case2 ダブルブッキング4
無駄に豪華な法ヶ院トシゾウの邸宅。ご近所さん曰く『電子のお城』に滞在することになった次の日。俺はさっそく邸内を散策し始めていた。
もちろんこれは捜査のためである。大和スズヒの尻を追いかけるためでも、もう一人の生身のメイド。まだ見ぬメイド長を捜すためでもないと強く明言しておこう。
まずは一階に下りる。
時間は午前十一時。朝食は自室で済ませたので、今朝はあの不機嫌な爺様と顔を合わせずに済んだ。
というのも、どうやら彼はほとんど家にいないらしいのだ。それでどうやって護衛しろというのか分からんが、俺は付いて行かなくて良いそうである。それはそれで嬉しいが、ますますもってこの護衛依頼の不自然さが際立つな。
「おはようございます龍ヶ崎様」
「おう、おはよう。今日も寒いな」
そんなことを考えている間にも、何人ものメイド達とすれ違う邸内。これらが全てアンドロイドというのは本当のようで、試しに胸を鷲掴みしてみたがビンタも罵倒も飛んでは来なかった。
「あまり彼女達にセクハラするのは控えて下さいね。アンドロイドではありますけど、私の同僚に変わりはありませんので」
しかしそんな様子をどこからか覗き見られてしまっていたようで。出会った大和スズヒには、やんわりと怒られてしまったが。
だが丁度良い。彼女には聞きたいことがあったので、俺はそのままスズヒを連れて庭を歩くことにした。
庭の花壇には昨日と違う色の花が咲き乱れている。
スズヒの話では一年間三百六十五日。毎日違う花が咲いているそうだ。ホログラフィならではの楽しみ方といったところか。
無論触ることも匂いを嗅ぐことも出来ないので、無機質で寂しい感じは否めないが。
「スズヒはいつからここで働いているんだ?」
それでも花を楽しみつつ。目を細めて柔らかく微笑んでいた彼女に、俺はそんな質問をしてみた。
「もう十五年になります。旦那様に拾っていただいてから」
「拾って? いや、それよりも十五年? 君は自然児か?」
子供の出産と育児。そして教育を、国が一手に管理するようになってから三十余年。国の施設で育てられた子供達は、十六歳を迎えるまで社会に出てくることはない。
どう見ても三十を越えているようには見えない大和スズヒ。なので、俺は彼女が自然児。つまり一般の男女から産まれ、育てられた子供なのかと聞いたのだ。
「そういう訳ではないんですよ。聞いたことありませんか? 『海の子事件』って」
思わぬ言葉がスズヒの口から飛び出し、俺は思わず目を見開いた。
海の子事件。それは『子供は愛し合う男女の間に授けられるのが自然である』という教義のもと、急激に信者を増やした新興宗教。『海の子供達』が引き起こしたテロ事件のことである。
「国の教育施設を爆破し、そこにいた子供達を解放という名目で誘拐したアレだな」
スズヒは首を縦に振って肯定した。
「連れ去られた子供達の中には警察に保護された子もいたようですが、大半は野放しにされてしまったんです。襲われた施設にいたのは全員が当時九歳でしたから、一人で生きていくなんてことは不可能で……」
この事件はその後、連れ去られた子供達が続々と遺体で見つかるという最悪の結末を迎えたのだ。
「だから旦那様に拾われた私は運が良かったんだと思います。伝え聞いた話では、生き延びた他の子達は身を売ったり非合法な組織に入ったり。悲惨な末路を辿った子も少なくないですから」
「万引きして警察に捕まり、特殊探偵になったりな」
え? とスズヒが顔を上げる。
過去を思い出し、その瞳は少し濡れているようだった。きっと自分だけが幸せに暮らしていることに罪悪感を覚えていたのかもしれない。
「ひょっとして、龍ヶ崎さんも?」
「こんなところで同窓会が出来るとは思わなかったぞ」
互いに面識はなかった。いやあったのかもしれないが、今は昔。遠い記憶の彼方である。
にも関わらずスズヒは俺の胸にしがみ付き、嗚咽とともに無事を喜んでくれたのだった。
……。
その後、昼食を取ってから。
俺は落ち着きを取り戻したスズヒの案内で、魔物の被害があった場所を回ることにした。
まずは一階の応接室。
そこは屋敷に入って東側にある、二十畳ほどの洋室だった。
高級木材を使用している扉は固く閉ざされており、今は『立ち入り禁止』と張り紙が張ってある。
「中はまだ荒れたままになっておりまして……。魔物騒ぎが一段落してから、全てまとめて業者に直させると旦那様が」
説明しながら、スズヒがポケットから鍵を取り出した。カチャリと良く手入れされている音を鳴らし、鍵が開かれる。
「足元にお気をつけ下さいね」
扉が開かれた先。そう言いながら足元を指し示し、スズヒが室内へと誘導してくれた。
そして見渡せばなるほど。凄まじい荒れっぷりである。
重厚な机も高価そうなソファーも。壁に飾られていた、どれほど値打ちがあるのか分からない絵画も。
全てが破壊し尽くされた部屋だったのだ。
ひょっとしたらこの部屋の被害総額だけで、俺が一生働いても足りないのではないだろうか。
「一生どころか五生でも足りませんよ?」
ふふっとスズヒがイタズラな笑みを見せた。先ほど同じ境遇だと知ったからか。俺と彼女の距離は大分縮まったようである。
「マジかよ。なら多少お持ち帰りしても構わなそうだな」
なので俺も気安く返答し、床に落ちていた珍しい高級葉巻をそっとポケットに忍ばせて
「だからって見逃しませんけどね?」
スズヒにピシャリと叩かれてしまった。
見たことのない銘柄なので、是非とも頂いてしまいたかったのだが。そんな懇願を込めてスズヒを見やるが、毅然と腕を組んでいた彼女はニコリと微笑みながらも首を振った。
「やはり駄目か」
「当たり前です」
そうして互いに笑顔を交換しつつ、それでも俺の視線は鋭く室内を見回していた。
そしてそれは、割られた窓ガラスのところでピタリと止まる。
「どうかなさいましたか?」
真剣な顔つきになった俺に気付いたのだろう。スズヒが心配そうに瞳を揺らした。
「窓。割れてるんだな」
「そうですね。随分と酷い暴れようだったみたいです」
「の割りに、ガラス片は室内にあまり散乱していないようなんだ」
言われてみれば確かに、と。スズヒもそれに疑問を持ったようだ。だがすぐに、その答えに至る。
「窓は外からではなく、中から割られたのではないでしょうか?」
ふむ。と頷き、俺は割られた窓に近付く。そしてそこから外の地面へと目を走らせた。
するとスズヒの言葉を証明するように、土の上にいくつも煌く欠片を見つけた。確認するまでもなくガラス片だろう。
その近くには、ここから立ち去る大きな獣の足跡も残っていた。
「どうやら正解みたいだぞ。やるじゃないか」
「えへっ。そうですか?」
褒められて満更でもないスズヒ。だが俺は、本当に厄介そうな依頼だなと、そう思わずにはいられないのであった。
……。
応接室を一通り調べた俺は、今度は屋敷から分離した倉庫。庭の奥にある物置小屋へと足を運んだ。
だがこちらは直接魔物が暴れたわけではない。魔物によって破壊されてしまった、哀れなアンドロイドの残骸が安置されていたのだ。
「ベティー。ミラ……」
女性の死体にも見えるが、切断面や破損面からは機械質な内面が覗いている。その破壊されたアンドロイドの手を取り、スズヒは彼女達の名を呟いた。
他のメイド達を同僚だと言い切ったスズヒ。恐らく親しかったのだろうと想像出来、同情心が沸きあがる。
「修理は出来ないのか?」
握っていた手をそっと置き、ゆっくりと振り返ったスズヒは悲しげに首を振る。
「二人とも記憶媒体を壊されてしまっていますから。例え身体を直しても、もう以前の彼女達とは違います」
「そうか」
機械である彼女達は直そうと思えばいくらでも修復可能だ。だがそんなアンドロイドに明確な死というものがあるとすれば、それは記憶を消去された時だろう。
つまり記憶媒体を破壊されてしまった彼女達は、死んでしまったと言えるのである。
「悲しいな」
「そう、思ってくれますか?」
人がアンドロイドと生活を共にするようになって久しい。だがそれだけに、生身と機械という意識の剥離は広がり続けていた。愛着はあるものの壊れたら捨てれば良いという考えは、そう珍しいものではなくなっていたのである。
だが元々アンドロイドを所有していなかった俺にはまだそこまで割り切ることは出来ないし、なにより身近にいるのだ。アンドロイドと半生を共にし、生涯を共に歩いている男が。
まかり間違っても、彼に『壊れたなら買い換えれば良い』とは、もう二度と口にしようとは思えないのである。
俺は彼女達に一度手を合わせ、そうしてから身体を調べさせてもらうことにした。
破損が酷いのは主に身体の正面。記憶媒体と言えば脳を思い浮かべるが、アンドロイドである彼女達は頭部にその機能を置く必要性がない。
むしろ、より外部から破壊され辛い胸部などが適しているのだが、今回はそれが災いしたということだろう。
そして二人ともに共通しているのは両腕が引きちぎられているということか。
「なんにせよスズヒや爺様など人的な被害を避けられたのは、彼女達が身代わりになってくれたからということか」
「ところがそうでもないんです」
それはどういう意味かと聞こうとしたが、その前に俺は思い当たった。
ここに滞在して二日目だが、まだ出会っていないのだ。もう一人の生身だというメイド長に。
「殺されてしまったのか?」
だが彼女は首を振り、僅かに微笑んだ。
「いえ、そこまでは。重傷ではあるそうですけど命に別状はないと聞いています。まぁ、お屋敷の屋根から落ちても『お尻が割れてもうたわ』で済ませちゃうような方なので、それほど心配はしていませんけど」
どうやらメイド長というのはとんでもない人物らしい。
と、それはさておき、件の魔物はいささか暴れすぎな気がする。これでは獲物に恐怖を与える為というより、暴れたいから暴れているようではないか。
余りにも今まで対峙してきた魔物と様子が違い、俺は違和感を覚えざるを得ない。しかしそれを表に出してはスズヒに余計な心配をかけるだけだ。内心を悟られぬように、俺はさりげなく話題をずらすことにした。
「大変だったんだな。ところでスズヒ。その時お前はどこにいたんだ?」
これだけの暴れっぷりである。屋敷にいればどこに居たとしても、その物音には気付いただろう。
「その時私は、丁度おじょ――」
と、何かを言いかけて、あっ、とスズヒは口を噤んでしまった。
「いえ、なんでもありません。それより夕食の仕度がありますので、申し訳ございませんが私はこれで」
そして逃げるように、彼女は屋敷へと戻って行ってしまったのだった。
庭の奥にある倉庫。そこに一人残された俺は、屋敷の方に目を向けた。
今いる場所は、位置でいうと北西にあたる。であれば、ここから見える部屋が入るなと言われていた部屋の筈だ。残念ながら薄緑でレースをあしらったカーテンがぴっちりと閉められており、中を覗き見ることは出来ない。
だが一瞬。
その隙間から、エメラルドグリーンの瞳がこちらを覗っていたような気がした。




