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case4 異能力者VS異能力者5

「しかし分からんもんやな」


 食事を終え、今はデザートのアイスをスプーンで口に運んでいる少女。神楽コナデが一同を見渡しながら、可愛らしいツインテールを揺らした。


「退魔師に特殊探偵。魔物までが、同じ席で飯食うとるなんて」

「申し訳ありません神楽メイド長」

「文句があるわけやないよ。不思議な星の巡りもあるもんやなぁって思ただけや」


 身を縮こまらせて謝るリスラに、コナデは気にするなと手を振ってみせた。

 確かに不思議なものだと、俺も席を見渡す。

 退魔師と特殊探偵は、魔物と対極の立場にある者だ。それが同じ席で食事をするなど、本来ならばありえないことだろう。


「ウチらと兄さんらもな」

「退魔師と特殊探偵も? 別に敵対してるわけじゃないだろ?」

「同じようなもんや。少なくとも、ウチは異能者を良く思うてへんし」


 気に入らないという私情だけで俺を攻撃してきたコナデ。その理由は、単純に異能者が嫌いということだったのか?

 少女の心情を覗き見ようとするが、アイスの冷たさに頭を抑えるコナデの心を読みきることは出来なかった。


「同業なんだ。仲良くやろうぜチビッ子」

「異能者と仲良うするくらいやったら、鬼とダンスでも踊ったほうがマシやな」

「聞いてると、俺というより異能者全てを嫌ってるみたいだな」

「……歪なんよ」


 アイスを食べ終えたのか。コナデはしゃぶっていたスプーンをポイと皿の上に投げ捨て、カチャリと透明な音を響かせる。


「増えすぎやろ。異能者」


 ボソリと落とすように呟いた言葉が、静まりかえった食堂でヤケに大きく聞こえた。

 増えすぎ。

 確かに異能の力を持つ人間は、ここ数年で激増しているらしい。

 一時は俺も食いっぱぐれるんじゃないかと心配したことがあるくらいだ。もっとも比例するように魔物も増え、杞憂に終ったのだが……ん?

 あまり考えたことはないが、異能者と魔物の増加。そこに因果関係があるのか? コナデの「歪」という言葉には、そういった意味が含まれている気がした。


「さっきも言うたけど、退魔の家系は血を濃くすることを第一と考えてきた。どんだけ強い鬼が現れても負けんように。国を護れるようにや。せやけど、退魔の血を持つ人間なんて限られとる。そういうわけで、血は薄まり続けとるんやけども」


 魔物。コナデの言うところの鬼に対抗出来る血を持った人間は、そう多くはなかった筈だと彼女は言う。

 それが急激に増えている現状に、何か気持ちの悪いものを感じているのだろう。改めて言われると、俺にも不気味な気配が感じ取れる。


「それも異界が接近している影響なのでしょうか?」


 話に割って入ったのはリスラだ。

 今までにないほどこの世界と異界の距離が近付いていると言っていた彼女は、異能者の増加もその影響なのではと推測を口にした。

 だがコナデは首を振る。


「それやったら、過去にも異能者が増加した時期があってもおかしくないやろ。でもウチが文献を調べた限り、こんなことは今までなかった筈や」

「まぁ俺達魔物にとっちゃこっちも住み辛くなってるって話で嬉しかないね」


 コナデとは視線を合わせないようにそっぽを向き、半分ほど椅子を後ろに倒しているボドウェー。その行儀の悪さを姉に窘められつつ、彼は魔物としての考え方を明かしてくれた。


「申し訳ありません神楽メイド長、それに龍ヶ崎様。弟にはきつく言っておきますので」

「別にええて。生意気な態度を取られると、明日からの特訓が楽しくなるだけや」


 半目になったコナデの言葉に、ボドウェーがビクリと震えた。

 さっき聞いたのだが、リスラとボドウェーの二人はこの屋敷で働く一方、コナデに修行をつけてもらっているらしい。

 もちろんその目的はジャルジャバ。あの化物を倒すためだ。

 魔魂を喰らうという話はジャルジャバを倒すまで保留にして欲しいと、そうリスラから申し出があったことを思い出す。


「そういや魔物の本能。人を食いたい衝動ってのは、抑えられるもんなのか?」


 以前俺は、それを抑えることが出来ないと泣いていた幼女を見た。

 だからこの姉弟がその衝動に襲われてしまったら、ジャルジャバを倒す前であっても、俺は無理やり魔魂を引き摺りださなければならない。

 それを危惧した疑問をぶつけたのだが、答えたのはツインテールの退魔師であった。


「それもあって、この二人も一緒に京都観光や」

「京に行けばなにかあるのか?」

「ウチの実家。もとい、退魔師の総本山がある。そこにいけば、魔魂を抜き出すまでもなく、その衝動を抑える術を使えるもんがおる」

「便利な技もあったもんだな。チビッ子は使えないのか?」


 見た目はちんちくりんだが、少女の実力が見た目相応ではないことを、俺は身をもって知っている。

 ならばコナデにも使えるのではないかと問うたのだが、彼女は不敵な笑みを見せた。


「そんなまどろっこしいもん覚える気ぃにもならへん。ウチは攻撃専門や」


 右手をワキワキさせて物騒なことを言い放つ少女。性格も攻撃的なようだし、性にあっているのだろう。

 その瞳には、ルンちゃん以上に獰猛な肉食獣の気配を漂わせていた。

 怖い怖いと俺は肩を竦めつつ、ひとつの懸念事項に思い当たる。

 圧倒的な実力者であるコナデはもちろん、リスラとボドウェーまでいなくなってしまったら、この屋敷の防備は皆無になるのではないだろうか。

 そんな時にジャルジャバが再訪したりしたら、トシゾウを守る者がいないのでは?

 いや、トシゾウだけじゃない。スズヒも戦う力などないし、それに


「お嬢様はいいのか? 爺様にとっちゃ目に入れても痛くないほど溺愛してる孫娘なんだろ? 敵対している勢力があるなら、この機を逃すとは思えないぞ」

「……ええんやて」


 溜息混じりに言いながらも、コナデはグッと拳を握り締めた。


「もう信頼出来るとこに預けとるらしい」


 言葉端からは悔しさが滲み出ている。

 実力者であるコナデを差し置いて大事な孫娘を他人に預けたトシゾウに、納得がいっていないのかもしれない。

 ……あぁ、だからか。

 預けた相手が異能者だとすれば、コナデが異能持ちに敵対感情を剥きだしにするのも分かるし、俺への攻撃も八つ当たりに近いものだったんじゃないだろうか。

 代々続く退魔の血。その矜持を踏みにじられた想いなのだろう。


「反対はしなかったのか?」


 それが分かってしまったから、俺は少女の気持ちを少しだけ慮る。

 が、逆に睨みつけられる結果になってしまった。理不尽である。


「したわボケ。でも突っぱねられた。必要やからとかなんとかな」


 必要だから……。

 そのフレーズには、俺も聞き覚えがある。

 以前依頼を受けて訪れた時に感じていた違和感。それは、未だに解消されていないのだ。

 トシゾウには、たぶん俺に見えていないものが見えている。

 漠然と、そんな感じがしていた。


 しかしこれ以上コナデの機嫌を損ねては、いつトラが走ってくるか分かったものじゃない。

 そこで話を変えつつ、俺は先ほど気になったことをボドウェーに聞いてみることにした。


「『こっちも』住み辛くなるって言ってたな?」


 突然話を振られ、いささか退屈を持て余していたボドウェーが、テーブルに突っ伏したままこちらを見てきた。

 彼と初めて会ったのはジャルジャバとの戦闘中のこと。

 その後は半死半生の状態で一言二言言葉を交わしただけなので、ほとんど初対面と変わらない関係だ。

 だからだろうか。彼の目は、俺を警戒しているように見える。

 が、その後頭部を姉であるリスラが引っ叩いた。


「ボド! 龍ヶ崎様は恩人なのですから、そんな態度は失礼でしょう?」

「ってぇな……。姉ちゃんはアイツに気があるか――」


 ――バキッ!


 バキッ……?

 不思議な音の出所を探すと、リスラが掴んでいたテーブルの端。そこが、べっこりと凹んでいるのが見えた。

 手で握り壊したのか……?

 試しに俺もテーブルの端っこを握ってみたが、五センチほどの厚みがある木製のテーブル。握って壊せるような代物じゃあない。

 温和で柔らかな物腰。そしてたゆんたゆんした大きな胸を誇る美女だが、やはり彼女は魔物らしい。

 リスラとのロマンスを夢見た日もあったが、今の光景を見ると背筋に冷や汗が伝わざるを得ない俺である。


「ボド」


 顔を青くしているのはボドウェーも同じようで、恐姉に促された彼は、渋々と背筋を正して俺に向き直った。


「言いました。俺達の住んでた世界は、大分住み辛くなってきてるんで」

「住み辛くってのはどういう意味で?」

「マシュラ族……まぁ、ほとんどこちらの人間と変わらない種族なんだけど、そいつらに俺達は追い詰められてるんだよ」


 そうして聞かされる異界事情。

 あちらの世界には魔物しかいないのだと勝手に思っていたが、どうやらそうではないらしい。

 聞けば、長い間マシュラ族とかいう人間に近い種族と戦い続け、かなりの劣勢だそうだ。


「こっちに渡ってくる魔物が多いってのも、あっちから逃げ出そうと破れかぶれになってる奴が多いからかもしれないね」

「それほどにマシュラ族ってのは強いのか」

「身体能力じゃ俺達のほうが圧倒的さ。だけど奴等には魔法がある」


 魔法ねぇ。

 随分とファンタジーなワードが飛び出したものだが、そもそも異界なんてものが非現実的なものだ。

 その存在がこうして目の前にいる以上、そういうものもあるんだろう。

 探偵なんてやってるが、世の中知らない事が多すぎて参っちまうぜ。


 その後は取り留めのない話をし、誰から言い出したのか電子のお城での晩餐会はお開きとなった。

 さすがに泊まるわけにもいかず、俺は自動タクシーを呼んで貰う。

 すると帰りがけ。

 タクシーに身を入れた俺に、スズヒが別れを告げてきた。


「メイド長様が京からお戻りになるまで、旦那様もお屋敷を離れるということです。私も暇をもらってますので、しばらくはこちらに来てもアンドロイドメイドしかおりません」

「そうなのか。スズヒに会えなくなるのは寂しいな」

「あら。本当ですか?」

「もちろんだ。俺の口は真実しか語れないからな」


 そうして俺も別れを告げるが、見送る彼女が見えなくなれば、俺の思考はすぐに違うことに埋め尽くされる。

 国の陰謀。

 海の子事件の裏側が俺の思った通りであれば、いずれ俺を狙う人間が現れても不思議ではない。

 それに異界の事情やら大鬼門やら。

 一つ一つは関係のない情報に思えるが、その点はいつか線で結ばれるのではないか?

 そんな漠然とした予感があったのだ。


 しかしニューポートセンター街の裏路地。

 見慣れた龍ヶ崎探偵事務所の錆び付いた鉄扉の前で、俺の脳みそは更に予期せぬ事態に思考を割かれざるを得なかった。


「なんだこりゃ……」


 鉄扉のドアノブ付近。

 そこに、今朝まではなかった傷跡が刻まれているのだ。

 三本の太い爪痕。

 そんな傷跡を鉄の扉に残せるのは、人間ではない。

 間違いなく、魔物の仕業だった。


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