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case2 ダブルブッキング5

 本日の夕食はロールキャベツとポトフ。それから魚のムニエルだった。

 確かに美味しいのだが、昨夜の料理と比べると二段も三段も落ちてしまっている。


「屋敷の主人がいないとはいえ、随分安く済ませるじゃないか」


 皮肉気にそう言うと、側に控えていたスズヒが苦笑を零した。

 そう。依頼主でもある法ヶ院トシゾウは、今夜は帰って来ないそうなのだ。

 なので夕食は肩肘の張ったものではなく、庶民的なものが並べられているのだろう。それでも爺様と対面して食べる食事よりは、幾分美味しく感じられたのだが。


「経営から退いたとはいえ、旦那様はお忙しい方ですから」

「出先で襲われたらどうにも出来んぞ?」

「織り込み済みだそうです」


 織り込み済み。まぁそうなのだろう。護衛たる異能者の俺をここに閉じ込め、自分は外を出歩いているわけだから。


「明日の夕方にはお戻りになられますので、用事がおありでしたらその時に」

「用事があるのは俺じゃなくて魔物の方だろうよ。俺としては、顔を合わせなくて済むならそれに越したことはないさ」


 冗談だと受け取ったのか、ふふっと笑みを零し、スズヒは空になった皿を重ねていく。


「一体なんなのかねぇ、この状況は」


 ボソッと零れた愚痴。だがスズヒからの反応はない。

 彼女はどこまで事情を知っているのか。柔らかそうな髪に隠れて、その内情を窺い知ることは出来なかった。


「お風呂は何時頃に入られますか?」


 と、不穏な空気を感じ取ったのか。話題を提供しようとスズヒが訊ねて来た。


「風呂か。いつもならシャワーで済ませるところなんだが……」


 昨日はここに来る前にシャワーを浴びていた。というか、元々俺は朝シャワー派なのである。なので面倒だと思ったのだが、その気持ちが表に出てしまったのだろう。スズヒは子供に諭すような口調で、やんわりと俺を窘める。


「大浴場も御座いますし身体が冷えてもいけないでしょう? 特に今夜は雪になるそうですし、ゆっくりと温まってからお休みになってはいかがですか?」

「……たまにはそれも悪くないか。ついでに背中でも流してくれると尚良いのだが?」

「私へのセクハラも当然ダメです」


 めっ、と怒って見せるスズヒに頬が緩み、先ほどまでの不平不満が霧消した。彼女の企みに乗ってしまったようだが、まぁ良いか。


「じゃあ二十時頃に入らせてもらおう。ちなみにスズヒは何時頃に入るんだ?」

「普段ですと旦那様がお休みになった後。だいたい日付が回った頃ですね」

「ほほぅ?」

「今日は旦那様がいらっしゃいませんので不定時です。なので覗こうとしても無駄ですよ?」

「ちっ」


 軽いやり取りに目尻を下げ、いつの間にか済んでしまった食事の片付けを始めていたスズヒ。

 俺はそれを見届けてから、部屋に戻るため食堂を立ち去る――のだが、俺の足は部屋へ向かわない。

 向かうのは、北西の部屋である。


 これからスズヒは食器を洗って片付けるだろう。そしてそのまま風呂の準備に取り掛かる筈である。

 そのために、俺は風呂の時間を二十時と指定したのだから。


 よって、俺の監視は一時間近く空くことになる。

 作り上げたこの機会を逃すつもりはなかった。


「まぁスズヒが監視役……とは、あまり思いたくないのだがな」


 しかし本人にその気があるにしろないにしろ、与えられている役割にそう違いはない筈だ。

 俺は他のアンドロイドメイド達の目も掻い潜りつつ、北西へと足を運ぶことにした。



 ……。



 法ヶ院邸の西館は、屋敷に住んでいる者達の居住スペースとなっている。

 左腕のデバイスから法ヶ院邸専用アプリを起動した俺は、その部屋割りを確認していた。


 絨毯の敷かれた長い廊下にはいくつも扉があり、手前はほとんどがメイド用の部屋になっているようだ。その中には当然スズヒの部屋もあった。

 実に気になるところではあるが今は無視しよう。柔らかな物腰には似つかわしくない派手な下着があるかもしれないし、ベッドは香しい匂いに満ちているかもしれないが、今はとにかく無視しよう……。

 と後ろ髪を引かれつつ奥へ進むと、俺は曲がり角の手前で慌てて立ち止まった。


 この先に行ってはいけないと言われた部屋があるのだが、曲がり角から様子を覗うと、部屋の前にメイドが二人も歩哨していたのだ。


「厳重すぎるだろ」


 俺としても好き好んで騒ぎを起こしたいわけではない。

 しかしこうまでして隠されると、是が非でも何があるのか確かめたくなってしまう。もはやそこに何があるのか暴くのは、探偵としての義務にすら思えるのだ。

 そしてなによりも、昼間に見たエメラルドグリーン。見覚えのあるあの瞳が、どうにも気になって仕方ないのである。


「とはいえ、さてどうしたものか。対魔銃は魔物以外に効果が薄いし、大体アンドロイドを破壊してしまうのは気がひける。スズヒにあんな悲しい顔をさせるのは俺の本意じゃないしな」

「それは嬉しいです。お優しいですね龍ヶ崎さんは」

「そうだろう? 頭脳明晰にして頼り甲斐があり、日夜魔物と戦いつつも、女性には優しい。それが俺、龍ヶ崎トウマなのだ」

「素敵です」


 賞賛に気を良くし、ふふんと胸を反らしながら振り返れば、ニコニコと笑顔を絶やさない大和スズヒがそこにいた。


「……おや? 何故ここにいる?」

「メイドですから」

「職務に忠実で感心なことだ。しかし、風呂の準備はどうしたのだ?」

「ご安心下さい。他のメイドにやってもらってますので」

「そうか。ではこれで……」


 言いながら立ち去ろうとしたが、その襟首をグイッと掴まれてしまった。まるで捕らわれた子猫のようである。


「龍ヶ崎さんはこんなところで何を? 行ってはいけないと言いましたよね?」

「そうだったかな? なにぶんまだ屋敷に慣れてなくてね」

「地図もお渡しした筈ですが?」

「……」


 上手い言い訳が思いつかず沈黙してしまうと、はぁっとスズヒが長い溜息をつく。


「もう。お願いしますよ。私が旦那様に怒られちゃうじゃないですか」

「いや、迷惑をかけるつもりはないんだけどな? ちょっとだけ。ほんの先っちょだけでいいんだ。何があるのか覗かせてくれれば」


 そう懇願すると、もう一度盛大に嘆息し


「何の部屋なのか教えて差し上げれば諦めてくださいますか?」


 スズヒはそのように提案してきたのだ。

 もちろんその内容が真実ではない可能性はあるのだが、こうなってしまっては仕方がない。

 俺はその言葉を信じることにし、静かに首を縦に振った。


「……お嬢様がいらっしゃるんですよ。旦那様にとっては、目に入れても痛くないほど溺愛しているお孫さんが」

「孫娘……? それだけ? なら別に、ここまで俺を遠ざけなくてもいいんじゃないか?」

「理由までは知らされてません。でも本当のことです」


 つまり爺様は、なんとしても俺とその孫娘とやらを会わせたくないと、そういうことなのだろうか?

 もしかして孫娘は絶世の美女で、俺を害虫か何かだと勘違いしていらっしゃる? こんな紳士を捕まえて?


「さ、約束です。お部屋に戻りましょうね」


 とはいえ俺はスズヒを信じると決めてしまったし、交わされた約束は履行しなければならない。

 若干、深夜徘徊する老人のような扱いに不満も感じるが、抵抗することはせず。俺は大人しく自室へと戻るのであった。



 ……。



 ふかふかベッドに寝転がり、俺は慣れない天井の壁画を見上げていた。

 だがどうやら俺の脳細胞は、草臥れたソファーであろうと高級なベッドであろうと関係なく働いてくれるらしい。なので遠慮なく、この屋敷に着いてからのことを整理し始めたのだ。


 はっきりいって、腑に落ちない点が多すぎる。

 護衛して欲しいと言うので来てみたが、肝心の護衛対象は俺を側に置いておく気がないらしい。それどころか買った覚えのない恨みでもあるようで、法ヶ院トシゾウはやたらとこちらを敵視してきていた。


 そんな状況なのだが魔物の被害は実際にあり、尋常ではないほどに荒された応接室と、破壊されたアンドロイド。さらにスズヒの話では、メイド長までもが重傷を負っているそうだ。

 相応に危険な相手だと推測出来るが、『獲物に恐怖を溜めさせる』という行動にしては少しやりすぎ。少なくとも、今まで俺が出会った中にここまで目に見えて暴れる魔物はいなかった。


 そして最後に、孫娘とやらがいる禁じられた部屋。

 トシゾウはその孫娘を溺愛しているようなので、男を遠ざけようとするのは分からなくもない。

 しかし部屋の前に歩哨を置いてまでガードするようなものなのか? 男に靡かないようにどころではなく、一目たりとも触れさせてなるものか。そんな絶対の意志を感じるようではないか。


「結局のところ何も分からず仕舞いだなぁ。ほんとこんな依頼受けるんじゃなかったぜ」


 スズヒがこの依頼を龍ヶ崎探偵事務所に持ち込んだタイミング。

 あれがもう数日早ければ、俺は他の依頼を遂行中だったために受けることはなかっただろう。

 そしてもう半日遅ければ、カナタが本業で忙しいと聞いていただろうから、この場合も受けなかった気がする。

 本当に間が悪いというかなんというか……。


 と、カナタの事を考えてしまったからだろうか。

 左腕のリストバンドが振動し、見てみると『胸の貧しき民』より着信中であった。


「よう、どうした? 俺に会えなくて寂しくなったか?」

『相変わらず馬鹿のようで安心したわ。それより聞きたいことがあるの』


 軽めのスキンシップを交わすと少しだけ声のトーンを落とし、カナタは聞きたいことがあると言ってきた。


『貴方、昨日言っていたわよね? 人を捜して欲しいって』

「あぁ言ったぞ。捜してくれる気になったのか?」

『その捜し人。本当に人間?』


 なに?

 思わぬ言葉に俺の語気が強まる。


「どういう意味だ」

『貴方から聞いていた特徴。額にバツ印の傷跡があるというのは、間違いないことなの?』

「実際に見たわけじゃないが、確かにそう聞いてるぞ」


 そう答えるとやや長めの沈黙があり。それからカナタは、覚悟を決めたように言葉を紡いだ。


『今こっちで追っている魔物の特徴と一致するのよ』


 魔物?

 ではなにか? あの巨乳の女は魔物の弟を捜しているということか?

 いや待て。そうなると、必然的にあの女も魔物ということになるのではないか?


『気をつけたほうがいいわよ。上がってきている目撃情報は身の丈三メートルを超える化物という話だったり、かと思えば素早く動く小柄な怪物だったり。額のバツ印以外はバラバラの情報ばかりで、対策課でも容姿すら特定出来ていない。厄介な相手なのよ』


 硬さのある声には焦りが色濃く表れていた。それは魔物を見つけられないという焦燥感もあるのだろうが、こうして連絡をしてきてくれたのだから心配。カナタは俺の身を案じてくれたのだ。


しかしそれに気づくとどうにもむず痒く、誤魔化すように、俺は内ポケットからメモ用紙を取り出した。


「追っているものが同じとは限らないが念のためだ。今から言う名前と連絡先をメモれ。俺にその男を捜してくれと頼んできた女の連絡先だ」

『……分かったわ。ありがと』


 そうして通話を終えた後。再び俺はゴロンと寝転がった。

 一体何がどうなっているのやら。謎は増えるばかりである。

 ふと窓から外を見れば、外れることのない予報通りに。しんしんと、雪が降り積もり始めていた。



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