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case2 ダブルブッキング7

 自室で横になっていた俺の耳に、慌しく廊下を走る音が飛び込んで来た。

 時間は深夜一時である。

 何事かと起き上がりかけた丁度その時、ノックもなしに突然扉が弾かれるように開かれた。


「龍ヶ崎さんっ! 起きて下さいっ!」


 転がるように部屋に入って来たのは、この屋敷で働く副メイド長。大和スズヒである。

 顔面蒼白な彼女は寝間着姿のままで、その慌てようからも異常な事態が発生したのだと推測出来る。

 そしてこの屋敷で起きた異常事態ならば、何が起きたのかは想像に難くない。俺がここにいる理由。魔物が現れたのだろう。


「どこだ!?」


 ベッドから跳ね起きすぐさま対魔銃を握り締めて、俺は何があったのかではなく、どこなのかと問いただす。


「一階ロビーですっ!」

「お前は爺様のとこへ急げっ!」


 力強く頷き、スズヒは振り返りもせずに駆け出した。次いで俺も部屋を飛び出す。


 待ちに待ったトシゾウを狙う魔物。

 ようやく来てくれたか。待たせやがって。


 そう思った直後だった。

 屋敷全体を振るわせるような、凄まじい破壊音が一階から聞こえてきたのだ。

 その振動だけで俺の足元も一瞬グラつき、窓ガラスの何枚かに亀裂が走る。


「くそっ! 無茶苦茶しやがるなっ!」


 悪態をつきながら態勢を立て直し、すぐにまた走り出す。

 と、吹き抜けとなっている一階ロビーに、もうもうと砂埃が立ち込めているのが見えた。

 その中に巨大なシルエットを見止める。


「でけぇなおい」


 シルエットの高さはゆうに三メートルを超えていた。思わず驚愕が漏れたと同時。煙の中を貫くように、何かが俺目掛けて高速で飛んできた。


「うおっ!」


 走ってきた勢いを殺さずヘッドスライディング。二階の廊下を転がるように何とかそれを躱すと、飛んできた何かはそのまま二階の壁を深々と穿っていた。

 どうやら瓦礫の一部を投げつけてきたらしいが、破壊された壁を見るにとてつもない威力である。あんなものが直撃したら下手しなくても即死。聖杯を使う暇すらないだろう。

 その事実に思い至り、俺は背筋を寒くした。


「ほう? 今のを避けるとは。小癪な輩がまだ居たようだ」


 瞬間、立ち込めていた砂埃がぶわりと噴火した。否。噴火したのではなく、中から魔物が飛び上がったのだ。

 噴煙の中からその全貌を現した魔物。その姿は巨大な狼人間のようであった。

 奴は避けられたことに腹を立てたのか銀色に輝く双眸で俺を睨みつけ、鋭く尖った爪に殺意を乗せている。


「これならばどうだ?」


 と、ロビーから二階へ続く階段の手摺を踏み台に魔獣はもう一度。今度は鋭く跳び上がった。その射線上には俺。この魔物は俺を殺すつもりなのだ。


「お前の獲物は俺じゃねぇだろっ!」


 異議を唱えながら対魔銃を構え、俺は銃口を奴へと向けた。チクリと手の平に針が刺さる感触の後、迷うことなくトリガーを絞る。


 ――プシュ


 間抜けにも聞こえる射出音。だが対魔物という点においては絶対の威力を発揮する俺の相棒が、異能者たる俺の血液を弾へと変換して撃ち出した。


「ぬぐぅッ!!」


 とにかく当たれと撃った弾は、魔物の左肩へと吸い込まれていた。たまらず呻きを漏らしながら、態勢を崩した獣は階段の上に不時着。その場で肩膝を着いたのだが、眼光はますます鋭くなっていた。


「あのメイド以外に、手傷を負わせられる者が居るとは聞いていなかったぞ」

「知るかよっ!」


 呑気に会話している余裕はない。

 最初にやられた瓦礫の投擲。そして今の跳躍。この魔物は明らかに、今まで葬ってきた魔物の中でも上位に位置する力を有しているのだから。

 メイドに手傷を負わせられたという奴の言葉は気になるものの、それを聞きたいならあとで爺様にでも問いただせばいい。

 今はただ生き残るため、俺は無心でトリガーを引き続けた。


 プシュッ、プシュッ、プシュッ。


 連続する水気を帯びた射出音。しかし巨大な体躯を持ちながらも獣の動きは鋭敏だ。俺に的を絞らせないように手摺を、階段を、時に壁までをも踏み台にして、奴は縦横無尽に動き回っている。ここにカナタがいれば彼女の異能『鈍界』が大いに役立ったのだろうが、無いもの強請(ねだ)りをしても始まらん。


「師匠のピンチに何をやってんだアイツはっ!」


 だが強請るだけならタダである。

 来る筈もない援軍に悪態を付きながら、時折飛んで来る瓦礫や何かを避けつつ応戦する。


「やるではないか」


 しかし獣はそれを楽しんでいるかのように。口角をニヤリと引き上げ、鋭く尖った牙を剥き出しにしていた。

 こっちとしては楽しくもなんともない。むしろ俺を無視して獲物である爺様を喰らい、さっさとお帰り頂きたいくらいである。そんな弱気がちらつくほどに、この魔物は難敵であった。


「なんで俺を狙うんだよっ!」

「そう邪険にするな。楽しもうではないか」


 ククッと喉をならしつつ、魔物は次から次へと瓦礫を飛ばしてきている。

 当たれば必死の弾丸ライナー。いつしか俺は防戦一方となり、避けるので精一杯な状況に追い込まれていた。


「避けてばかりでは戦いにならんぞ?」

「生憎俺は好戦派じゃないんでねっ!」


 強がってみたものの、奴の言うことはもっともだ。

 今はなんとか避けられているが、いずれ遠くないうちに限界が訪れるだろう。それはそのまま俺の死に繋がる。


 柱を盾にし、それが削りきられる前に移動。魔獣とは常に対角線の位置を維持しながら少しずつ少しずつ。俺は優位に立てる場所へと奴を誘導していた。


 そうした魂を削るような地道な作業を経て、ついに千載一遇の好機が到来する。

 魔物が投げた瓦礫が柱を直撃し、柱が根元からポッキリと折れたのだ。


 階段の踊り場が崩壊しそうなほどの衝撃とともに、粉塵が辺りを覆い隠す。その悪視界の中、奴から俺の位置は見えないだろうが俺には見えていた。夜の襲撃ということもあり、予め血弾に蛍光塗料を混ぜておいたのだ。

 初弾で穿った奴の左腕。それが煙に覆われたロビーの中で僅かな光を放っている。


 俺はここで確実に仕留めるべく急ぎながらも足音を殺し、魔物の死角へと走り寄った。


「ぬっ!? どこへ行ったっ!」

「ここだっ!!」


 奴との距離は僅か二メートル。思いがけず近距離から返った声に、驚愕とともに魔獣が振り返った。


「くたばれっ!」


 照準はすでに奴の額。いかにすばしっこい魔獣であろうともこの位置なら外さない。

 勝利を確信し、俺はトリガーを引き絞ろうとして――。


「嘘だろおい……」


 出来なかった。

 狙いを定めた魔物の額に、まるでここを撃てと言わんばかりに。大きなバツ印の古傷を見つけてしまったのだ。


「小癪っ!」


 刹那の勝機は失われ、射線から外れるように身を屈めた魔獣はそのまま低い態勢を保って俺へ突進。躱さなければ死ぬと俺の全身が粟立つが、反応が遅れてしまい


「ぐぁッ!!」


 まるで巨大な丸太に殴られたような衝撃を受けて俺の身体が軽々と吹き飛んだ。

 半壊していた正門をぶち破り石段を転がって外へ。降り積もっていた雪が多少は衝撃を緩和してくれたかもしれないが、それを実感出来るほど優しいダメージではない。

 呼吸が止まり、それでも思わず咳き込むと、白い雪のキャンバスに真っ赤な血溜まりが出来上がっていた。間違いない。内臓をやられたのだ。


「ふむ。終わりか」


 その俺にトドメを刺そうと、霞む視界の中で魔物の巨体がゆっくりと近付いてくるのが見えた。

 これは不味い。このままでは避けることも抗うことも不可能だ。

 絶対絶命の中、俺は左胸を掻き毟る。聖杯。使わざるを得ないか?


「……おい。……美人の姉ちゃんが悲しむぞ?」


 聖杯を使用すれば俺の傷は全回復し、なおかつ対魔物の能力が向上することは間違いない。しかしそれで、奴を倒せるだけの力を得られるかは不透明なのだ。

 だからタイミング。奴の度肝を抜き、油断を突けるタイミングが重要なのである。

 その隙を作ろうと話かけたのだが、魔物はなんら動きに躊躇いを見せてはくれなかった。


「知らぬな」


 瞬間。目視していた筈の奴を見失う。それほどの速度で魔物は俺へと迫ったのだ。


 やばいっ! 見誤ったっ!

 今の話題で、少なくとも動揺くらいしてくれると思っていた。

 しかしそれを無視されてしまえば俺のほうが窮地。今からでは聖杯を使って回復した直後に、再びダメージを負ってしまうのだ。だが使わなければそれはそれで絶死。最悪の状況。チェックメイトである。


「くっそがぁっ!!」


 だからといって、座して死を待つなど俺の教義に反するのだっ!

 俺は左胸の聖杯に意識を集中し、そして――


「ぬぐぅッ! 何奴ッ!」


 俺の目の前から、魔物は驚愕の声を残して吹き飛んでいた。

 呆気に取られつつ何が起こったのかと周りを見渡すと、俺にトドメを刺そうとしていた魔物以外にもう一体。どこからともなく魔獣が現れ、魔物を攻撃したのだと分かった。


「待っていたぞジャルジャバっ!」


 そして憎しみを込めて魔物の名を叫んだもう一体の魔獣。ジャルジャバと呼ばれた魔物に比べるとかなり小柄ではあるが、それでもそいつは牙を剥き出しにしてジャルジャバを威嚇していた。


「貴様ボドウェーか? こんな異界にまで追ってくるとは正気か?」

「うるさいっ! お前に付けられた額の傷が、お前を殺さないと疼いて仕方ないんだよっ!」

「ふんっ! ならばその疼き、俺が止めてやろう。死ねば疼くこともあるまい?」

「黙れジャルジャバっ! 今日こそ父さんと母さんの仇、取らせてもらうぞっ!」


 なにやら因縁めいた会話を交わし、戦い始めてしまった二体の魔物。

 それを眺めながら腹を押さえて、俺はよろよろと立ち上がった。


 いかに頭脳明晰な俺であってもこの展開は予想外である。

 とはいえ、どうやらボドウェーなる魔物がジャルジャバと敵対しているのは間違いない。

 ならばここは共同戦線。いや、利用させてもらうことにしよう。


「当たれよっ!」

「しつこい」


 縦へ横へと攻撃を繰り出すボドウェー。それをジャルジャバは、紙一重の体捌きで器用に躱し続けていた。だがそこに、今度は俺の援護射撃が加わる。


「ぬっ!?」


 ボドウェーの攻撃に合わせてジャルジャバの退路を塞ぐように。

 当てることが目的ではなく、自由に動くのを封じるための攻撃である。

 その意図に気付いたジャルジャバは露骨に顔を歪め


「死に損ないがっ!」


 と、俺へ狙いを定め飛び掛ってきた。

 一方こちらは重傷を負っており、腹部を押さえながらフラフラの状態。吹けば飛ぶような頼りない足取りである。

 だからジャルジャバの攻撃は単調で、それでも満身創痍の俺を難なく殺せる――


「と思ったか?」

「な――ッ!?」


 先ほどまで苦しそうにしていた者とは思えぬ速度でジャルジャバの攻撃をかわし、突如俺が反撃に出る。意表を突かれたジャルジャバはそれに対応出来ない。


「てめぇの命、俺が喰らうっ!」


 ブシュッ!


 吐血した血をも全て血弾と変え。

 威力を数倍増していた対魔銃カミーラが、必殺の弾丸を魔獣の額に向けて解き放った。




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