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case4 異能力者VS異能力者2

「嬢ちゃん、それどうしたんだ? 動物園から連れて来ちまったのかい?」


 ゆっくりと慎重に近付きながら、俺は意識的に軽口を叩く。

 そうでもしなければ、この異様な雰囲気と向けられている敵意に呑まれそうなのだ。


 寛いでいるように見えるが、目の前にいるのは間違いなくトラ。しかも大型である。

 それに跨り呑気に飴を舐めているのは、見た目十四、五歳くらいの少女。赤いリボンで留めたツインテールを揺らし、ニコニコとこちらを覗っている。だが見た目通りの年齢とは思えぬほど、少女が発する気配は老練としていた。


 場慣れしている。

 戦いの。死地に慣れている、熟練兵のような印象である。


「うんうん。逃げ出さずに近寄れるんは、なかなか見所あるな。それか鈍感なだけかもしれんけど」


 そう言って笑いながら、少女は空いている左手でトラの背中を撫で擦っていた。


「まぁあんまり敏感なほうじゃあないけどな。でもこれだけは分かるぜ? この異様な空間。これを作ってんのは嬢ちゃんだろ?」

「うん。そうやで」


 無邪気ともとれる態度。しかしその気の抜けた様子が、俺との力の差からきていることは明白だ。

 つまり少女にとって、俺は警戒したり構えたりする必要すらないということである。


「で、なんか用かい? お兄さん、これから用事があるんだけどなぁ」

「そんな大した用じゃあらへんよ。ちょぉっとだけ遊んでもらえへんかなと思うてな」

「嬢ちゃんくらいの女の子と遊ぶって、色々難しい時勢なんだぜ? 勘弁してもらえないかねぇ」


 すると少女は『よっ』と掛け声をかけてトラの背中から飛び降り、一歩二歩とこちらへ近付いて来た。向けられているのは変わらず敵意。油断なくその動きを注視しつつ、俺は少しだけ腰を落とす。いつでも動き出せるようにだ。


「構へんよ。ここらには結界を張っとるから、周りからは見えてへん」

「結界……ね。んじゃ、さっき急に空気が変わったのはそれか」


 言いながら、俺は頭をフル回転させる。

 結界。結界ってなんだ。

 異能か? だとしたら、この少女は異能力者ということになる。

 しかし、それが何故俺を狙う? 東雲キョウヤも異能力者だったが、アイツの場合とはわけが違うのだ。

 なぜなら俺は、この少女にまったく見覚えがないのだから。


「兄さんの力は『魔魂喰い』やったっけ? それやと人間のウチにはあんまし意味のない力やもんなぁ。せやから、ハンデとしてルンちゃんは使わんといたるわ」

「ルンちゃん?」

「アレやアレ」


 そうして少女は、後方で待機していた大型の肉食獣を指差した。

 どう見てもルンちゃんなどという可愛らしい外見ではないが、どうやらあのトラがルンちゃんらしい。


「戦うってのは確定事項なのな。てか俺の力を知ってるなんて、有名人は辛いねどうも」

「ま、有名っちゃ有名やんな。少なくともウチの中では、最も気になる人間トップ三に入っとるで。光栄やろ?」

「男冥利に尽きるってもんだな」


 軽口を叩きあっていた二人。だがその距離が三メートル程までに近付くと、急に少女の気配が変わった。呑気な態度が鳴りを潜め、幽玄さすら感じるほどに静謐な気配を纏い始めたのである。


「……いくで?」


 ――パンッ!!


 開始の宣言とともに、少女はおもむろに拍手(かしわで)を叩いた。

 と、ゾクリと嫌な気配が背筋を伝い、本能のままに俺は横っ飛びに飛び退く。

 すると次の瞬間。先ほどまで俺がいた位置に、炎の塊が襲いかかっていたのだ。


「なんだそりゃっ!?」


 突然なにもなかった中空から現れた炎の球。それはまるで魔法のようで、それが次から次へと襲い来るのだ。

 これが彼女の異能? じゃあ先ほどの結界うんたらってのはなんだよ!

 ごちりながらも炎を避け、横に転がりながら俺はカミーラを取り出した。


 対魔専用の銃カミーラ。

 俺の血液を弾丸と換えて打ち出すこの銃だが、人間相手の威力はたかが知れている。

 せいぜいが小石をスリングショットで打ち出した程度だろう。まぁ当たり所によってはそれでも十分な威力ではあるのだが。


 その銃口を少女に合わせるが、照準の向こうにいる彼女と目が合うと、少女はニヤリとその唇を吊り上げた。


 くそっ! 見通されているっ!

 明らかな敵だが、魔物ならいざ知らず、年端もいかない少女に銃を撃つなど俺には出来ないと!


「なんや撃たへんの?」

「撃ちたくないから止めてくれると有難いんだが?」

「それで止まる魔物はおらんで?」


 まったくもってごもっともだが、こっちもそっちも魔物じゃあないだろ。

 人間同士なんだから話し合う機会を設けるべきだ!

 そう文句も言いたいが、どちらにせよ止まる気などなさそうな少女は、次に懐から何枚かの紙を取り出した。


 武器のようには見えない。

 しかし、何もないところから炎を生み出すような相手だ。紙飛行機を作って飛ばすというわけじゃあないだろう。

 注意深くその動向を気にしながら、俺は俺で攻撃の手段を模索する。

 銃は脅しにもならず、また俺自身に撃つという覚悟も出来そうにない。ならば近付いて組み伏せるしかないか?

 その際に一発二発くらいお見舞いする程度は、教育的指導と思って大目に見て貰いたいものだ。

 などと考えていると、少女は自分の指先を歯で噛んで傷つけ、滲んだ血で先ほど取り出した紙の上に文字を書きなぐり始めていた。


「雷鳥顕現」


 そしてバッと紙を宙に放ると、その紙が見る間に鳥へと姿を変える。

 何かの知識で知っていたが、あれってまさか式神ってやつじゃないのか?

 だとすると、この少女は――


「うおっ!?」


 思考を中断させるように高速で飛来する三羽の鳥。それを紙一重で避けたつもりだったのだが、わずかに掠った腕に激痛が走る。

 この感覚には覚えがある。しかもごく最近で、非常に忘れてしまいたい記憶のアレだ。


「スタンガン!? 雷撃か!?」

「せやから雷鳥て言うたやん」


 カラカラと少女が笑う間にも、避けた三羽の鳥達は空中で旋回し、再び俺目掛けて飛んできていた。

 これはいつまでも避け続けられるものじゃない。

 そう覚悟し、俺は少女への突撃を慣行する。


「ま、そう来るわな」


 しかしそれを予想していたかのように、俺と少女の間に炎の壁が立ち昇った。

 ブワリとした熱波が襲いかかり、とてもあの中を突っ切ることが出来ないと思い知らされる。

 だがそれで良い。

 ここまで予想したわけじゃないが、炎を使ってくることは予想出来ていた。

 だから、あとはその方向に鳥を誘導すれば良いのさ。所詮は紙から生まれた鳥だ。炎に炙られれば、一瞬で地に落ちるだろう。


 地に落ち――落ちろよっ!!


「くそっ!!」


 思惑は外れた。

 俺目掛けて飛んできた鳥を避けると、それらは間違いなく炎の壁に突っ込んでいったのだ。

 なのに一羽たりとも焼け落ちることはなく、なんなくその壁を通過してしまったのである。


「それで終まいか? なんや兄さん。やっぱ大したことないやんな?」


 勝利を確信し、カラカラと笑う少女。

 打つ手もなくなり、俺は落ちていた小枝を少女へと投げつける。

 もちろんそんなものは、軽くかわされてしまったが。


「破れかぶれもいいとこやな。雷鳥。終わりにしてまえ」


 少女の命令を聞き届けたように、空飛ぶ鳥達が動きを変えた。

 まるで意志を持つように、ふっと三方向に分かれる。そこからの一斉攻撃であれば、避ける場所もないということか。

 いや、あるにはある。

 それは真正面。炎の壁の中だ。

 もちろん自殺行為であるのだが――


「行くぞチビっ子っ!」


 その自殺行為を、俺は気合とともに決行することにした。

 両横と真正面から飛来する雷鳥。それをなんとか避けながら炎の壁へ。


「おらぁっ!!」


 勢い良く前転し、突っ込んだ先。

 驚愕に目を見開いた少女と目が合った。


「なんで……?」


 予想通り、俺の体は燃えてなどいない。

 それどころか、熱を感じることもなかった。なぜなら――


「幻覚だろありゃ。じゃなきゃ小枝が燃え尽きずに届くわけないもんな」


 初めに少女が打った拍手(かしわで)。あれは恐らく俺の耳になんらかの作用を及ぼし、催眠のように幻覚を見せるためのものだったのだと俺は推測していた。

 なぜなら、次から次へと炎を呼び出すわりに、最初以降少女は拍手を打っていないのだ。

 そして、燃え尽きなかった雷鳥と小枝。それが俺に確信をもたらせていた。


「へぇ。伊達に有能探偵を自称しているわけやないんやね」

「自称じゃねぇって。てかそこまで知ってんのかよ。何者だ?」


 問うと、再び少女はパンッと手を叩く。

 一瞬だけ警戒したが、同時に炎が立ち消え、飛んでいた雷鳥も紙へと戻ったことから、戦闘態勢を解除したのだと知れた。


「ウチの名は神楽(かぐら)コナデ。今は法ヶ院って爺さんとこで厄介になっとる、由緒正しき退魔師様や」


 えへんと腰に手をあてて胸を逸らした少女。

 しかし、また法ヶ院邸の人間か。よくよくあそこの奴等は俺のことが嫌いとみえる。

 ……て、待てよ?

 今の実力。ひょっとしてこの少女が


「ジャルジャバと戦って重傷を負ったのは嬢ちゃんか」

「ちょぉっと油断しただけやけどな」


 重傷を負ったと言っていたメイド長。

 どう見てもメイドにもスズヒよりも上にも見えない少女を前に、俺は溜息をひとつ零すのであった。


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