時のことを思い出すと同時に、今日ここを訊ねた本当の理由も思い出した。

 そうだ。

 俺はここに、胡散臭い男と顔を突き合わせて葉巻談義をする為に来たんじゃない。


「相談がある」

「何か知りたいことでも?」

「というわけじゃあないんだが」


 聞きたいのは土間ゲンジロウのこと。

 しかし以前にもその情報をドンに求めたが、あまり質の高い情報を持って帰ってくれなかったのだ。

 なんでも土間は危険らしい。情報屋のドンが尻込みをしてしまう程度には。


 だから俺は、他のアプローチが何かないかとドンに相談しに来たというわけである。

 例えば記者に変装して土間に近付く。

 これは考えたが、恐らく俺の顔は割れているだろう。その場で捕らえられ、目出度く拷問部屋へとカムバック。そんな未来は御免である。


「海賊がお宝を隠し持っているので頂きたいんだが、どうしたらいい?」

「なんの話しです?」

「例え話だ」


 土間の名は出さないほうが懸命だろうと、俺は例え話でドンに意見を求めた。ドンは良い顔をしないだろうし、もう一度頼むことも出来ないのだから。

 そう思ったのだが


「例え下手ですか」

「うるさい」


 呆れられてしまった。

 しかし知恵自体は貸してくれるようで、サングラスをクイッと指で直し、ドンは考え込んでくれる。


「お宝の在りかを海賊本人に聞き出すのはリスキーだし、お宝がなんなのかも良く分かっていないと」

「まぁそういうことだな」

「だったら、海軍なりなんなり。ソイツ等の敵対勢力に話を聞いてみたらどうです?」


 敵対勢力か。

 土間本人に話を聞けなくても、土間の敵対勢力ならば土間の情報を詳しく知っている可能性は高い。

 一番良いのはトシゾウなのだが、彼の行方を俺に掴むことは出来そうにないしな。

 ふむ。

 良い考えかもしれない。


 と、俺はあることを思い出し、懐からピンク色の手帳を取り出した。

 それは宮園マイが残したネタ帳。

 彼女は記者らしく、政治ネタについても色々と走り書きを残していたのだ。


 その中で、希望に合致した名前を見つける。

 高山田コウスケ。

 新進気鋭の若手議員だが、土間の政策に真っ向から対立姿勢を見せている男だ。

 しかもネタ帳によれば、最近汚職疑惑が持ち上がっている。

 この男なら、取材という名目で接触することが可能なのではないか?


「参考になった」

「そりゃあ良かった。ま、情報を買ってくれないってぇのは残念ですがね」

「それはまた今度買わせてもらうさ」

「どうぞご贔屓に」


 へへっと口元を歪めたドンに背を向け、俺は店を出た。

 そしてすぐに高山田の事務所へと連絡を取る。

 電話に出たのは秘書だったが、取材には応じてくれるらしい。

 ただし、汚職疑惑を晴らすような記事を書くことを条件に、だが。

 記者を名乗る得たいの知れない男とアポイントを取るくらいだから、恐らく相当に参っているのだろう。

 タイミングも良かったのかもしれない。


 とにかくこうして、俺は高山田コウスケと会うことが決まったのであった。



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