五話 十七年間、落ち続けた理由とは
青太のマッサージを嫌がっていたみどりだが、徐々に受け入れるようになった。
よほど気持ちよかったのか、とろけた顔になって幸せそう。
途中から、「こっちも、そっちも」と懇願されて、肩だけではなく手脚や腰までマッサージを施した。
そのたびに、みどりは「気持ちいい……」とか「もっと強くぅ……」とか、色っぽい声を出していた。
これは、誘っているのか? 青太がそう感じてしまったのも無理はない。
珍しく、青太が主導権を握れた瞬間だったと言え……るか?
まあ、それも長くは続かない。
マッサージが終わり、プロットの話に戻ると、主導権はみどりに移る。
「五つ目の指摘にいくわよ」
「マッサージしてあげたんだし、お手柔らかに……」
「むしろ、厳しくするわ。青太に気持ちよくされたなんて、屈辱だもの」
「理不尽な!」
残念ながら、青太の苦情は届かない。
「五つ目は、ヒロインがちょろ過ぎるってこと。『あの人素敵! ラブ! 抱いて!』って、何よこのビッチ。男に媚びてヤりまくってる尻軽女なの?」
ビシバシ指摘され、青太の精神はボロボロだ。
それでも、言われっぱなしは癪なので、言い返させてもらう。
「そこがラノベの肝じゃないか。ラノベのヒロインってのは、基本ちょろいものなんだよ。主人公に対しては、ほとんど無条件でべた惚れになる。他の男には一切興味を持たず、主人公を一途に愛する。ラノベヒロインの必須条件だぞ」
「……ねえ、本気で言ってる? え? 私がおかしいの? ライトノベルって、そんな頭の悪い女ばっかり登場するの? 嘘でしょ?」
「事実だ。ラノベヒロイン、イコール、ちょろい」
断言してもいい。現実のような面倒臭さは、ラノベには不要だ。
面倒な女性は、現実でお腹いっぱい。
ラノベヒロインとは、男性の理想、いや欲望を具現化した存在なのだ。女性差別と言われようが、これだけは譲れない。
「それ、一途じゃないわよ。主人公に依存してるだけ。『人間』じゃなくて、自我のない『人形』よ。主人公も主人公で、絶対服従の奴隷みたいなヒロインが欲しいの? お互いを好きになる理由はないの?」
「当然、理由はある。優しくされたとか、危ないところを助けてもらった恩人だとか、他にも色々」
「なんか、あんまり理由になってない気がするんだけど」
「そんなもんだろ。例えばだけど、みどりが俺を好きになるのに、特別な理由があったか? 映画やドラマで描かれてるような、大恋愛をしたか?」
「それを言われると辛い。まあ、青太を好きになったことなんて、実は一度も」
「待て待て待て!」
とんでもない爆弾発言を投下したみどりに、青太は慌てて突っ込んだ。
結婚したのに、実は好きじゃなかったとか、そんな悲しい告白はいらない。
「冗談よ。いくらなんでも、好きじゃない人と結婚なんてしないって。『この人には、私がついていてあげないとダメだなあ』って気持ちはあったけど」
の●太とし●かちゃんのような関係だ。
いくらなんでも、あんまりではないだろうか。
青太が理想的な夫であるとは口が裂けても言えないが、の●太ほどダメダメでもないと思うのだが。
それに、みどりだってし●かちゃんのような美少女ではない。
「なんだか、いわれのない侮辱をしなかった?」
「してないよ」
さらりと誤魔化す青太だった。
「まあいいわ。話を戻して、ヒロインだけど、本当にこれでいいわけ? もうちょっとこう、好きになる過程があった方がいいと思うんだけど。最初からべた惚れってどうなの?」
みどりの言わんとしていることは理解できる。
確かに、いきなり惚れるのは唐突にも思う。
それでも青太が気乗りしない理由は、彼の性格にあった。
「俺、ドラマとかの恋愛シーンって、大の苦手なんだよ。やきもきしてじれったいし、『ガーッといけよ!』って思うんだよな。相手が好きなら、告白すればいいじゃん。男なら押し倒して、女なら体でたらし込んでもいい。好き合ってる男女が、些細なすれ違いを繰り返すとか、イラついて仕方ない」
「肉食系の意見をありがとう。自分はめちゃくちゃ奥手のくせに、よく言うわ。恋愛ものって、うまくいきそうでいかないもどかしさが売りなんじゃない。障害を乗り越えて結ばれた時に、カタルシスを感じるのよ。あっさりと結ばれたら、物語にならないし面白くもない。なのに、恋愛の過程を否定してどうするのよ」
「そういうのは、他の人に任せる。俺が書く小説には、恋愛シーンはほとんど出さないんだ。ヒロインは初めから主人公に惚れてて、主人公もヒロインを受け入れる。ハーレムでウハウハでヒャッハーな展開万歳! ってな」
「あのさ、さっき私は、ライトノベルのヒロインは頭悪い女ばっかりだって言ったけど、作者の頭が悪いせいでヒロインまで頭悪く見えてるだけじゃないの? つまり、ちゃんとした作者はちゃんとしたヒロインを書いてるのに、青太だから頭の悪いヒロインになっちゃうっていう」
頭悪い、頭悪い、と言い過ぎだ。さすがに聞き捨てならない。
「そんなことはない。作者も読者も、ちょろいヒロイン、略してチョロインが大好きだ。恋愛についてご高説を垂れたって、需要なんかない。お手軽なハーレムが一番なんだよ。だから俺は、恋愛シーンは書かないしチョロインを量産する」
「ああ、本気で頭痛い。青太がこれまで落選し続けた理由、分かったわ」
みどりは、再び頭を抱えてしまった。
「恋愛を書くのが苦手なだけなら、別にいいと思うのよ。誰にだって得手不得手があるわけだし。それなら、恋愛要素は抜いて、冒険譚でも書けばばいいじゃない。青太、プロットに明記したわよね。『アラフォーのサラリーマンと、十五歳の女子高生が繰り広げる、禁断のラブストーリー』って。ラブストーリーの意味、分かってる? 辞書で調べてきなさい。お手軽なハーレムの禁断ラブストーリーなんて、矛盾しまくってるからね」
「言葉の綾だよ。本格的な恋愛を書く気はなくて、コメディタッチだ」
長く小説を書いている青太だが、恋愛をメインテーマに据えた作品は、ほとんど書いたことがない。
恋愛要素はあっても、メインになるのは冒険だったりバトルだったりする。
苦手意識が強いせいで、うまく書けないのだ。
一時期は、弱点を克服しようと頑張ったが、やはり無理だった。
青太が至った結論は、人には適性があり、自分は恋愛ものへの適性が皆無ということだ。
「十七年間も、落選するわけだわ。もうめちゃくちゃ」
なんだか、悲しい納得のされ方をしてしまう青太だった。




