表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/60

case2 ダブルブッキング9

 その日の夕刻。

 スズヒから護衛の終了を伝えられた俺は、電子のお城を後にすることになった。


 見送りに出てくれたのは、その大和スズヒとリスラの二人。法ヶ院トシゾウは早朝からそそくさと出かけ、数週間は戻らないそうである。まるで俺と会うのを避けるかのように。

 聞きたい事や言い足りないことなど籠で売るほどあったのにと、俺は逃げた背中に歯噛みする。


「この度は本当にお世話になりました」


 そんな俺に、リスラが深々と腰を曲げた。

 屋敷内は暖かいからか、緩い首元の服装からたわわな双丘が零れ落ちそうに覗いている。これはリスラなりのサービスなのかもしれない。きっとそうに違いない。ならば遠慮なくと鼻の下を伸ばしかけた俺に


「リスラさんへのセクハラも『めっ!』ですよ? なにせこれから同僚になるんですから」


 隣に居たスズヒが、柔らかな髪を揺らして拳を振り上げた。目尻を下げた表情から、それが冗談だと分かるが。


「なんだ、タダ飯を食わせてやるわけじゃないのか。金はあるだろうにケチくさい爺様だなおい」

「それは私が固辞しました。弟の面倒を見て頂いているのに、私までタダでご厄介になるわけには参りませんので」


 なんと弟想いで常識人……常識魔物? な娘さんなのだろうか。是非とも龍ヶ崎探偵事務所の秘書に欲しい人材である。もちろん代わりに、あのポンコツはリストラだがな。


「旦那様は気にするなとおっしゃっていたのですけれどね。またあの魔物が襲って来ないとも限りませんから、ボディーガードのようなものでもあると」


 その可能性は俺も考えていた。

 だが同時に、それは薄いとも思っている。なぜならジャルジャバは、積極的にトシゾウの命を狙ったわけではないのだ。そうでなければ最後の時。逃げ出す前に、不意をついてトシゾウを殺すことくらい出来ただろうから。


 今回のゴタゴタは恐らく警告。トシゾウの敵対者は強硬手段も取れるのだぞと、そう爺様を脅したのだと俺はみていた。

 そしてたぶんトシゾウもそれに気付いているのだ。だからあれほどの余裕を見せていたのだろう。

 魔魂喰いの俺であっても喰えない爺様である。


 そうして美女二人に見送られ、俺はお屋敷から立ち去った。

 死闘を繰り広げ崩壊してしまったロビーを抜けると雪もほとんど溶けたのか。電子のお城にふさわしく、この季節には咲かない色取り取りの花々が、俺を見送るように咲き誇っていたのであった。



 ……。



「人捜し。上手くいってるんですかい?」


 帰る前にシガーバー『LosAngeles』へ立ち寄ると、胡散臭い男ドン・ベイパーが、下卑た笑いとともにさっそく依頼の経過を訊ねてきた。


「当然だろ、俺を誰だと思ってるんだ? あの程度の依頼とっくに解決済みだ」

「そりゃあ重畳。さすが旦那ですねぇ」


 満足気に俺の答えを聞き、ドンはブハッと咥えていた葉巻から大量の煙を吹き出した。濃厚な土と樹木を感じるこの香りは恐らくモンテフリストだろう。キューバ産の有名ブランドである。


「旦那も一本どうです?」

「あぁそうだな」


 勧められるままに一本受け取り、シガーカッターで吸い口をカットする。火を付けて二度三度と口いっぱいに煙を転がせば、コクのある芳醇な味わいを感じることが出来た。

 それを十分に楽しんでから吐き出すと、まるで重量があるかのように重たい煙がぶわりと鼻から抜けていった。


「美味いなぁ」

「でしょう? 最近は葉巻の入手も一苦労ですからね。これくらいの一品は、なかなかお目にかかれやせんぜ?」


 ドンの言葉を聞き流し、もう一口吸ってから俺は話を切り出す。


「そういや頼んでいたアレ。どうなった?」

「法ヶ院トシゾウの情報ですね? えぇ、集めておきやしたぜ」


 彼はもったいぶるように引き出しから資料を取り出し、それを俺に渡してきた。その間も「へへっ」と下卑た笑みを見せていることから、この情報に自信があるのだと窺える。


「まずは一般的に知られていることから。法ヶ院トシゾウは、相場の世界に彗星のごとく現れ連戦連勝。一時はインサイダーも疑われるほど、僅かな間に巨万の富を得た人物ですね。それまでは教鞭をとっていたらしいんですが、人生とは分からないもんですねぇ」


 ふむふむと、それを聞きながら俺も資料に目を通していく。


「築き上げた財産で企業を立ち上げそれも大当たり。市場に出回っているアンドロイドやデバイスなど、今や六割くらいはTHテクノロジー製です。まぁ時代の寵児とかなんとかってやつでしょう」


 思い浮かべるのは電子のお城である。

 庭を彩る花も噴水も。あそこはまさにTHテクノロジーを象徴した建物だった。


「家族構成は娘が一人とその旦那。今は彼に会社を預けていますね。で、その二人から産まれた自然児が孫娘のミハネ。現在は十七歳らしいですが、屋敷に篭っていて姿を見た人間はほとんどいやせん。どうやらトシゾウは、この孫娘を溺愛しているようです」


 立ち入りが禁じられたあの部屋。薄緑のカーテンの向こうにいた孫娘ミハネは、どんな顔で何を思っているのだろうか。気にならないといえば嘘になるが、今の俺にそれを確かめる術はない。


「さて、こっからが面白いところ。というか旦那。ひょっとして、ここからの話に一枚噛んでたりするんじゃないでしょうね?」

「なんのことだ?」

「へへっ。とぼけなくたっていいじゃありやせんか。美味そうな話なら、ちょっとくらいお零れをお願いしやすよ」


 口元を歪めるドンから視線を逸らし、俺は資料を捲り上げる。そこに書かれていたのは、トシゾウと代議士の確執。それと


「五條ロクオミ? 天気予報のおじさんか」


 記された名前をそう評すると、ドンは露骨に眉を顰めた。


「いやいや旦那。稀代の天才エンジニアを捕まえて、その形容はどうかと思いやすぜ?」

「あぁ、なんとかって未来予測システムだろ? 俺達の生活には天気予報くらいしか関係ないからな」

「そりゃあそうかもしれませんが」


 肩を竦め、誤魔化すように俺は葉巻を咥え直した。濃厚な土と樹木の香りに、少しだけ胡散臭いものが混じった気がする。


「トシゾウはロクオミのパトロンでしてね。多額の資金援助や設備を提供していたそうです。そうして作り上げたものはあちらこちらで役立っているわけですが、どういうわけかここ数年。そのロクオミが姿を眩ましているんです」

「姿を眩ましている?」

「えぇ。で、この代議士。土間ゲンジロウっていうんですが、そいつはトシゾウの仕業だと目論んでいるのか、ちょっかいをかけてるって噂ですぜ」


 なんの為にそんなことをしているのかは不明だが、しかし俺の頭で事象が結びつく。

 トシゾウ邸を襲った魔物ジャルジャバは、誰かの指示でそれを行っていた。その誰かが、ひょっとしたら土間ゲンジロウという男なのではないだろうか?

 そうであるならば、トシゾウが応接室に招き入れる人物として不自然ではないように思える。


「どうです? なんとなくきな臭い話でしょう?」

「まったくだな。少なくともメイドが大怪我を負ったり、天才探偵が振り回されたりする程度にはきな臭い」


 その言葉に、クイッとドンがサングラスをずらした。


「やっぱり噛んでるんじゃないですか旦那」

「たまたまだ。それに、もう俺の出る幕はなさそうだしなぁ」


 その後も、なんとか話を聞きだそうとするドンをかわしながら、俺は資料をパラパラと捲り続けた。

 どこから調べてきているのかトシゾウのパーソナルデータなども記載されており、感嘆を通り越して呆れるばかりである。

 とそんな中。トシゾウの孫娘、ミハネに関する記載に気になる一文を発見した。


「火傷?」


 ドンはそこには興味を抱いていなかったらしく、思い出すように同じく資料を捲る。


「えぇ、そうみたいですね。幼い頃に太ももの付け根あたりに火傷を負ったことがありまして、溺愛していたトシゾウは、そりゃあもう発狂せんばかりの大騒ぎだったそうですぜ」


 へへっと鼻を鳴らすドンを横目に、俺の脳裏を陶磁器のように美しい太ももが過ぎった。

 それはもちろんミハネの足ではない。俺は彼女に会ったことすらないのだから。


「悪い。急用を思い出した」


 そう言って資料を引ったくり、俺は急いでシガーバーから家へと急ぐ。

 どういうことだ?

 頭の中には天才的な俺の脳細胞をもってしても解答を導き出せない、不可解な事象で埋め尽くされていた。



 ……。



 ニューポートセンター街の大通りから一本路地を入って、立ち並ぶ雑居ビルの一つ。その地下へ向かう階段を駆け降りる。

 ところどころ錆び付いた鉄扉には、大きく龍ヶ崎探偵事務所と掲げられていた。


「おかえりなさいませマスター」


 勢い良く扉を開くと、そこにいるのが当然のように。

 エメラルドグリーンの瞳を輝かせ、しかし無表情な家庭用アンドロイドのミューが、コーヒーの香りとともに俺を出迎えてくれた。


「いいから脱げ!」


 コートとカバンを放り投げ、俺はすぐさまミューの着ているメイド服を脱がせにかかる。

 まるで女に飢えた獣のように映るだろうが、そうではない。確認すべきことがあるのだ。


「……やはりある」


 付ける理由もない下着も脱がせ、なんの窪みも凹凸もない平らな下半身が露になった。しかしそこには純白の雪原に零した一滴の墨のように。以前と変わらず火傷の跡が刻まれていたのだ。

 だが当然、彼女はアンドロイドのミューである。間違っても人間ではないし、法ヶ院ミハネであるということもない。

 ただの偶然。しかしそう片付けるには、あまりにも不可解であった。


「馬鹿だ馬鹿だとは思っていたけど、ここまで恥知らずな男だとは思ってもみなかったわ……」


 突然降って来た第三者の声に、俺はハッと振り返る。


「あ、いや、これはだな……」


 そこには仁王立ちで腕を組み、軽蔑と侮蔑とを百倍濃縮したような瞳でこちらを見下ろす恐ろしい女。雨宮カナタがいたのである。


 ミューの火傷跡を確かめたい一心で、周りを見ることが疎かになっていた。というか、彼女がいるなどとは露ほども考えていなかったのだ。

 しどろもどろになりながら答えに窮していると、今度は俺に押し倒され、下半身を露にしたミューから機械音声が流れ始めた。


「当機への性的接触は認められておりません。自爆機能を作動致します」


「はぁっ!?」


 俺とカナタの驚愕が重なる。

 そういえばそうだった! このポンコツは、どういうわけだがそんな厄介な機能を有しているのだっ!


「自爆まで残り一分」

「ちょっ!? ちょっと貴方なんとかしなさいよっ!!」

「うるさいっ! 黙ってろっ! てか手伝えっ!」

「はぁっ!?」

「いいからそっちの足を持てっ!」


 カナタを巻き込み、慌てて服を着せ始める。

 しかしその間にも、どんどんとカウントダウンは進んでしまい


「自爆まで残り四十秒」

「止まれよっ! 性的接触なんて考えてないことくらい察しろポンコツっ!」

「……残り十秒」

「余計な事言わないでよっ! カウントが大幅に短縮されちゃったじゃないっ!」

「知るかっ! てかなんだそれっ!」


 そんなこんなで、俺の帰宅はてんやわんやなものとなってしまった。


 ――結局。

 ミューの火傷の謎も法ヶ院ミハネに関することも。分からないことだけが降り積もり、なんとも釈然としない思いだけが残った今回の依頼。

 だがそんな疑念は慌ただしい日常に塗りつぶされて、しばし俺の頭を離れていくのだった。



     case2 ダブルブッキング  complete

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ