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case4 異能力者VS異能力者4

 トラに跨った少女に先導され、俺は懐かしの法ヶ院邸。電子のお城へと到着した。


 相も変わらず作り物の花々が咲き乱れる庭を突っ切ると、正面玄関を入ったところで恭しくお辞儀するメイドに出迎えられる。

 上から82、59、83というスリーサイズを誇る、大和スズヒであった。

 宮園マイの手帳に記されていた数字と実物を見比べてみると、なるほど。かなり正確性の高い情報のようだ。

 顎に手をあて、じっくり観察するように目で舐めまわしていると


「色々とお元気そうでなによりです龍ヶ崎様」

「お前もなスズヒ。あの姉弟も元気か?」

「はい。無事に快癒なさり、とても元気になられましたよ。もちろん旦那様も」

「あ~、爺様はどうでもいいや」


 軽く挨拶を交わしながら、俺は応接室へと通された。

 以前滞在していた時は破壊しつくされた部屋だったが、今ではすっかり綺麗に整えられている応接室。

 さすがに絵画までは修復出来ないようだが、代わりに高価そうな壺が置かれていた。成金趣味め。


「ほな、ウチは部屋に戻るわ。帰り仕度もせなあかんし」

「なんだ。客が来てるのに奉仕活動の一つもなしか?」

「メイド長様による冥途送迎サービスならしたるけど?」


 なんとも物騒な駄洒落を飛ばし、トラに乗ったままメイド長のコナデは部屋から出て行った。

 その後姿を見届けてから、スズヒが俺の前に腰を下ろす。

 相変わらずのメイドスタイルに、ふわりとした髪を束ねた大和スズヒ。

 ちょこんと乗った白いカチューシャが、とても似合っていた。


「今日は突然どうなさったのですか? もっと早くにご連絡頂ければ、旦那様と面会のアポイントを取ることも可能でしたのに」

「いやいや。爺様と逢瀬を重ねる趣味はないぞ? 今日のお目当ては君だ」


 そう言ってニヒルな視線を投げてやるが「あらあら」とそよ風のように受け流されてしまった。

 メイド流の受け流し術とでもいうのか。彼女にこの手の攻撃は通用しないらしい。


「で、本当のところは?」

「本当のところだ。……宮園マイ、という名に聞き覚えは?」


 しかしこの名前は受け流せなかったようで、温和なスズヒにしては珍しく、彼女は少しだけ眉に皺を作った。

 だがそれが、宮園マイに対する嫌悪ではないことが、続くスズヒの話で明らかとなる。

 彼女はマイを嫌っているのではなく、マイとの会話の内容。それを思い出してしまったことで、不快感を示したのだ。


「存じております。確か一ヶ月程前でしたでしょうか。彼女がこのお屋敷を訪れたのは」


 目の前のテーブルには暖かな紅茶の入ったカップ。

 それで喉を潤し、ようやくといった感じでスズヒは語りだした。


「こうして龍ヶ崎様が訪ねていらしたということは、きっと彼女の出生についてはすでにご存知なのですよね?」

「もちろんだ」

「彼女が私を訪ねてきたのは、まさにそのことでした。つまり、海の子事件当日のことで、何か知らないかと」


 確かに俺も『父を見なかったか』とマイに聞かれた。

 やはり彼女は、本当に父が実行犯の一人だったのか。父が望んであの事件に加担したのか。それを知りたいと思っていたのだろう。

 そう納得してスズヒに先を促すと、彼女の言葉が詰まった。

 先を話すことに躊躇いがあるようだ。


「……何か知っているのか?」

「……見てしまったんです」


 それが恐ろしいものだと、自らの肩を抱いて震えるスズヒの様子から知れる。

 一度目を閉じ、すっと息を吸い込んでから。吐き出すようにスズヒは言葉を紡いだ。


「それがマイさんのお父上かどうかは分かりませんが、男の人達がなにやら口論をしている所を。確か『これじゃあただの見殺しだ』とか『目的は保護だったはずだ』とかいう内容だったと記憶しています。そしてその後……男の人が、銃で撃たれてしまったんです」

「撃たれた? 警察や特殊部隊にか?」


 あの事件で射殺された実行犯は多い。

 そうした現場を幼い少女が見てしまったなら、心に深い傷跡を残していても不思議ではないだろう。

 それゆえの怯え。俺はそう解釈したが、スズヒは強く頭を振った。


「違う……と思います。撃ったのは、口から耳にかけて、大きく裂けた傷のある人でした」

「――なっ!?」


 思わず立ち上がり、ガチャッとテーブルの上のカップが音を鳴らした。

 その音にスズヒがビクリと震えたが、それを気遣う余裕が俺にはない。

 口から耳にかけて大きく裂けた人相。それは、俺を監禁して拷問した首謀者。あの男のことではないのか?


 情報屋のドンが掴んだ情報。宮園セイダイの体内から検出された、ロシア製の銃弾。

 あの男達は銃で武装していたし、可能性は高い。いや、そうだと言い切れる気がする。


「龍ヶ崎……さん?」


 突っ立ったまま、脳細胞が最大速度で回転する。

 目の前のスズヒが俺を気遣い声をかけてくるが、その言葉は半分も耳には届いていない。

 いや、耳には届いているかもしれないが、俺の脳にそれを解釈する余裕がないのだ。

 それほどに俺の脳細胞は今、海の子事件の裏側について深く潜っていた。


 スズヒが目撃したのが、宮園セイダイであるかどうかは不明。

 だが彼の死因が銃殺で、国の組織の手によるものではなさそうな現状、殺したのはあの男か、その配下のものとみて間違いないだろう。

 そして、あの初老の男のバックには、大物代議士の土間ゲンジロウが控えている。

 ここから導き出される。導き出されてしまう結論は……。


「海の子事件は国のマッチポンプ……?」


 国が影から操って事件を引き起こし、全ての罪を宗教団体海の子供達になすりつけた。

 いや違うか。それだと、宮園セイダイがあの場所にいた理由にならない。

 あの事件は元々海の子供達が計画したもので、本来であれば解放した子供達の面倒もみるつもりだった。

 それが実行中に乗っ取られ、子供達をあえて生き残ることが難しい環境に放置した。

 もちろん反対した海の子供達の実行犯は、秘密裏に始末してだ。


 それならば全ての説明がつく。

 宮園マイが、父の行動に疑問を持っていた理由も。

 宮園セイダイが、あの時あの場所で殺された理由も。

 あの事件を嗅ぎまわっていた宮園マイや、彼女と接触した探偵が殺されかけた理由も。


 しかし、だとしたら動機はなんだ?

 多数の子供を犠牲にしてまで、なぜそんな手の込んだことをしたのだ?


 あの当時、海の子供達はかなりの信者数を集めていた。

 そしてその教義は『子供は愛し合う男女の間に授けられるのが自然である』ということ。

 国が打ち出した『国家人口調整計画』に、真っ向から異議を唱える集団である。


 ならばその動機は、異議を封殺するため?

 国家人口調整計画を円滑に進めるために、海の子供達を逆に利用したのか?


 ――ゾクリ


 背筋を冷たい何かが走り抜けた。


 ヤバイ。マズイぞこれは。

 こんな事実を調べようとすれば、人の命など簡単に消えてしまう。

 それこそ宮園マイのように。


 だというのに――。

 俺の口角は、何故か吊り上っていた。


 探偵の悪癖。

 隠されたものを暴き、真実を白日のもとに晒す。

 その本能ともいうべき感覚が、胸の奥深くで静かに胎動を始めてしまったのだ。


「面白れぇ……。国の陰謀? そんなもの、この俺が喰らってやる」


 独り言のように呟いた俺を見て、大和スズヒは柔らかな髪をふわりと揺らして小首を傾げるのであった。



 ……。



 時間も丁度良いので夕食でもどうかというスズヒの誘いに甘え、俺はいつぞやと同じく、法ヶ院邸で食事を取ることになった。

 だが長いテーブルの先に主たる法ヶ院トシゾウの姿はない。

 今までは会いたくない人物ランキングで東雲キョウヤとトップ争いをしていた爺様だが、今は逆に会いたい人物ランキングにランクインしている。

 というのも、以前この屋敷にジャルジャバを伴って招かれた男。

 それが土間ゲンジロウだったのではないかと俺は目論んでいたからだ。

 彼について話を聞くには、トシゾウはもってこいの人物というわけなのである。


「旦那様はお忙しい方ですから」


 言いながら、スズヒが俺の前にフォークやナイフをセットしていく。

 突然訪れてこのような接待を受けるのはいささか申し訳なく思うが、彼女は気にした風ではない。

 むしろ喜んで奉仕しているように見えた。


「さすが副メイド長が板についているな」

「あら、褒めてもなにも出ませんよ?」

「世辞じゃないさ。メイド長とは大違いだ。なにせいきなり攻撃してくるチビッ子狂人だからな」

「聞こえとるで?」


 テーブルには、俺の他にも数名が席についている。

 その中にはメイド長たる神楽コナデもおり、奉仕する立場の彼女は何故かアンドロイドメイドの奉仕を受けていた。


「こうして他のメイドがちゃんと出来とるかチェックしとるんや。これも仕事や仕事」


 フォークでサラダの中のプチトマトを弄びながら言われても、説得力など欠片もない。


「龍ヶ崎様。神楽メイド長は、本当に凄い方なのですよ?」


 だが反対の席に座っているリスラには、コナデが凄い人物として見えているようだ。

 その隣には傷の癒えたボドウェーもおり、こちらはコナデと目を合わせないようにしていた。


「凄いってか化物だよ」

「なんやボド。言いたいことがあるなら目ぇを見て言いや」

「……なんでもない」


 馬が合わないというより、逆らえないらしい。

 悔しそうに歯噛みするボドの横顔がチラリと見えた。

 しかしそれもいつものことなのか。

 彼の態度を不審に思う者はなく、法ヶ院邸での夕食は和やかに始まったのであった。



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