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case3 捕らわれの探偵9

 カナタがフォローしてくれたおかげで比較的短く済んだものの、それでも警察の事情聴取を終える頃にはすっかり日が昇ってしまっていた。

 そのままパトカーで送ってくれるという話になったが、俺はそれを固辞。なんとなく、のんびり帰りたい気分だったのだ。


 大きく欠伸を漏らしながらグッと背筋を伸ばす俺に、若干目元に疲れが見えるカナタが気安い素振りで近付いてきた。


「お疲れ様。貴方はこれからどうするの?」

「どうするもこうするも帰って寝るに決まってんだろ。疲れ過ぎて頭が働かねぇや。お前は?」

「私はまだする事があるからね。署に戻って報告書を作成したり」

「ご苦労なこって」


 真面目も過ぎれば毒になりそうなもんだが、それが当たり前だと思っているカナタにそんなことを言っても仕方ないだろう。

 到底俺には真似出来そうにない勤勉さには、頭の下がる思いである。

 しかしカナタは思いの外楽しげだ。疲れは溜まっているだろうに、どことなく浮ついているように見えるのだ。それを不思議に思い聞いてみる。


「なんか良いことでもあったのか?」


 立ち去りかけていたカナタはセミショートを揺らして振り返り、彼女にしては珍しい薄ら笑いを浮かべた。


「一課が追っている事件の被疑者とみられる最重要参考人。それこそが、あの東雲キョウヤだったみたいなの」


 そういえば一課は大忙しだと前に言っていたな。そのせいで暇な対策課は肩身が狭く、嫌味ばかり言われるとも。


「影すら踏めなかった男と接触したということで、一課の連中は蜂の巣を突いた騒ぎになってるわ。悔しがる顔が目に浮かんで……ふ、ふふふ……っ!」


 お、おぅ、と俺は思わずたじろいだ。

 正義の化身みたいなカナタとは思えないほど、とても邪悪な笑みだったのである。目の前に大釜でも置けば、魔女と言われても納得しそうなほどだ。

 まぁそれほど散々に言われて来たのだろう。よく考えれば、あのカナタが俺の事務所に逃げ込んでいるというのはよっぽどの事だったのだろうから。


「そりゃ良かったな。今までの分しっかりやり返してこいよ」

「もちろん……と言いたいところだけれど、捕まえたわけではないからそこまで大きくは言えないでしょうね。ま、幸いなことに手がかりになりそうな人物も目の前にいるし、近いうちに話を聞きに行くわ」

「うげっ」


 再度の事情聴取。それもカナタが相手となれば、相応に苛烈なものとなることが予想でき。潰れた蛙のような声を出して、俺は家路に着くのであった。



 ……。



 家に着くなり泥のように眠った俺が目を覚ましたのは、黄昏時を過ぎた頃合だった。

 さすがに少し寝すぎたかとボヤける頭を振って、俺は外出の準備をする。


「またお出かけですかマスター」


 その俺に、ミューが声を掛けてきた。


「ちょっとそこまでな。遅くなるつもりはないから、夕飯は頼む」

「かしこまりました。それではいってらっしゃいませ」

「行ってきます」


 ジャケットを羽織り入り口の扉を開けたところで、俺はハッとなってしまった。

 無意識のうちに挨拶を返していたのだ。


「まぁ、そのくらいはいいか」


 だが以前ほどの不快感はなく、寝癖を直すついでにボリボリと頭を掻いて。俺は事務所を後にした。

 扉が閉まる直前まで俺を見送っていたミュー。そのエメラルドグリーンの瞳は、ほんの少しだけ柔らかく笑んでいたように見えた。



 事務所を出ると、すぐに大通りへ。

 向かうはシガーバー『LosAngeles』である。


 街灯の光が届き辛く、ただでさえ暗い外観の店は、いっそ闇に溶け込むほどであった。

 だが営業時間が終っているわけではない。仮にもバーなのだから、むしろこれからがピークタイムだろう。


 カランコロンと鈴を鳴らして入店すると、俺はいつものカウンター席へ向かった。


「ピークもなにもなかったな」


 残念ながら、この店に忙しい時間帯というものはないらしい。店内を軽く見回してみるが、いつも通りに客は俺だけのようだった。


「これ見よがしに、いない客を探すのは止めてくれませんかねぇ旦那」


 と言いながらも気にした素振りのない男。この店のマスターであるドン・ベイパーは、カウンターの隅で紫煙を(くゆ)らせていた。


「やっていけているのかと心配してるんだぞ。ここが潰れてしまったら、貴重な葉巻を仕入れてくれる店がこの辺りになくなってしまうからな」

「そりゃあどうも。ま、心配には及びません。葉巻以外の方は、飛ぶように売れてますんで」


 へへっと口元を歪めたドンは、そう言って紙の束を取り出した。

 ちなみにドンが情報を紙媒体で渡すのは、処分が確実だからだそうだ。データだとキャッシュやらなにやらが残ってしまうらしい。機械類に疎い俺には、正直よく分からない話だったが。

 そんなことよりも、俺の目はすぐに手渡された資料の上を滑りだしていた。


「土間ゲンジロウについては、そこまで潜ってはいやせん。命あってのモノダネですんで」

「分かっている」


 その辺りの事情については事前に聞いていたので、俺は特に文句をつけずに資料を捲る。

 それでも資料には出身や所属政党はもちろん、懇意にしている議員や裏金の噂なんかも記されていた。


「この『先延ばし派』ってのはなんだ? 土間が領袖(りょうしゅう)みたいだが」


 良く分からない単語に解説を求めたが、ドンは唸りがなら煙を吐き出した。


「それがどうにも分からないんですよ。この集まり自体は十年以上前から存在していて、今では錚々(そうそう)たる御歴々が名を連ねてはいるんですが、それだけに、所属している議員の党も政策もバラバラで……」

「党内の派閥争いとは関係のない集まりってことか?」

「仰るとおりで。土間派とか113派とか言われてはいますが、なんの為の集まりなのかが判然としないんです」


 腑に落ちない説明ではあるが、逆に言えばそこまでしかドンは調べなかったということ。それ以上踏み込むことを躊躇わせる何かがあったのだろうと俺は察した。


「まぁいいさ。あ、ちなみに卵やらSOLTやらっていう単語は出てこなかったか?」

「なんです? 料理でも始めるつもりですかい?」

「いや、知らないならいい」


 どうやらそこまでは辿り着かなかったらしい。まぁ辿り着いてしまっていたらマイのように始末されかねないからな。知らないなら知らないままのほうが良いだろう。

 そう考え俺は次の資料。宮園マイについての調査報告に目を移した。


「二年前に中堅どころの出版社に入社。記者としてあちこちを飛び回り、嗅覚に優れたタイプではないが粘り強い取材で手堅い記事を書くタイプ。社内での評判も悪くないと」

「同じく情報を扱う者として、彼女のスタイルは嫌いじゃありませんねぇ。ちょっと型に囚われ過ぎる嫌いがあるみたいですが」


 表と裏ではあるが、同じ情報屋として通ずるところでもあったのか。ドンはマイのことをそのように評していた。


「ただ彼女が記者になった理由。これはいただけませんね」

「海の子事件を洗い直す為、か」

「えぇ。取材先で何度かトラブルも起こしているみたいですぜ」


 調査報告の資料には、その詳細も記されている。嫌がる被害者に無理やり面会しようとして警察を呼ばれたり、または被害者からの暴力沙汰だったりだ。


「結局彼女は何がしたかったんだ?」


 ドン曰く、宮園マイは海の子事件を父の仕業だとは考えていないらしい。

 だが実際にマイの父親である宮園セイダイの名は実行犯の中に名を連ねているし、マイ自身も今際の際(いまわのきわ)に父の行いの是非を俺に問うてきた。

 となると、考えられる可能性は一つ。


「海の子事件の結末とマイの父親がやろうとしたことにはズレがある?」


 それならばマイの心境も理解出来る。

 子供達を解放するという名目で行われた海の子事件が、子供達の大量死などという結末を迎える筈がない。父がそんな計画に賛同する筈があるわけないと、マイはそう思い続けてきたのではないだろうか。


「そういやそれについて、面白……くもないですが、気になる点がありましたね」

「どこだ?」


 言いながら資料を捲ると、その一箇所を指さしながらドンが説明してくれた。


「マイの父親は海の子事件で死亡しているんですが、その死因がおかしいんです」

「射殺されていたとあるな。これのどこがどうおかしい?」


 あの事件は、国の威信をかけて進められていた人口調整計画。その施設へのテロ行為だ。それに、人質として多くの子供達が捕らわれていた。なので異例とも言える速度で銃器の使用が認められ、実際に実行犯のほとんどが射殺されている。ならば何もおかしい事はないのではと俺は思ったのだが、ドンは宮園セイダイの体内から検出された弾丸。そこを指差して説明した。


「出てきたのはPMM弾。ロシア製のマカロフで使われる弾なんですよ」


 それは確かにおかしい。

 事件に対処したのは当然日本の組織。その中でも特殊急襲部隊であるSATならば、使用した拳銃から発射された弾は9mmパラベラム弾とかである筈だ。ロシア製のマカロフではないだろう。

 ならば必然。殺したのは施設の警備員や、追跡にあたった特殊部隊ということにはならない。


 考えられる可能性は、無関係な人間と考えるよりも実行犯の中の誰かと考えたほうが自然だろう。

 となると仲間割れ。もしくは口封じ……?


「旦那。この件、あまり首を突っ込まないほうがいいんじゃないですかい?」


 脳細胞を回転させ始めた俺に、ドンは珍しく物憂げな表情を見せていた。その忠告は適切だ。俺も分かっているのだ。この事件を掘り起こそうとすれば命が危ない。そのことをすでに分からされたばかりなのだから。


 だが――


「あの死に様を見ちまったらなぁ。暴いてやりたくなるじゃないか。彼女が一体何に殺されたのかを」


 それに、奴等が俺のことを諦めたのかどうかも確証がないのだ。

 東雲キョウヤがあの場にいた全員を逃さず仕留めたのだとしても、最低でももう一人。話を聞いた俺を疎ましく思っている人間がいるのは間違いないからな。

 ならばこちらから決定的な情報を掴んでおくのは、自分の命を守る意味でも必要なことである。


 だからついで。

 ほんのついでに


「宮園マイの無念。喰らってやるか」


 俺はそう呟いたのだった。




    case3 捕らわれの探偵  complete


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