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case4 異能力者VS異能力者7

 ***************************


 通算二度目となる東雲キョウヤとの対峙。

 影すら踏めない一課の連中は、(ほぞ)を噛んで悔しがることだろう。

 もっとも自慢話が出来るのは、彼を捕まえ、ここから生きて帰れればの話だけれど。


 私の異能『鈍界』はすでに発動している。

 体感時間を遅くし、ゆっくりと動いていく周りの景色。

 それは当然キョウヤも同様で、私には彼が懐から取り出したナイフ。その柄の模様まではっきりと視認出来ていた。


 少し腰を落とし、彼の攻撃に備える。

 彼に殺された被害者を多数見たけれど、みな一様に心臓を突き刺された死に様であった。

 傷跡の角度はやや上から。

 つまり、彼は振りかぶって上からナイフを振り下ろすのだ。


 ならばナイフごと、その腕を右下から斬り上げる。

 ただし意識は七分。残りの三分は、予期せぬ事態に備えておくのだ。


 ザッとキョウヤが地を蹴った。と同時。その姿が視界から突如として消え失せる。

 彼の異能。瞬間移動を使ったのだ。

 だがもちろん想定内。見えない彼と呼吸を合わせ、タイミングを計る。


 二、一、今っ!


 鋭く斜めに斬り上がる銀閃。

 手応えは……あった! でも浅いっ!


「ってぇなオイっ!」


 眼前で姿を現し、一足飛びで後ろに下がる東雲キョウヤ。

 その距離を、私は一瞬でゼロにする。


「んなっ!?」


 驚愕の声。

 それに構わず今度は袈裟に斬りつける。

 だが彼は新たに取り出したナイフでその軌道をずらし、ついでとばかりに蹴りこんできた。


「見えてるわっ!」


 ゆっくり流れる時間の中で、そんな蹴りを受けてあげるほど私はお人好しじゃない。

 くるりと体を回して蹴りを避け、その勢いを利用して刀を横薙ぎに払う。


 が、そこにキョウヤの姿はなくなっていた。

 また異能の力を使ったのだ。

 こうなってしまうと、こちらの分が悪い。

 彼の手口を予想出来る初手で決めたかったというのが本音だ。


 それを知ってか知らずか。

 少し離れた位置に再び現れたキョウヤは、右手から血を流しつつも、顔には余裕が表れていた。


「っぶねぇなオイ。油断大敵雨霰(あめあられ)ってやつかぁ?」

「そんな(ことわざ)聞いたこともないわ」


 正眼に構えなおし、ジッと彼の動向に気を配る。

 しかし彼はなかなか攻撃に移らず、舐めるように私を見てきたのだ。


「でけぇ訳でもねぇのにトウマが側に置くわけだ。やりやがるなぁ女」


『でけぇ訳でもない』というのが何を指すのか知らないし知りたくもないし後でトウマに八つ当たりすることが決定。

 と、それはさておき、どうやら私は一目置かれたようだ。

 犯罪者に認められても、嬉しくはないけれど。

 だけど丁度良い機会でもある。聞きたいことは聞けるうちに聞いてしまおう。

 そう思い、わずかに切っ先を下げる。


「以前会った時に言っていたわね。陣営が同じだと。あれはどういう意味?」


 去り際に、だからこの辺にしといてやると、確かに彼はそう言っていたのだ。

 そのことが、私はずっと引っかかっていた。

 なぜなら『てめぇらとは』と言ったのだ。『てめぇら』と。

 ということは、その陣営とやらには私も入っていることになる。

 身に覚えなどこれっぽっちもないのにだ。


「どういう意味もこういう意味もねぇだろ。言ったまんまだ」

「警察という組織以外、何かに属した覚えはないのだけど?」


 そうねめつけてやると、彼は『あーあー』と上を向き


「ぶはっ! んだてめぇら。何も知らねぇのに首突っ込んでんのかオイ」


 と嘲笑してきたのだった。

 首を突っ込む? 一体何に?

 一瞬考え込み、すぐに気付いた。彼と会ったのはトウマを助けた時。

 であれば首を突っ込んだのはトウマだし、あの状況に陥った事こそ首を突っ込んだ結果なのだろうと。


 なら陣営は?

 陣営というくらいだから、それは少なくとも二つ。そして敵対している筈。

 となると、トウマを拉致した連中がA陣営。キョウヤがB陣営。そしてA陣営と敵対していたから、トウマは自動的にB陣営とそういうことかもしれない。


「アイツはどうだか知らないけど、少なくとも私は部外者よ」

「なんだぁ? 巻き込まれた口か? だったら教えて欲しいだろぉよ。てめぇが一体何に巻き込まれてんのか」


 ピクリと。

 私の動揺を表すように、血桜の切っ先が僅かに揺れた。

 知りたい。

 でも私が何に巻き込まれてるかじゃない。アイツが何を探っているのか、だ。

 その動揺を見透かして、彼は嘲笑うようにシュークリームをもう一つ取り出した。


「んめぇ……。で、どうすんだ? 知りてぇなら教えてやるが、そうなりゃこっち側だぜ? 問答無用でよぉ」


 知りたい。当然知りたい。私には知る権利がある。


 ――けど。


 アイツは私に何も教えなかった。

 それはきっと、私を巻き込みたくないからだ。

 危険があり、助けが必要で、命の保証すらない。そんな状況でも、そんな状況だからこそ。アイツは私を突き放したんだと分かっている。

 なら、私の答えは決まっている。


「東雲キョウヤ。器物破損、多数の殺人、傷害、その他諸々の罪で、貴方を逮捕します」


 私はあの馬鹿を信じる。信じてあげる。

 私の助けなんかなくっても全部片付けて、いつもみたいにソファでコーヒーを啜る姿を見せ続けてくれるって。


「そいつぁ残念だ。てめぇにも見せてやろうと思ったのによぉ。崖の淵って奴を」

「崖の淵?」

「あと一歩踏み出したら終っちまう崖の淵。覗きたくなんねぇか? 俺は覗きたいね。そういう時が、一番生きてるって実感出来るからよぉ」

「生憎と破滅願望は持ち合わせてないわ」


 グッと足に力を込め、低い姿勢で踏み出す。

 加減出来る相手じゃない。殺す気でいかなければ。そう思い、私はそのまま刀を突きだした。


「俺と()り合おうって奴の台詞じゃねぇなぁオイ」


 消える。

 東雲キョウヤの姿は、一瞬の残滓も残さず消え去っていた。

 けど次の瞬間。突然燃えるような痛みを感じ、私は咄嗟に飛び退く。


「――っ!」


 左腕。そこをナイフで斬られたのだ。

 やはり分が悪い。

 いかに鈍界を駆使しようと、見えなければどうにもならないのだ。


「おらよぉっ!!」


 急に眼前にナイフが現れ、間一髪で顔を反らした。

 鈍界でなければ、避けることなど出来なかっただろう。

 それでも掠めたナイフが、パラリと私の髪を数本地に落としているのだから。


「よく避けやがるなぁオイ。死ぬけどなぁ? 避けてるだけじゃあよぉっ!」


 何もない空間から不愉快な声だけが響き、ナイフが少しずつ私の体を削り取っていく。

 キョウヤは私の力がどういうものか気付いたようで、攻撃は私の背後からが中心になってきていた。

 見ていなければ、避けるもなにもない。

 状況は刻一刻と不利になり、気付けば私は傷だらけになってしまっていたのだ。


「そろそろいくかぁ? フィナーレとよぉ!」

「それには同意してあげる」


 いつ来るのか。どこから来るのか。

 視界に何もない状況で、私は腕を振りながらクルリと一回転した。

 滴るほどに出血している左手からは、遠心力で八方に血が飛び散る。

 それを鈍界の中で、私はじっくりと観察するのだ。


 飛ぶ。飛んで行く真っ赤な血液。

 それはやがて、私を中心とした円を描くように地に落ちるだろう。


 ――ただ一箇所を除いて。


「そこっ!!」


 飛び散った血は一箇所だけ。突然中空で消えたのだ。

 迷う事無く、私はそこへ刀を突き出す。

 すると


「があぁっ!!」


 肉を貫く手応えが伝わり、直後に東雲キョウヤの姿が現れたのだ。


「んでだっ!? なんで俺の場所が……いや、違げぇ。いつから気付いていやがったぁ!!」

「喋りすぎよ貴方」


 彼は自分の異能を「瞬間移動」だと言っていた。

 けどそれはブラフ。本質を隠すための嘘に過ぎなかったのだ。

 彼の本当の異能は「透明化」

 そもそも瞬間移動なら何もないところから声だけするのもおかしいし、私の攻撃を防ぐなんて真似をする必要もないのだから。


 そうと気付けばあとは簡単。

 見えないだけ。それなら斬れる。どこにいるのか特定する方法は、さっきやってみせた通りだ。


「くっそがぁ!」


 彼の太ももを貫いた血桜。決して傷は浅くないだろう。

 だが彼は無理やり刀を引き抜き、直後に姿を消していた。

 慌てて直前まで彼がいた場所に腕を振るうが、虚しく腕は空を切る。

 血痕を追いたいところではあるけど、それは彼も分かっていること。

 無理やり縛ったのか、はたまた押さえつけてでもいるのか。

 地に残る血痕はすぐに途切れ、二度と彼が声を出すこともなかった。


「……ふぅ」


 刀を振るって血払いし、私は熱くなった息を吐き出した。

 あと一歩。そこまで追い詰めたけれど、捕まえるには足りなかった。


「まだまだね」


 納刀し、キョウヤが消えた方向を見やれば、遠くでひとつ。カラスが鳴いた。



 そして私は気付かなかった。

 この時。舌なめずりをしながら、凶悪な眼差しが私を見ていたことに。





 case4 異能力者VS異能力者  complete 



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