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case3 捕らわれの探偵4

 あえて人通りの少ない道を曲がり、直後に建物の隙間へと俺は身を隠した。

 それからほどなく現れた三人の男達は、道の先に俺とカナタの姿がないことに気付いたのだろう。慌てて辺りを見回し始めている。


「俺になんか用かい? ファンだってんならサインくらいは書いてやるが、握手は勘弁してくれよ?」


 男達が俺の隠れている場所を通り過ぎたのを見計らい、その背後から現れて声をかけてやる。すると突然のことに狼狽し、男達が一斉に振り返った。


「おっと。変な動きは見せるなよ? 俺の指はすでにトリガーに掛かってんだ。びっくりして撃っちまうかもしれないぜ?」


 当然ながら、俺の手にはすでにカミーラが握られている。男達が銃を携帯していそうだとカナタが言っていたからな。先に牽制しておかなければならないのだ。

 だがなんと。それをお構い無しに、男達は懐へと手を伸ばしやがった。


 くそっ! 見破られてやがるっ!

 対魔銃は、人間相手では大して威力がないことにっ!


「だから言ったのよっ!」


 しかしこちらには銃よりもおっかない女。周りの景色がスローモーションのように見える異能『鈍界』を持った、雨宮カナタがいるのだ。

 男達を俺と挟み込むような形で現れた彼女はすでに抜刀しており、自慢の獲物『血桜』を振り下ろしていた。もちろん峰打ちではあるが。


「ぐっ……」


 それでも威力は絶大だ。肩口を狙い澄ました一撃で、男の一人があっさりと地に伏せた。

 次いで拳銃を抜いた男がカナタへと照準を合わせようとするのが見える。が、見えたのはそこまでだ。次の瞬間には、彼女の刀が下から男の手を弾き飛ばしていたのだから。

 なんとも見事な手際に、俺は思わず関心してしまう。さすが我が一番弟子だ。


「見惚れてないで捕まえなさいっ!」


 気付けば最後に残された男。彼は形勢不利と判断したのか、すでに逃げ出そうとしていた。カナタにケツを蹴飛ばされた俺が、その腰めがけてタックルをかます。


「ぐえっ!」


 しかし腰に抱きついたまでは良かったのだが、男が振り回した肘が俺の鼻に直撃してしまい、俺は思わず手を離してしまっていた。


「なにやってるのよっ!」


 背後からカナタが走り寄ってくるが時すでに遅し。男の背中は、すでに雑踏の中に消えていたのであった。



 ……。



 応援を呼び、捕まえた男達を署に護送し、事情聴取やらなんやらの事後処理がようやく終ったのは午後十九時を少し回った頃だった。

 どうやらカナタはオッサンの家に行くという約束を反故にするつもりはないらしく、俺を解放してくれる気もないらしい。

 たっぷり二時間待たされた俺のもとへ、ようやくカナタがやってきた。


「待たせたわね」

「二時間もな。美女との待ち合わせだったとしても、二時間は待たねぇぞ?」

「細かい男ね。いいじゃない、どうせ暇なんだから」


 それを言われてしまうとぐぅの音も出ない。いや実際今の俺は暇じゃなくなっているんだが、それを言うわけにもいかないからな。

 仕方なく言われるがままになり、俺は黙ってカナタと共に歩き出す。


「で、あいつ等はなんなの? こんな街中で拳銃ぶっ放そうだなんて、普通じゃないわよ?」

「知らないものは知らないぞ。あんな破天荒なお友達を作った覚えはないんだがなぁ」


 そう答えた俺の口調に淀みはなかっただろうか? 少し心配になりカナタの顔を覗きこむが、彼女は然して気にした様子はなさそうだ。そのことに、俺は心の中で胸を撫で下ろす。


 あの男達が何者か。

 知らぬ存ぜぬで押し通してはいたし、本当に何者なのかは知らない。だが心当たりはあるのだ。

 タイミング。明らかにこの手のプロ。であれば間違いなく。あの男達は、昨夜宮園マイを連れ去ろうとした奴等のご同輩だろう。


 そういや対魔銃が人間相手に効果が薄いことまで知っていたな。

 昨夜の失態を咎められ、対魔銃の知識を教わりでもしたのかもしれない。


 しかし、なぜ急に俺を標的にしたのだろうか? マイを連れ去るのを邪魔した報復? 仮にもプロが、そんな軽率な真似をするとは思えない。

 なら宮園マイに接触したから? 接触した人間を片っ端から襲っていたら、それこそキリが無いじゃないか。

 となれば……。


「うわっ」


 考えごとをしながら歩いていたから。俺は気付かずぶつかるところだった。

 目の前に割って入った雨宮カナタの顔面と。


「おまっ! なに考えてんだっ! 危うく口がくっ付くとこだったじゃないかっ!」

「嫌なの?」

「嫌だ」


 俺の顔面にカナタの拳が炸裂したのは言うまでもない。

 いつぞやの光景がフラッシュバックしたが、それでも気絶などという醜態は晒さずに済んだようである。というか手加減してくれたみたいだ。

 だが痛いものは痛い。折れ曲がった気がする鼻を撫で擦りカナタを睨みつけると、彼女は平然と言ってのけた。


「ま、私も嫌だけど」

「ならするなよ」

「だからしてないでしょ」


 なんだというのか。

 理不尽にもほどがあるぞ。


 しかしそのことに文句を言おうとした俺の襟をカナタが掴み、グイッと顔を寄せてきた。

 今度こそキスでもしてくれるのか? そんなおちゃらけた台詞は、やけに真剣なカナタの瞳に気圧されてしまって飲み込まざるを得なかった。


「なにか危ないことに巻き込まれてるんじゃないの?」


 五月の風に、ふわりと柑橘系の香りが混ざる。

 真面目な表情でこちらを覗きこんでいたカナタは、緩くウェーブのかかったセミショートの髪を揺らしていた。


「お前が心配するようなことじゃない」


 言うとカナタの表情は少しだけ憂いを帯、僅かに心がチクリと痛んだ。


「私じゃ頼りないかしら?」

「そういうことじゃない。本当に大したことじゃないんだ」


 そう弁明するが、カナタに信じた様子はない。まぁ無理もないだろう。拳銃を持ったプロ三人に襲われたのだ。これが大したことじゃないなら、この街の治安はスラム並ってことになってしまう。


 だがそれっきり、彼女は何も聞こうとしては来なかった。明らかに嘘だと分かっているだろうに。いや、だからこそか。明らかな嘘を付かれてまで突き放された。そう感じて怒っているのかもしれない。


 まぁそれならそれでいいさ。

 俺としても分かっているんだ。今俺は、どういうわけだがかなり危険な奴等に狙われているってことくらいはな。

 だからカナタには何も話せない。話してしまえば彼女も巻き込まれかねないのだから。


 ゆえに、これ以上カナタに心配をかけ、彼女が首を突っ込む前に。

 俺はこの件を秘密裏に片付けてしまう必要があるのだ。

 そして、その為の仕込みは先ほど終えた。


 俺がタックルをし、結果逃げられてしまった男。

 だがあれは、逃げられたのではない。逃がしたのだ。

 タックルをした時も、捕まえるために抱きついたのではない。発信機を取り付けるために抱きついたのだから。


 左腕のデバイスを起動すれば、あの男が今どこにいるのか分かるだろう。

 本来ならば、すぐにでも追いかけたいところだ。しかしここで急遽帰ると言えば、カナタは確実に俺の行動を訝しんでしまう。下手をすれば着いて来かねない。

 なので今は予定通りにオッサンの家へ。あの男を追うのは、明日になってからでも構わないだろうさ。


「師弟の関係は、家族みたいなものだって聞いたことがあるわ」


 歩きながら唐突に。雨宮カナタはわけの分からないことを言い出した。思わず俺はカナタを見やる。


「家族なら、貴方が弟で私が姉よ。姉に隠し事をするなんて、褒められたことじゃないわ」

「ちょっと待て。立場的にも年齢的にも、どう考えたって俺が兄でお前が妹だろ」

「賢くて頼れるほうが上に決まってるじゃない」


 フフッと、ようやくカナタの顔から笑みが零れる。あぁ、こうやって空気を換えるやり方。これはオッサンのやり方だ。

 不器用すぎて無理やり感が否めないが、そこが実にカナタらしい。カナタにとって俺が弟なら、オッサンはきっと父親なのだろう。

 そう思えば、俺も知らずに笑みを零していた。


「この国には年功序列って有難い言葉があるんだよ」

「死語ね」

「うるせぇよ。だいたいお前、なんか知識に偏りがないか? 師弟は家族同然だの、愛刀『血桜』だの……あぁ、そういやゲーマーだとか言ってたな」

「言ってないわ」


 否定するものの、そっぽを向いて空々しい表情を作るカナタ。どうやらゲーマーというのは当たりらしい。以前にレベルアップがどうこう言っていたからな。そうじゃないかと思ってたんだ。

 ならばアレも、その影響か。


「奥義。桜花散華――だったか?」

「――ッ!?」


 瞬間。空気が凍りついた気がした。

 いや、これは殺気!? あのジャルジャバすら凌駕するほどの殺気が、あろうことかすぐ隣から発せられていたのだ。


「死んで忘れて」

「死んだら忘れるもなにもないと思うぞ俺は」

「そ。なら死んで」


 その後もあーだこーだと言い合いながら。というか刀を振り回すカナタに追いかけられながら。

 俺達は父の家へと向かうのであった。



 俺が発信機の情報を頼りに男を追うことにしたのは、翌日の夜になってからだった。




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