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三話 妻の反応は

 栞木(しおりぎ)樹梨(じゅり)。三十七歳。サラリーマン。本作の主人公。

 清宮寺(せいぐうじ)深世流(みぜる)。十五歳。女子高生。本作のヒロイン。

 清宮寺(せいぐうじ)海世(かいぜ)。四十五歳。喫茶店の店長。サブキャラその一。



 サラリーマンとして働きながら、ラノベ作家を目指して新人賞へ投稿している男性がいる。年齢は三十七歳。恋人はなし。

 ラノベ一筋で、既に十年以上。そろそろプロになりたいし、結婚もしたい。


 そんな風に考えているのは、栞木(しおりぎ)樹梨(じゅり)

 女性のような名前だが、れっきとした成人男性だ。


 樹梨は、平日は自宅で執筆するが、休日は気分を変えるために近所の喫茶店に通っている。ここ数年の、彼の習慣だ。

 毎週のように通い詰めたせいで、喫茶店の店長・清宮寺(せいぐうじ)海世(かいぜ)とはすっかり顔馴染みとなり、親しげに会話をする仲だ。


 海世には、清宮寺(せいぐうじ)深世流(みぜる)という名前の娘がいる。

 樹梨は、深世流とも顔馴染みだが、親しげに会話をする関係ではない。

 年齢も離れているし、父親である海世の目もあり、仲良くなりようがなかった。

 あの日までは。


 高校生になった深世流は、アルバイトとして家の手伝いをしている。非常に可愛らしい容姿をしているため、客から大人気で、すぐに看板娘になった。

 樹梨とも、店員と客という関係ではあるが、多少は会話をするように。


 そんなある日、深世流はある物を見つけてしまう。

 樹梨が店に忘れていった原稿用紙だ。

 樹梨は、自分が書いた小説を印刷して店に持って行ったが、帰る時に忘れてしまった。


 たまたま樹梨が原稿を忘れて、たまたま深世流が見つけた。

 偶然が重なって生じた出来事が、二人が親しくなるきっかけに。


 樹梨が忘れた原稿を、興味本位で読んでみた深世流は、驚愕する。

 こんなにも面白い作品は、今まで読んだことがない。

 きっとあの人は、著名な作家に違いない。


 これまで深世流は、樹梨をただの常連客としか見ていなかった。

 しかし、樹梨の作品を読んだことで、もっと知りたいと思うようになる。


 ペンネームは? 代表作は? 趣味は? 年齢は?


 作家としてだけではなく、一人の男性としても気になり始め、惹かれていく。


 あの人素敵! ラブ! 抱いて!


 アラフォーのサラリーマンと、十五歳の女子高生が繰り広げる禁断のラブストーリー、ここに開幕!





 御幸(みゆき)みどりは、言葉を失っていた。


 御幸(みゆき)青太(あおた)は、ラノベの新人賞へ投稿するために、小説を書く手伝いを妻のみどりに頼んだ。それが、昨日のこと。

 今日は日曜なので、さっそく序盤のプロットを読んでもらっている最中だ。


 自分の作品をみどりに読んでもらうのは、初めてである。

 本編ではなくプロット、要するにあらすじだが、反応が気になる。

 率直に言って、面白いか面白くないか。

 とはいえ、序盤しか書いてないし、判断するのは難しいかもしれない。


 たいして長くもない、千文字程度のプロットが印刷された一枚の原稿用紙を、みどりは穴が開きそうなほど食い入るように眺める。

 ひょっとして、よほど気に入ったのだろうか。


 青太は手ごたえを感じていたが、みどりは原稿から目を外すと、疲れたように目頭を押さえて大きなため息をついた。


「どうしよう……突っ込みどころがあり過ぎて、なんて言っていいか……」


 みどりはゆるりと首を横に振り、かすれた声で呟いた。


「突っ込みどころって、まだ序盤も序盤、物語が本格的に動き出す前の、キャラクターの顔見せみたいな段階だぞ。そんなに突っ込むところがあるか?」

「あるわよ」


 青太からすれば、「いいわね」くらいの軽い感想をもらえると思っていた。

 ところが、予想に反し、数多くの指摘があると告げられてしまった。


「まず、キャラの名前。なんなのよ、この非現実的な、珍妙な名前は。『栞木(しおりぎ)』、『清宮寺(せいぐうじ)』、『樹梨(じゅり)』、『深世流(みぜる)』、『海世(かいぜ)』。せっかくのキャラが、名前のせいでバカっぽく見えて仕方ないんだけど。もうちょっと普通の名前にしたらどう?」


 一つ目の指摘事項は、キャラクターの名前だった。

 変な名前のオンパレードで、読んでいてバカバカしくなる、と。


「ラノベのキャラなんて、こんな感じだぞ。現実にはいないような、変わった名前ばっかりだ。むしろ、俺のなんか普通な方だ。『樹梨』とか、現実にだっていくらでもいるだろ」


「いるけど、どっちかっていうと女性の名前じゃない? 響きもそうだけど字が。せめて、字を変えれば? 樹木の『樹』に、理科の『理』で、『樹理』とか」


「お前は、最近の子供を甘く見てる。事実は小説よりも奇なりっていうけど、本当にマンガや小説のキャラクターみたいな名前の子供がわんさかいるんだ」


「この栞木樹梨は、子供じゃないでしょうが。三十七歳のおじさんでしょうが」


「細かいことはいいんだよ。現実にもいるって言いたいんだ。『梨』だって、男の子の名付けに使ってるぞ。あと、わざわざ『梨』の字を使ったのは、名前全部に『木』を入れたかったからなんだ。おしゃれに見えないか?」


 栞木樹梨、の四文字には、全てに「木」が含まれている。

 これが伏線になるわけではないが、格好よく思えたのでつけてみた。


「……じゃあ、『樹梨』はいいとしましょう。他は? 『深世流』に『海世』? 『ミゼル』とか『カイゼ』とか、外国人みたいな名前だけど、この人たちハーフだったりクウォーターだったりするの?」


「いや、純粋な日本人だけど?」


「純粋な日本人の名前に見えないから、言ってるのよ。『海世』は、『かいせい』じゃダメなの?」


「名前の漢字の読み方なんて、割となんでもありな気がするぞ。親子だから、共通点を作りたかったんだよ。『世』の字が共通で、読みも共通にしたいから、『かいせい』にはしたくない。他にも、『深』、『流』、『海』は、全部さんずいへんの漢字になってるんだ。苗字にも『清』があるしな」


「意図は分かるんだけどね。ありっていうなら、これ以上は言わないわ」


「ありがとう。参考になったよ。名前がおかしい、ね。とりあえずはこの名前でいくとして、変更するかどうかは考えておく。置換で、後から一気に変えられるし」


「そうね、考えておいて。苗字も、佐藤とか鈴木とかのありふれた名前にしろとは言わないけど、『栞木』や『清宮寺』はやめることを勧めるわ」


 キャラクターの名前への指摘は終わった。

 だが、指摘そのものは、まだまだ続くようだ。

 これ以上、何があるというのか。

 青太には見当もつかないが、みどりは二つ目の指摘に移る。

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