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case4 異能力者VS異能力者3

 どうやらコナデという少女にこれ以上戦う気はないらしい。

 俺に背を向け、ルンちゃんという名が似つかわしくないトラのもとへ戻ると、その頭を撫で擦り始めた。

 しかし一方的に攻撃を仕掛けられた俺としては、まったく納得のいかない展開である。

 せめて理由くらいは教えろと、その小さな背中に問いかけることにした。


「理由くらい教えてくれるんだろうな嬢ちゃん」


 トラを撫で、トラに舐められ。

 恐らくいつもそうしているだろうスキンシップを取りながら、振り返りもしない少女が不機嫌そうな声で答える。


「気にいらんからやボケ。あと嬢ちゃん言うな。そんな歳ちゃうわ」

「そりゃ悪かったなチビっ子」

「……ルンちゃんに喉噛み千切らせるで?」


 コナデの言葉を理解しているのか。機嫌良く撫でられるがままになっていたトラが、グルルと喉を鳴らしてこちらを威嚇してきた。

 あんなものを相手に出来るわけがないと、俺は諸手を挙げて降参を示す。

 大体今の戦いだって、俺の勝利とは言い難いのだ。

 明らかにコナデは力を抑えていたし、俺のやり方も不意を付いたようなものなのだから。

 次があれば、十中十で俺が負けるだろう。


「んじゃメイド長様よ。なんで俺に襲い掛かってきた? 法ヶ院の爺様を守ってやったんだから、感謝されこそ恨まれる筋合いはねぇぞ?」

「せやから気に入らん言うとるやろ」


 仕方なくといった体で立ち上がり、振り返ったコナデ。

 戦いこそ止めたものの、その瞳にはまだありありと俺への敵意が残ったままだった。


「ウチはな。代々続く退魔師の家系なんよ」


 退魔師。

 それは映画やドラマの中で見る、陰陽師とかそういうアレだろうか?

 確かに彼女の使った技は、異能者が使うような異能とは少し違ったように思える。


「遥か昔から妖魔妖怪の類と戦い、影ながら国を守護してきた誇り高い一族や。ウチらは技を磨き、血を濃くし、長い年月を懸けて退魔の力を強うしてきた。最近ポッと出の異能者程度にデカイ顔されたらたまらんわ」

「デカイ顔なんてしてないぞ? 俺ほど謙虚な人間もそうはいないというのに」


 軽口を叩けばギロリとルンちゃんに睨まれてしまう。

 あのトラは本当に人の言葉を理解しているのかもしれない。


 しかしさて。

 今のコナデの言葉を解釈すると、彼女が深手を負いながら追い払ったジャルジャバを、俺があっさり追い払ったからやっかまれている。

 そういうことなのだろうか?

 それはなんとも器の小さい話だが、見た目も小さいのだから器も相応なのだろう。

 一人納得し、うんうんと唸っていると、今度はコナデからも睨まれてしまった。


「相当に失礼なこと考えとるやろ? ホンマ、一回マジでしばいたろか?」

「考えてないぞ? だからそのトラを立ち上がらせるのは止めたまえ」


 俺の腰が引けてしまうのを情けないと思うなかれ。

 一般に、人間では中型犬程度が相手でも刀を装備してやっと互角だと聞いたことがある。

 ならば大型肉食獣であるトラ。ロケットランチャーでも装備してなきゃ、まともに戦うことなど出来やしないのだ。


 だからとにかく、今はコナデの機嫌をこれ以上損ねないように。

 少し気を引き締めなおして、俺は彼女との会話に望むこととした。


「知っての通り、妖魔妖怪。ウチらは総称して鬼って言うてたけど、今は魔物やったっけ? アイツらには、特殊な力を使えるもんの血が弱点となる。せやから一族の血を濃くすることを第一としとったんやけど、そう上手くはいかへん。鬼との戦いで命を落とすことはもちろん。事故、病気、災害、戦争……。色ぉんな要因で、血が薄まっとるのが現状や」

「だから、足りない力を技で補う?」

「せや。それこそ血の滲むような努力をして、今のウチがある。それでも結局、血の力には勝てんのやろなぁ」


 ギリっとコナデが歯噛みをするのが見えた。

 研鑽を積み、辛苦に耐え、それでも届かぬ領域に、彼女は手を伸ばそうとしているのかもしれない。

 しかしいったいなんのために?

 確かにジャルジャバとの戦いは痛みわけだったかもしれないが、今の戦いからも彼女の力が凄まじいものだと分かる。

 それ以上を欲するならば、相応の理由がある筈だ。


「もうすぐ大鬼門が開く」


 ボソリと。

 影を落とすように、彼女がそう呟いた。

 大鬼門。

 その言葉には聞き覚えがないし、意味も分からない。

 だが鬼門ならば知っている。たしか風水で(うしとら)。つまり北東の方角を指す言葉だったのではなかったか。

 彼女は退魔師の家系だというし、そちらの方面にも明るいのだろう。


「兄さんの考えとることは分かるで。でもちゃう。それは表の意味や」

「表?」

「一般的なってことやな。ウチらの業界で鬼門っちゅうのは、ホンマに門なんよ。ある日ポッと現れ、(うつし)の世と(とこ)の世を繋ぎ、そこからは魔が這い出てくる。それが鬼門や」


 どこかで聞いた話だなと、俺は記憶を呼び覚ます。

 そうだ。これは、リスラに聞いた話に近い。

 確か彼女はゲートと呼んでいたが、異界とこの世界を結び、そこを通って魔物がやってくる。そんな話だった筈だ。

 コナデが法ヶ院邸のメイド長ならば、その話もしたのではないだろうか?


「そういやリスラは元気か?」


 そう思い、取っ掛かりとして彼女の様子を尋ねてみると、コナデは軽蔑したような視線を送ってきた。


「心配すんなら弟のほうやろ。女のことしか頭にないんかボケ。ますますもって気に入らんわ」


 どうやら軽やかに地雷を踏み抜いたようだ。

 もはや敵意どころか殺意の篭った気配に、俺は身が竦む思いがした。

 しかし彼女は俺の言いたいことを読み取ってくれたらしい。不穏な空気を一度引っ込め、溜息混じりに話を先へと進める。


「鬼門から出てくるんが異界の住人やって話しは、ウチとしても寝耳に水やった。そもそも出て来た魔と話をしようなんて思うたこともあらへんし、どんな経緯で出て来てんのか知ろうともせんしな。ただ狩る。ただ葬る。それだけで十分平和。世はこともなしってなもんや」


 理屈としては分からなくもない。俺もそれに近いスタンスを持っていたこともあるし、不肖の弟子は未だにそういった考えだろうしな。

 だが最近は、リンやらリスラやら。ちゃんと話せば分かり合える魔物ってのもいるんじゃないかと、そう考え始めているのだ。

 しかしそんな考えを見透かしたコナデは、それを浅はかだとあざ笑うように釘を刺してきた。


「死ぬで? 実際甘い顔して死んだ同業者を、ウチは何人も見てきとる」

「ご忠告痛み入るね」


 はんっ、と鼻を鳴らしてから「兄さんが死んでも別にかまへんけどな」と続けたコナデ。

 だが少しだけ遠くなった視線は、恐らくそうして死んでいった同業者。かつて共に戦った者達を思い返しているのだろうと思えた。

 僅かに沈黙が流れ、再びコナデがこちらに視線を合わせた時。

 先ほどまでより一層厳しい表情で、俺を睨みつけてきたのだ。


「死ぬのはええけど、守るべき者も守らず死ぬんは許さへんで? それやったら、今すぐここで死ね」

「お、おぅ」


 なんのことを言っているのかは不明だ。

 だがあまりの迫力に、俺はそう答えるしかなかった。

 一方で、言ったコナデも言いすぎだと自省したのか。嘆息しながら腰に手をあて、頭を振って頭の中をリセットしようとしているようだった。


「まぁええわ。とにかく、もうすぐ大鬼門が開く。ウチはそれに備える為、一度京に戻らなあかんのや」

「鬼門ってのは分かったが、大鬼門ってのはそれよりヤバイって意味でいいのか?」


 大と付くくらいだ。

 魔物が一度に複数やって来る。そんなイメージだろうか。

 そういやリスラも異界とこの世界の距離が近付いているとか言っていたしな。

 しかしコナデは、そのイメージよりも尚悪いと宣告した。


「ウチもようは知らん。ただ、ウチの親戚筋には星読みがおってな」

「星読み?」

「まぁよう当たる占い師みたいなもんや。んで、そのオババが言うには、えらい強い鬼が出てくるんやと」

「強いってどれくらいだ? ジャルジャバくらいか?」


 そう訊ねると、コナデは小馬鹿にするように俺をねめつけてきた。


「あんなもんとは比較にならん化物や。リスラはんの話やと、ジャルジャバはソレから逃げてこっちの世界へ渡ったいう話やしな」

「あの化物が逃げ出すほどの魔物かよ……。アイツも相当だったのにか」


 実際問題として、俺はジャルジャバの底をまだ見ていないと思っている。

 奴は暴れるのが目的で、まだ本気を出しているようには見えなかったのだ。

 それでも俺の対魔銃では仕留め切れないタフネスを持ち、一撃で俺に致命傷を与える力を示していた化物。あれが逃げ出す相手ともなれば、それこそ倒せる人間などいないのではないだろうか?


「現状でどうにかする方法はない。元々奴等に普通の武器は通じひん。ウチら退魔師や、兄さん達異能力者で倒せないとなると、止められるモンはこの世におらんっちゅうことになる」

「おいおい……。それって」

「世界の終わりや」


 唐突に語られた世界滅亡の危機。

 スケール違いの話に絶句し、俺は半笑いを作るしか出来なかった。




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