領主の娘の病気
本日1話目です。
浮浪児たちに修行をつけたオレは、一区切りして自分の仕事をすることにした。
レベルを上げたいので魔物退治が主だが、配達の仕事なども請ける。早いと評判だ。
配達の途中にも魔物や盗賊が出るので、経験値稼ぎには十分に役立つ仕事だ。
おまけに人に喜ばれる仕事なので、やりがいだってある。
魔物退治の仕事のほうは、たまに大繁殖した時とかに発生する。
放置するとさらに増えて危険だし、生態系が崩れてしまう。
他にも強力な魔物が出現した時なんかに発生する。
本来ならこの辺りで出ない魔物も、何かしらの理由で棲みかを変える場合がある。
縄張り争いに負けて逃げてきたとか、たんなる気まぐれや、人を追って移動してくることもある。
オーガロードなんかは、近くに住む人間を食い尽くして移動してくることもある。
手下のオーガを食わせるために、人間がいる場所に移動するらしい。
冒険者ギルドでは、見掛けしだい報告するだけでも褒賞金が出る。
退治した場合なんかは、国から億単位の褒賞金を貰える。
オレが狙うのは、その2パターンの魔物だ。
他のパターンだと、人為的な原因で起きるような問題だ。
魔物同士を戦わせて見世物や賭け事にする。そのために捕獲した魔物が逃げ出したりだ。
このパターンは調べなければならないことが多いから、オレは敬遠している。
村の畑を狙うような小物から、街を破壊しそうな大物まで倒して回る。
しかし女神のダンジョンほど高レベルな魔物は少なく、レベル50を超えていれば大物扱いされている。
レベル100を超える魔物は、国の存亡を懸けた戦いになるらしい。
そんな魔物をあっさりと倒すオレは、人々の間で英雄と呼ばれるようになっていた。
スラムに住んでいる浮浪児たちも、オレに教えて貰ったことを自慢に思っているらしい。
教えをしっかり守り、無理をせずに毎日数万リラを稼いで、食べるのに困ることはなくなったそうだ。
英雄として評判になったオレに、領主から指名依頼が入った。
詳細は秘密だけど、話を聞いてから請けるかどうかを決めていいらしい。
オレはこの辺り一帯を治めている、マーティン・コリンソン辺境伯の屋敷に向かった。
丁寧な応対で奥に通される。
やたらと丁寧だが、騎士や兵士の姿がやたらと多いのが妙だな。
物凄く外を警戒しているようだけど、貴族同士で内戦でもやってるのか?
娘が病気らしいと噂されているが、アホ貴族との結婚が嫌で、病気の振りをしてるとか。
考えてみれば、貴族の娘の病気なんて外に知られたくないはずだ。
近所のおばちゃんが井戸端会議で話してるはずがない。わざと流してるなら別だが。
オレの推測通り、娘は病気でもなんでもなくて、落ち込み気味でオレの前に出てきた。
「娘のシャノンだ。今回の依頼は娘に関わることでね。同席させた。察していると思うが、娘は民の間で噂になっているように病気ではないんだ。失言を承知で言うが、いっそのこと病気のほうがよかったくらいで……」
病気の人からしたら不謹慎だろうな。
辺境伯家からすれば、大抵の病気ならお金で解決するだろうから仕方ないけど。
「娘は厄介な魔物に狙われていてね。デュラハンという魔物を知っているかね?」
「知ってます。有名ですから」
こちらの世界でも有名な伝説の魔物だ。
首のない騎士鎧の姿で現れて、人を指差して呪いを掛けていく。
指を差された人は、1年以内に死ぬと言われている。
デュラハンを倒すことでしか呪いは消えず、必ず死ぬそうだ。
死ぬ前には本人の前に現れて、いつ死ぬかを告げていくらしい。
けっして親切ではなく、人間の恐怖を糧にして生きているとされている。
研究者の言っていることだが、間違ってはいないと思う。
今までの例やデュラハンの行動を考えると、アンデッドだし有り得る話だ。
「娘はそのデュラハンに狙われている。いつデュラハンがやって来るか判らず、夜も眠れぬのだ」
それはつらいな。
死の宣告だけでも嫌だろうけど、ぐっすり眠れないのは体もきつい。
「依頼はデュラハンを倒して欲しいってことですよね? 引き受けます」
「ありがたい! 災害のような魔物すら倒す英雄がいれば心強い!」
「ありがとうございます。これで安心して眠ることができます」
デュラハンのレベルがオレより上だったとしても、空想転化がある限り、魔神以外なら負けるとは思わない。
今のオレの魔力値では、完全な神の力を発揮できるわけじゃないが、それでも強い。
レベルに換算すれば、オレが800レベルくらいにならないと、あれほどの力は発揮できないだろう。
言ってみれば、一時的にレベル800くらいになって戦うようなものだ。
「それで、どういうふうに守りに付けばいいですか?」
隣の部屋で住み込むのは当然として、襲撃された時の合図とか、交代のタイミングとかいろいろ決めないと。
「娘も了承したことだが、これからは片時も離れずに守ってやって欲しい。寝泊まりする部屋は同じで、風呂なども一緒に入って欲しい。着替えなども部屋を出る必要はない」
「……ずいぶん思い切りましたね。無事に解決しても悪い噂が立ってしまうのでは?」
オレとの仲を邪推されるだろうな。婚約者とかができなくなるんじゃ。
いたら許さないだろうし、婚約前の貴族の娘には痛いだろう。
「娘を失うくらいなら、家のための結婚などする必要はないよ。それに婚約者はすでに逃げ出した。呪われたと知った途端に怯えて婚約解消を申し出てきたよ。あんな腰抜けを選んでしまったのは私の失態だ。シャノンには悪いことをしてしまった」
指を差された人は死ぬけど、移るような呪いではないんだけどな。
デュラハンが現れた時に、次のターゲットにされるのを恐れたな。
これでオレが解決したら、そいつの家は笑い者だな。
早まった判断をして、不義理を働いた家と後ろ指を差されるだろうな。
そんな男と結婚したがる女はいないだろうし、一転して結婚できなくなるのはその男だろう。
逆にシャノンさんはモテるようになるな。
デュラハンの呪いを掛けられても、何とかできる人間を雇う財力があるという評価になる。
いざという時に、これほど頼りになる家はないだろう。
「わかりました。シャノンさんはオレが必ず守ってみせます」
「頼む。報酬は可能な限りの金額を払おう。私の個人資産をすべて払っても構わない」
そう言って差し出された契約書は、本当に個人資産を差し出すことが書かれていた。
領地のお金は使うわけにはいかないけど、個人的なお金は大丈夫なんだろう。
「こんなに報酬はいりませんよ。オレはお金に困ってませんから。700億なんてお金を貰っても使い道はないですし。日当は50万リラで構いません。倒すまでの間だけ報酬が発生するようにしましょう」
最大でも1億8000万くらいだ。
「伝説の魔物だぞ? 何千年もの間、人間を呪い殺してきた、死神のような魔物だ。報酬が安すぎる」
面子もあるだろうから、日当としては高めにしたんだけどな。
「それなら浮浪児たちに簡単な仕事でも与えてください。友だちがいるんで」
「そういうことなら任せてくれたまえ。私が領主をしている限り、子供でもできる仕事を孤児たちに回そう」
なんか尊敬するような目を向けられているけど、オレは強いからデュラハンに負けるかもしれないとは微塵も思ってない。
命懸けの仕事でもあるまいし、700億なんてぼったくりはしたくない。
「さっそく手配してこよう。娘のことは頼んだよ」
こうして辺境伯の令嬢との共同生活が始まった。




