表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/60

case4 異能力者VS異能力者1

 《2078年6月2日》


 監禁されて殺されかけたあの日から数日。

 約束通り、雨宮カナタは意気揚々と俺の事務所へとやって来た。

 もちろんその目的は事情聴取。あの倉庫で俺を助け、かと思えば刃を向けてきた男。東雲キョウヤについて聞き出すためである。


 確かに俺はあの男のことを知ってはいるが、しかし触りだけだ。

 国の施設で育てられていたところを海の子供達に襲撃され、誘拐され、放り投げられ。雑草を食いながら泥水を啜って、共に生きながらえた程度の知り合いでしかない。

 それにカナタ達警察が知りたい情報は恐らくそれ以降。間抜けな俺が万引きで捕まり、キョウヤと離れたあの日よりも後のことだろう。

 だが生憎と俺もその後のことは知らない。そう説明してやったのだがカナタにそれほど気落ちしした様子は見られず、いつもの来客椅子に腰を掛けたまま彼女は砂糖たっぷりのコーヒーを啜っていた。


「シュークリームが好物だってこと以外はロクに知らないんだ。ご期待に添えなくて悪かったな」

「そ。それならそれで構わないわ」


 あっさりした反応だったが、意外というほどではない。そもそも彼女は対魔専門の部署。対策課に属している人間なのだから。

 いかに東雲キョウヤが手配中の凶悪犯であろうとも、畑違いである。

 それがわざわざこうして事情聴取に来た理由は、さらに一課の連中を見返す手札になると思ったからか。それともここに来ること自体が目的か。


 いつもの草臥れたソファでコーヒーを飲みながら、俺は覗うようにカナタの横顔を覗き見た。だが彼女の本心を知ることは出来そうにない。以前と比べて気安い間柄になったとはいえ、基本的にはポーカーフェイスと言えるほどに無表情な女なのだ。

 だが端整なカナタの横顔に、キョウヤにつけられた傷が残っていることに気付いた。そのことに、ほんの少し申し訳なさが顔を出す。なにせ俺を助けるために巻き込まれて出来た傷なのだ。

 と、俺の視線を感じたのか。カナタは息を吐くように表情を緩るませる。


「大丈夫よ。たいした怪我じゃないわ」

「それでもな。嫁入り前の顔に傷が残ったなんてことになったら、オッサンにどやされちまう」

「嫁入り前って何十年前の言葉よ……。実は貴方、相当サバを読んでたりしない?」


 軽い受け答えに俺は、どうやら本当に大丈夫そうだと密かに胸を撫で下ろした。嫁入り前は冗談だが、やはり跡に残るような傷というのは避けさせてやりたいからな。

 しかし緩んだ気配も束の間。カナタは顔を引き締め、真剣な眼差しでこちらを見つめ返してきた。


「今回の一件。そろそろ詳しい事情を教えてもらえるかしら?」


 そう言う彼女の瞳には『嘘は許さない』という意志が込められているように見える。警察の事情聴取には『訳も分からず誘拐された』と答えたが、カナタに対してそれは通用しないだろう。

 それに彼女には聞く権利がある。部外者というわけではないのだ。ならば関わってしまった以上、なぜあんなことになっていたのか知りたいと思うのは当然のことである。

 とはいえ、俺としてもはっきりした事情は把握出来ていない。なんと答えたものかと頭を悩ませていると、カナタがずばり切り込んできた。


「あの女性。宮園マイという名前らしいけれど、彼女が関係しているの?」

「というか、あの女が原因そのものだな。俺も巻き込まれただけに過ぎねぇのさ」

「確か記者だったかしら? 特ダネを追っていたら藪から大蛇ってところ?」


 彼女の出生にまつわる事情を知らなければ俺もそう思っていただろう。そして、そう思ったのならばここまで心を揺り動かされることはなかった筈だ。

 そう。俺は今、心を揺り動かされているのだ。


 父の信念がなんだったのかを探し、父の汚名を晴らそうとしていた宮園マイ。その行き着いた先があんな惨たらしい死に様でなければ、この件にこれ以上首を突っ込もうなどとは思わなかったんだがなぁ。


「……ちょっと? 貴方、ひょっとしてまだ懲りてないの?」


 俺の心の動きを正確に読みきったカナタが、呆れとともに嘆息していた。


「止めておきなさい。貴方を監禁していた男。それが誰か分かっているの?」

「いや知らん。死体で見つかったと言っていたが、身元の調べはついたのか?」


 耳まで大きく口の裂けた初老のあの男。明らかに堅気じゃない雰囲気を纏っていたが、彼もまたキョウヤの手により命を落としていた。

 一体あれは何者だったのか。キョウヤの口ぶりでは、あの男がキョウヤのターゲットだったようだが。

 それが判明したならば是非教えて欲しいと俺はカナタに期待の眼差しを向けたが、彼女は静かに首を振った。


「分からない。分からないから恐ろしいのよ」


 分からないから恐ろしい。

 その言葉を紐解けば、『警察の捜査力を持ってしても分からないほど裏世界の人物』という意味か。もしくは『分からないということにされるほど、警察も関わりを避ける人物』のどちらかだと俺は予想した。

 そしてそれは、恐らく後者だろう。

 なぜならあの男。そのバックには『先生』と呼ばれていた男がいるのだから。


「だからもう止めなさい。これは忠告よ」

「へいへい」


 彼女の忠告はありがたい。カナタは打算も裏表もなく、真っ直ぐ俺の事を心配してくれているのだ。

 しかしそうも言っていられないだろうことを俺は知っている。

 例え宮園マイの死に感じ入るところがなかったとしても、俺を狙った真の敵はまだ健在なのだから。

 無論そのことをカナタは知らないし、あの初老の男が死んだことで一応の解決と考えているだろう。

 ならばそう思ってくれていたほうが良い。


「……発信機。また必要みたいね」


 そう思っていたのだが、そんな俺の心を見透かしでもしたのか。彼女は不穏当なことを口走った。


「いや待て。なんだその浮気を疑う妻みたいな発言は」

「誰が妻よ馬鹿じゃないの馬鹿」


 馬鹿じゃないの馬鹿とはなんだろう?

 馬鹿と断定しているのなら、馬鹿じゃないのと訊ねるのはおかしいのではないでしょうかカナタさん。


「次も今回みたいに上手く助けられるとは限らないのよ? 分かってるの?」

「分かってるって。だから危ない橋は渡らない」


 しかし信じてはいないのか。カナタはこれ見よがしに息を吐き出し、それでも諦めた顔つきで立ち上がりながら俺を見下ろした。


「もういいわ。勝手に野垂れ死になさい」


 そしてそのまま事務所を出て行こうとする。

 どうやら怒らせてしまったみたいだ。そのことに少し心が痛んだ。

 なにせ彼女は本当に俺を案じて言ってくれているのだから。


「約束だ。危ない線は踏み越えないようにするさ」


 言い訳のように立ち去る彼女の背中に声をかければ、ふんっと言いたげにセミショートが揺れた。

 それを見送り、やれやれと俺はコーヒーに手を伸ばす。

 だがすでに飲みきっていたらしい。

 空になったカップを寂しげに見つめると、それに気付いたミューが嘆息した。


「マスターは女心が全然分かってないですね」

「アンドロイドに女心を諭される日が来るとは、俺もヤキがまわったもんだ」


 新しくコーヒーを注ぐミューを眺めながら、俺はそう苦笑した。


「まぁしかし、本当のことを言って変に首を突っ込まれるわけにもいかないからな。癇癪程度で済むならそれにこしたこたぁないさ」


 言いながら、俺はピンク色の手帳を取り出す。これは宮園マイが持っていたネタ帳である。

 結局返しそびれてしまったが、今となってはこれで良かった。彼女の足跡を辿り、何を追っていたのか知る手掛かりとなるのだから。


 ……いや、まさかな。


 不意に、これが彼女の遺言。

 あぁなる運命を悟っていた宮園マイが、これを俺に託した。

 そんな馬鹿な妄想が頭を過ぎったが、頭を振って俺はソレを脳内から追い出した。



 ……。



 宮園マイが残した手帳には、それ以上の有益な情報は記されていなかった。

 わざわざ監禁して拷問するくらいだ。もっと決定的な何かがあるのかと思っていたが、残念ながら空振り。

 奴等としても、知られたからではなく知られる可能性があったから始末した。その程度なのだろう。

 逆に言えば、可能性だけで人を容易く葬れる何かが隠されているということ。

 その事実に戦慄しつつも、だからこそ知りたい。そう思ってしまうのは探偵の性分というやつなのかもしれない。


 手掛かりは少ないながら、まずは一つ一つ潰して行くかと、俺は大和スズヒに会うことを決めていた。

 宮園マイは海の子事件の被害者を探していたし、あの手帳には大和スズヒの名も記されていたのだから。

 ひょっとしたら俺に会う前に、すでに接触していたのではと、そう考えたのだ。


 ニューポートセンター駅で自動タクシーを拾い、一路電子のお城を目指す。

 不安な点は、今回はお招きされていないということ。

 スズヒはメイドという立場であるし幾分気安い間柄ではあるが、家主は大企業の創業者。しかも俺を敵対視している爺様だ。

 嫌がらせのように門前払いなんて可能性もあるので、途中で目に付いた洋菓子店の前で俺はタクシーを降りた。手ぶらよりはマシだろうという考えだ。


 そこで一箱二千円の詰め合わせを購入し、再び法ヶ院邸を目指す。

 ここからであれば、再度タクシーを拾う必要はない。徒歩でも十分かからず到着するだろう。


 急ぐわけでもないことから、温かみを帯びてきた初夏の日差しに照らされて。

 俺は閑静な住宅街をのんびりと歩き始めていた。

 ここいら一帯は高級住宅街であるため、目に付く家々は一つ一つがかなりの敷地面積を誇っている。

 もちろん法ヶ院邸とは比べるべくもないが、それでも立派といえる家が整然と建て並べられていた。


 車通りや下品な宣伝をする店もなく、たまに小鳥が囀るくらいしか聞こえる音がない静かな小道。

 人とすれ違うこともなく、大和スズヒに会ったらまず何を聞くべきか。そんなことを考えながら道を歩いていると


 ――ッ!?


 不意に、何かを飛び越えた。


 何か。

 それが何なのか検討も付かないし、飛び越えたと言っても実際に何かがあったわけじゃあない。

 だが明らかに空気感が変化したのだ。

 まるで突然ライオンの檻に放り込まれたような、死神の鎌が首元に当てられているような。

 殺気にも近い嫌な気配が俺を包み、否が応にも心臓が早鐘を打ち始めていた。


 素早く動き出すことも躊躇われ、俺は静かに辺りに視線を配る。

 景色はなんら変わっていない。

 嫌味なほど立派な家々が立ち並び、高級住宅街にふさわしく、広くて緑豊かな公園が視界の端にある。

 耳には小鳥の囀りや羽ばたきが……聞こえない?

 いや違う。音がないんだ。一切の音がなくなっている。

 それに気付けば、耳鳴りがしそうな程に静寂が煩く感じられ始めた。


 異常事態。

 ここまでくれば明らかである。


「魔物……か?」


 このような経験は、数多の魔物との戦いでも記憶にはない。

 しかしジャルジャバのような強大な魔物。もしくはそれ以上の敵。

 そういうものがいれば、縄張りのような空間を造り出すことくらい出来るのかもしれない。


 縄張り。


 あぁ、この感覚はそれに近いかもしれない。

 何者かの縄張り、テリトリーに踏み入ってしまったというのが、今の状況を説明するのに一番しっくりくる。


 無意識に、俺は左胸を握り締めた。

 溜まっている魔魂はいまだに八個。聖杯は使えない。

 これが真実ヤバい魔物との遭遇だってんなら、俺の命運はここに尽きたかもしれないな。

 そう思えるほどに、背筋を嫌な汗が伝っていた。


 走馬灯のようにカナタとの約束を思い出す。

『危ない線は踏み越えないようにするさ』

 まさかこんな形で線を踏み越えるなんてな。これが噂のフラグっていうやつだったのだろうか。


 極度の緊張感に、苦笑したつもりだった頬が引き攣っただけだと気付く。

 そんな無様な醜態を晒していた俺に、どこからか。

 突然呼びかけるものがいた。


「いつまでボケッとしとんねん。はよぉ来ぃや」


 場違いなほど可愛らしい少女の声だが、今ここで俺に声をかけることが出来る人物など限られている。

 この異常事態を引き起こした張本人。声の主がそうだと仮定し、俺は油断なくそちらを目で探った。


 すると公園の中。

 場に似つかわしくない。場にそぐわない。

 いや違うな。この場に居てはならないが正しい。

 そんなモノが居たのである。


「あんまり気ぃが長いほうやないねん。待たせんといて?」


 黒と黄色の縞模様。

 警戒色を表した毛色の巨大な肉食獣。

 つまり、トラである。

 そのトラに跨った少女は、棒つきの飴を舐めながら不敵な笑みを浮かべていたのだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ