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case1 残酷な依頼2

 嫌々ながら。

 本当に嫌々で、自分の幸運なのか不運なのか分からない運命を呪いながらも、ミューとの共生を認めた翌々日。

 ミューが次の依頼を俺に持ってきたのは、すっかり埃っぽさの欠片もなくなった室内に、コーヒーと焼きたてトーストの匂いが漂う早朝のことだった。


「マスター。依頼が来ました」

「そうか」


 ミューがいなかったつい一週間前までは、俺への依頼は依頼主がここを訪ねるか、電話などでコンタクトをとってくるのが常であった。

 なので常時ネットワークに接続されている彼女がいれば、今までよりも断然早いペースで依頼が舞い込むことは想定内である。


 とはいえ魔物絡みの依頼。そんなにホイホイ舞い込むのもどうかと思うのだが、魔物が起こす事件が年々増えているのもまた事実。そういうこともあるかと納得しつつ、俺は先を促した。


「マスターの条件に全て合致しておりますので、依頼は受諾しました。本日十一時、イーストパーク南にあるファミリーレストランにて面会を希望しております」

「分かった。ただしいいか? 次も婆さんだったら、俺はお前をスクラップにすることを躊躇わないからな?」


 前回のことを思い出しながら釘を刺すが、当の本人はどこ吹く風。自分は自分の仕事をしているだけだと言わんばかりに、淡々と食後のコーヒーを準備していやがる。


「ちっ……。しっかしこう立て続けだと不安になるな。俺が知らなかっただけで、魔物絡みの事件ってのは思った以上に多かったのか?」


 言いながらトーストに齧りつくが、そんな訳はないとも思っている。なぜなら徐々に認知され始めてはいるようだが、魔物など未だオカルトの粋を出ない話なのだ。


 特殊探偵などという看板を掲げている俺には当然そういった噂や話は多く流れてくるが、普通に暮らしていれば耳にすることなどほとんどないだろう。実際に魔物が起こした事件であっても、ニュースで取り上げられる場合は薬品事故やら精神異常者が起こした事件として報道されているのだから当たり前である。


「県警の対策課データベースにアクセスしましたが、近年の増加傾向は異常です。世間一般に魔物の存在が浸透するのは時間の問題かと」


 ん~?

 なにか聞いてはいけないことを聞いた気がするが、無視しよう。


「まぁしかしアレだな。聞いた話じゃ『異能持ち』も増えてるみたいだし、ご同業も増えてんだろうなぁ」


 魔物は通常の手段では倒せない。だからこそ危険視され、だからこそ俺のような専門家がいる。

 そして専門家に求められる能力は高い戦闘技術でも全てを見通す脳細胞でもない。『異能』である。

 異能を持ったものの血だけが、魔物を滅する力を有するのだ。


 ふと思い出したかのように、俺は自分の左胸をはだけて確認してみた。

 そこにあるのは聖杯を(かたど)ったタトゥーが二つ。いや、知らない者が見ればタトゥーに見えるだけで実際は違う。

 これこそが俺の持つ異能。『魔魂喰い』の証なのである。


「この前ので溜め込んだ魂は十八個か。あと二つで、聖杯は二つとも満たされるな」


 一人で確認してから、今度は左腕の手首に巻きついているリストバンドに触れる。すると左腕をディスプレイ変わりにし、そこにいくつものアイコンが表示されるのだ。


 機械類にあまり縁のない俺だが、このデバイスは便利だし必須である。

 左腕に触れるか触れないかくらいで画面をスワイプし、今日の予定に目を通していく。少しくすぐったいのだけが、このデバイスの欠点だな。


「依頼人との待ち合わせは十一時って言ったか? なら寄る所もあるし、そろそろ出たほうがいいな……あ、ミュー。傘はいるのか?」

「本日の天気は、午後十四時二十三分より二十三時三十七分まで雨が降る予定ですので、傘は必要かと思われます」

「了解だ」


 やけに細かく時間指定する天気予報だが、この予報が外れたことはない。というのも、この予報は高度未来予測システム『AVENIR』が発信しているからだ。

 2045年に訪れると言われていた技術的特異点(シンギュラリティ)。それを二年早めた天才エンジニア『五條ロクオミ』が作り上げた『AVENIR』の信頼性は抜群なのである。


 ショルダーホルスターに対魔銃があることを確認し、折りたたみ傘を持って俺はコートを羽織る。


「行ってらっしゃいませマスター」


 出かける準備を整えたのを見計らい、ミューが俺の背中に声を掛けてきた。

 ついつい応えそうになったが、俺は『行ってきます』の言葉を飲み込んだ。共生を渋々認めはしたが、不承不承である。なのでここが境界線。まだ俺は、このポンコツと仲良くやっていくつもりにはなれなかったのだ。



 ……。



 指定されたファミリーレストランは、昼前ということもあり空席待ちの客でごった返していた。

 途切れることのない入店客に混ざり、依頼者らしき女性を探して店内に目を走らせる。だが、なかなか見つけることが出来ない。

 そもそも今は客の大半がサラリーマンだ。ならば女性の一人客は目立つ筈なのだが……。


 と、視界の端で、こちらに手を振る人物を捉えた。否、捉えてしまった。


(あのポンコツ……ッ!)


 無邪気にこちらに手を振る女性に引き攣った笑顔で応え、俺は彼女の前の席へと腰を下ろした。とはいえにこやかに応対する気にはなれず、窓から流れる街の景色を眺めつつだったが……。


「あ、あのっ! 探偵さんですよねっ! えぇっと……」


 手にしたメモ帳を見ながら悩む女に、俺は嘆息しつつ名乗る。


「龍ヶ崎だ。龍ヶ崎トウマ。君が依頼人ということで間違いないのか? 間違っててもいいんだぞ?」

「間違いないですっ!」


 一際大きな可愛らしい声が店内に響くと、幾人かが振り返り微笑ましい顔を向けた。あるいは好奇の眼差しも含まれているだろう。それを煩わしく思って睨みつけると、そそくさと視線が逸らされる。


「見つけられないわけだ。確かに若い女ではあるが、あのポンコツは若いと幼いのイントネーションの違いすら理解出来ないらしい」


 思わず愚痴を零さざるを得ない。というのも依頼人を名乗る彼女の横には、傷一つない真新しいランドセルが置かれているのだ。

 つまりはそういうこと。この俺に依頼をしてきた人物は、小学校低学年と見られる女児だったのである。


 憮然としているだろう俺とは対称的に、女児は俺がちゃんと来たことが嬉しかったのか。両手でコップを支えながら、啄ばむようにストローを加えてニコニコしていた。


「あのな嬢ちゃん」

「リンですっ! 白石リン。よろしくお願いしますっ!」

「あぁうん。よろしく……じゃなくてだな」


 元気良く顔をあげて自己紹介するリンは、幼さを象徴するかのように輪郭は丸みを帯びており、見上げる瞳は大きくクリッとしていて可愛らしい。

 だが俺に幼女嗜好はない。なのではっきりと告げてやる。


「俺の仕事はとても危険なの。だから、その分依頼料は高額だ。言ってる意味分かるか?」

「はいっ!」

「うん、分かってないな」


 とはいえ無碍に断って泣かれる事態というのは避けたかった。

 ただでさえ幼女は目立つのだ。なのでこれ以上煩わしい視線に晒されないようにやんわりと断る言葉を選んだのだが、どうやら通じなかったらしい。

 仕方無しに、俺は今度こそはっきりと告げてやることにする。


「君に払えるような金額じゃないってことだ。悪いが依頼は引き受けられない」


 泣き出される前に去ろうとして、テーブルの上に幼女が飲んだであろう飲み物代を置く。

 そうして立ち上がりかけたところで、意外なほどはっきりした声音でリンが言った。


「払えるよ」


 まだ理解して貰えなかったかとゲンナリし「あのな」と言いかけてギョっとした。リンがランドセルから取り出した茶封筒。その中身が見えてしまったのだ。


「足りるよね?」


 子供とは思えない、やや挑発的ともとれる視線。しかしその自信の源は間違いなくあの茶封筒だろう。なにせその中には、帯付きの紙幣が二束も入っているのだから。


 確かにこのご時勢。リンのような子供がいる家庭ならば、相応に裕福であることは想像に難くない。だがそれでも、ポンッと事も無げに出されてしまった大金に驚愕し、思わず俺の口から本音が漏れてしまった。


「足りて……しまいましたなぁ……」


 あっ、と口を塞いだがもう遅い。リンはしっかりと俺の失言を聞き取り、ニヤリと口角を吊り上げていたのだ。

 本音を言えば、俺は初めから断るつもりだった。依頼料うんぬんはそのための口実に過ぎなかったのである。


 それは何故か?

 決まっている。依頼人が年端もいかぬ幼女だからだ。


 そもそもこの俺が、何故に特殊探偵などという危険な仕事に身をやつしているのか?

 異能という力を授かっていて、俺にしか出来ない仕事だというのも理由の一つではある。

 だがそれよりも、俺は美女とのロマンス。それを期待してこの危険な仕事に身を投じているのだ。



 恐ろしい魔物。それに襲われる美女。颯爽と現れ助ける探偵。

 吊橋効果とやらも合わさり、劇的な救出劇のあとにはめくるめく大人の夜が待っている。

 しかし翌朝。

 裸体をシーツで包んだ女は、いつの間にかいなくなった探偵を探す。

 そしてベッド脇のサイドテーブルに、俺からのメモを見つけるのだ。

『君はこちらの世界に来てはいけない。名残惜しいが、ここでお別れだ』

 そして彼女は、一筋の涙を流す……。



 これが俺のっ! 龍ヶ崎トウマの目指すべき理想のシチュエーションであり、憧れるハードボイルドの境地なのであるっ!

 もっとも顔見知りの刑事に話したところ「とうとう魔物に頭を食われちまったかぁ」と、残念な子を見る眼差しを向けられたがな。


「それが婆さんの次はお子ちゃまときた……。俺のハードボイルド人生は、いったいどこへ飛んでいったのだ……」


 男は背中で語るなどと言うが、俺の嘆きは全身から噴き出していることだろう。

 だがそんな心の機微を、依頼人の幼女が悟ってくれる筈もなく……。


「お母さんを助けて下さい」


 一転して悲しみを帯びた声で、依頼の内容が告げられてしまった。


「魔物か?」

「……うん。お母さんは信じてくれないけど」

「警察には?」


 通常。何か事件に巻き込まれたり、危機が迫っていると知ったのなら、真っ先に駆け込むべきは警察である。

 それは相手が魔物であっても同様で、あまり周知されているとは言い難いが、警察にも魔物絡みの事件を専門とする部署。対策課というのが存在するのだ。

 なので俺はそう聞いたのだが、リンは静かに首を振った。


「話を聞いてくれなかった……。私が子供だから。夢でも見ていたんだろうって……。それで学校の先生に相談したら、それならそういうことを専門にしている探偵さんがいるから、そこに相談しなさいって」


 ちっ、と頭の中で舌を打つ。

 勘違いして欲しくはないのだが、別にお鉢が回ってきたことに対する憤慨ではないぞ。

 頭を過ぎったのは、見知った老刑事の顔なのだ。正義感が強く面倒見の良いあの男ならば、幼女の話であろうと真剣に聞いた筈だ。だから対応したのは老刑事ではない誰か。その顔も知らぬ馬鹿に苛立ったのである。


 しかし同時に、疑問も浮かんだ。

 先ほどから幼女の話には、登場人物が一人足りない。


「父親はどうした?」


 狙われているという母親は、魔物自体を信じていないらしい。それは分からないでもない。まだまだ魔物など、信じるに値しない存在なのだから。

 だがこうして娘が依頼してきているのならば、それ相応の危険があったのは間違いないのだ。

 ならば警察に相談するのも、娘から真っ先に相談を受けるのも、父親であるべき筈だと俺は考えたのである。


 が、直後に俺は自分の浅慮を後悔した。


「……いません。いなくなってしまったってお母さんが……」

「そうか……。すまなかった」


 寂しいだろうに、悲しさを見せることすらないリンに、チクリと胸が痛んだ。

 しかしともあれ、状況は完全に把握出来た。


 母娘の二人暮らし。そんな中、突如として母の命が魔物によって脅かされてしまう。

 だが母は魔物を信じず、頼るべき者もおらず、それでもなんとかしたいと奔走して辿り着いたのが俺というわけだ。


 俺は決して善良な人間というわけではない。むしろ薄汚れた存在だとすら思っている。

 だから『ならば俺がお母さんを守ってやる!』などと、面映くて言う気にはなれない。それでもこの依頼を受けるならば、金以外に理由が必要だ。


「ちなみにリンのお母さんは、何歳くらいなんだ?」

「……え? えぇっと……若いよ? たぶん二十六、七歳くらいかな」

「よし。ありだな」


 予想はついていたが、その年代で未亡人ならばロマンスの相手として不足はない。いや、未亡人というスパイスは俺の気を惹くには十分過ぎる。

 金と下心満載の出会い。

 この二つを満たしてくれるなら、断る理由など微塵もありはしないのだ。


 かくして俺は、リンの依頼を受けることとなった。

 もっとも頭の中では、自宅に鎮座するポンコツをどう処分してやろうかと、それも忘れはしなかったが。


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