Barにいる美女
あるところに大きな会社に勤めている青年がいた。その男は週に一回家の近くにあるBarに通うのが日課であった。ある晩、美しい女性がカウンター席に一人で座っていた。その美人は髪は烏の濡れ羽色で肌は陶器のように白く、そして何よりも多くはしゃべら事は無かった。他の人が声をかければそっけない返事をし、グラスにある酒を傾けるそんなような美女であった。そのBarにぴったりな美女に青年は恋をした。青年は美女に声をかけてみた。
「今晩は」
「ええ、今晩は」
「今日は何を飲んでいるんですか?」
「今日は何を飲んでいるのかしらね」
美女はこのように答えた。いつものことだ、彼女は他人が言ったことをそっけなく返す。こちらには顔を向けもしないで。そして、美女は持っていたグラスをクイッと傾け青いカクテルを口に流した。青年はあきらめないでこう言った。
「いつもそっけない返事をなさるんですね」
「ええ、いつもそっけない返事をするわ」
「私のことが嫌いですか?」
「いいえ、あなたの事は嫌いじゃないわ」
「そうですか、それは良かった。今度一緒に遊びにでも行きませんか?あなたの事が知りたいのです」
と美女にそう言った。そして、美女は困った顔をしてこちらを向いた。青年は美女の人形のような整った顔を向けられ照れくさくなり顔をそむけた。すると、少し奥の方でグラスを拭いていたバーテンダーがこちらに歩いて来てこう言った。
「お客様、あまりうちのかわいい姪っ子をからかわないでください」
「ああ、そんなんですね。失礼しました」
「いえ、少し困った顔をしておりましたので。つい、口を出してしまいました。なにか姪と何を話されていたんですか?」
「ええ、今度遊びにでも行きませんかと」
「さようでございますか。しかし、申し訳ございません。姪は基本的には外には出てはいけないのです。実家の方からきつく言われていまして…、預かっているこっちとしてもそれでは可哀想なのでここでお酒を飲ましているという次第でございます。ですから、姪を外に連れ出すのではなく出来ればここでお話しをしてあげてはもらえませんでしょうか」
「そうなんですね。分かりました、喜んで」
と青年は素直に答えた。それから青年のBarび通う回数は増えていった。もちろん酒を飲むだけではない、本命は彼女と話がしたいからだ。なかなか話しかけても思った返事が返っては来ないがそれも良かった。簡単に気に入られるよりも少しづつ距離を詰めていく事に青年は楽しさを覚えていたこともあるし、何よりもまだ恋愛経験も浅ったのでどう口説いたらいいか分からなかったのもある。そして、彼女が困った顔をするといつの間にかバーテンダーがこちらに来るので踏み入った質問がしにくかったのもあり青年はなかなか彼女との距離を縮められずにいた。
「今日もチャイナブルーを飲んでるね。それが好きなのかい?」
「ええ、チャイナブルーは好きだわ」
「僕が来るといつもいるからいろんなお酒が好きなのかとも思いましたがそうでもないんですか?」
「ええ、いろんなお酒が好きだわ」
「他にどんなお酒を飲むんですか?」
「今晩は、今日も姪とおしゃべりですか?」
とニコニコとした顔のバーテンダーが音もなく立っていた。青年はバーテンダーに驚いたがすぐに椅子に座り直しバーテンダーと向き合った。
「ええ、今日もお話しさせてもらっています」
「それはさようでございますか。どのような話を?」
「彼女の好きなお酒について聞いていたのです。いつもチャイナブルーをの飲んでいるますが他に好きなお酒はないかと」
「なるほど。よろしければ彼女と貴方様にぴったりな物を一つ作らせていただけませんか?」
「えっ、良いんですか」
「もちろんでございます。いつも話し相手をなさっていただいているので」
そう言うとバーテンダーはそれを作り始めた。いつの間にか彼女は残っていたカクテルをすべて飲み干してバーテンダーを仕事に見入っていた。青年はバーテンダーではなく彼女の横顔を眺めて幸せそうな表情を浮かべていた。しばらくするとバーテンダーが二人に同じカクテルを出した。
「お待たせいたしました。ハネムーンでございます」
「はは、付き合ってもないのにハネムーンだなんて」
「ええ、ハネムーンね」
と彼女はグラスを傾けた。青年もそれにならって同じようにグラスを傾ける。
「名前の通り、新婚のカップルに人気のカクテルでございます。アップル・ブランデーをベースにフローラルの香りが絶妙で、幸せな気分にさせてくれるカクテルでございます」
「美味しい」
「ええ、美味しいわ」
と二人は大満足であった。それから何杯か飲んで青年は楽し気に帰って行った。バーテンダーは誰もいなくなった店を閉める作業に入るテーブルを拭きレジの金をまとめ、そして美女の方に向かい彼女の足の方から今日飲んだお酒を回収する。
「今日もいい仕事をしてくれましたね」
とバーテンダーはその美人は軽く撫でた。そして、首の後ろにあるスイッチをOFFにし「お疲れ様でした、明日もよろしくお願いしますよ」と彼女を椅子に座らせて部屋を出ていった。