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エピローグ 夢叶えた男の悲哀

☆★☆★☆★ 注意!!!! ★☆★☆★☆

エピローグを読んでしまうと、イメージがぶち壊しになる可能性が濃厚です。

作品のイメージを損ないたくない方は、ブラウザバックを強く推奨します。

最終話まででも物語としては成立しており、問題なく読めます。そこでやめておいてください。

念のために、本文の最初には空行を入れてあります。

スクロールする場合はご注意ください。


















『ヒロインが可愛い(笑)。僕もこんな嫁が欲しいです』某書店員。


『妊婦に目覚めてしまいました』某編集長。


『ああいうラストでしたが、主人公は何気に人生勝ち組だと思います』某審査員。


『ライトノベルである以上、ヒロインは十代の美少女でなければいけません。三十路のヒロインなど言語道断。僕は絶対に認めな……認め……』某ラノベ作家。



 自分に送られた称賛のコメントの数々を、まるで他人事のように眺めていた。


 電●小説大賞に作品を投稿し、このたび白野(しろの)(せつ)は審査員特別賞を受賞した。

 見事に入賞を果たしたのだ。


 長い、長い、夜が明けた。

 本当に長かった。入賞するまでに、一体どれだけの時間がかかったか。


 初めて新人賞に投稿したのは、大学三年生の時。年齢は二十歳だった。

 入賞した今は三十七歳。実に十七年もかかったのだ。


 十七年越しの栄誉をつかんだのだから、本当なら狂喜乱舞してもいい。

 夢を叶えたことに喜び、これからの未来に思いを馳せる。

 希望に満ちあふれていても不思議ではない。


 ところが雪は、吉報を受け取りながらも素直に喜べなかった。

 遅すぎた、というのが正直な感想だ。あまりにも遅かった。

 そのせいで雪は、様々なものを失った。


 道を誤るきっかけとなったのは、忘れもしない二十七歳の時。

 当時書いた作品が、新人賞で最終選考まで残ったのだ。

 惜しくも入賞には届かなかったものの、初の快挙に雪は沸き立った。

 当時の雪の喜びようは尋常ならざるものがあり、それこそ狂喜乱舞していた。


 最終選考に残ったのもそうだが、何よりも嬉しかったのは、好きなように書いた作品が認めてもらえたことだ。

 才能はないが努力家の少年セツが、心優しい少女と出会い、紡いでゆく物語。

 ブルー帝国だのグリーン王国だの、適当極まりない名前の国が登場する作品。


 名前の適当さはどうでもいいが、作品の設定が主流に反するものだった。

 最強もチートもハーレムもない。

 絶対に一次選考落選だと思っていたら、あれよあれよと各選考を突破し、最終選考に名を連ねることとなった。


 これが、雪を勘違いさせる大きな要因に。


 入賞まであと一息だ。

 この調子で投稿を続ければ、遠くないうちに入賞し、プロデビューを果たせる。


 間違った自信を得てしまった雪は、執筆活動に専念するために、勤めていた会社を思い切って退職した。

 二十七歳にして、無職となったのだ。


 幸い、貯金はそこそこあった。小説を書く以外に趣味らしい趣味を持たなかった雪は、生活費を除いて給料のほとんどを貯金に回していたためだ。

 会社を辞めても、三年は暮らしていける計算だった。


 三年あれば十分だ。三年もいらず、一年あればプロのラノベ作家になれる。

 プロになれば、一人で生活していく程度の稼ぎは得られるはずだ。


 簡単に考えていたが、甘かったと言わざるを得ない。

 世界が輝いて見えたのは最初だけだ。


 会社を辞めた時の解放感や高揚感は、たまらないものがあった。

 毎日、好きなだけ小説を書ける。

 朝昼晩、時間を問わず、好きな時に書けばいい。

 時間はいくらでもある。貯金だって何百万円もある。


 まるで天国にいるかのように、素晴らしい日々だった。

 執筆活動に専念できることに喜び、これからの投稿生活を楽しみにしていた。


 実態は、天国どころか、地獄の入り口に立っただけだったが。

 延々と続く夜の始まりだ。


 深い闇に囚われていると気付いた時には、手遅れになっていた。

 底なし沼に沈んで行くような絶望感があった。


 書けども書けども、入賞どころか、二次選考や三次選考にすら碌に進めない。

 一次選考落選の常連に逆戻りしてしまった。

 最終選考に残ったあの経歴が、儚い幻であったように。

 雪の書く小説は、駄作の烙印を押され続けた。


 何一つ結果を出せないまま、目安としていた三年もあっという間に迎えた。

 貯金は底をついた。

 かといって、今さら夢を諦めて、どこかの企業に再就職もできない。

 金も職もない、三十路のおっさんが誕生した瞬間だった。


 雪に残された手段は、実家の両親に泣きつくこと。

 投稿生活を続ける間、衣食住の面倒を見て欲しい、と。


 三十歳にもなって親に生活の面倒を見てもらうとか、情けないにもほどがある。

 人生設計を間違えてしまった息子を、両親は呆れつつも見捨てられず、受け入れてくれた。


 両親のためにも、一刻も早くプロにならなくては。

 プロになってお金を稼いで、自分の生活の面倒は自分で見られるように。

 両親にも、迷惑をかけた分だけ恩返しをしたい。


 雪の焦りは、逆効果にしかならなかった。

 追い込まれれば思いがけない力を発揮する人間がいる一方で、追い込まれれば力を発揮できなくなる人間もいる。


 雪は後者であり、心の余裕のなさは作品にも悪影響を与えた。

 雪の絶望感が反映されたかのように、無駄に陰鬱なだけで、面白味の欠片もない作品が量産された。


 もちろん、そのような作品が評価されるはずもなく、全て一次選考落選だ。

 手をかえ品をかえ、多様なジャンルに挑戦してみたが、ことごとく失敗。

 過去の栄光にすがり、最終選考に残った作品をさらに磨き直して挑んでみたが、それすらも二次選考落選。


 最終選考に残ったことがある、という唯一の心のよりどころが崩壊し、わずかにあった自尊心も粉々に砕け散った。


 完全にスランプだ。

 書けば書くほど悪化していった。

 自殺を考えたことすらある。

 どん底に沈み、追い詰められた雪は、ふと思った。


 結婚したい。

 辛く、苦しく、心が弱っている時に支えてくれる、優しい妻が欲しい。

 甘苦(かんく)を共にする、唯一無二の、人生のパートナーに出会いたい。


 結婚を切に願った。(せつ)だけに。

 という寒い冗談は置いておき、本気で結婚したかったのだ。


 大学生の頃は、結婚なんて考えてもいなかった。

 社会人になると、平日は仕事、休日は小説を書くために忙しく、結婚どころではなかった。考えなかったわけではないが、恋人を作るよりも執筆を優先した。


 会社を辞めた後は、無職になり収入もないのに、結婚なんて無理だ。

 そして気が付けば、三十代も半ばを過ぎた。四捨五入すれば四十歳だ。

 完全にタイミングを逃してしまった雪は、結婚したいと強く思うようになった。


 とはいえ、相も変わらず無職で収入はゼロ。

 投稿生活を続けてはいるが、入賞する気配は皆無。

 こんな状態で結婚などできるはずがない。


 ならばせめて、物語の中でくらいは。

 雪は、自分自身の分身を小説の中に生み出した。


 御幸(みゆき)青太(あおた)というキャラクターとして。

 さらに、御幸みどりという妻も登場させた。


 結婚できない雪が、己の願望を込めた理想の妻だ。

 夫の趣味に理解を示してくれる妻。

 喧嘩もするが、なんだかんだで仲がよく、理想的な夫婦関係を築いている。

 第一子も誕生し、幸せの縮図のような家庭。


 いずれも、雪が望みながらも手に入れられなかったものだ。

 手に入れられなかったからこそ、現実の惨めさを小説でまぎらわせる代償行為に走った。

 読者の好みとか昨今の売れ筋とか、そんなものは徹頭徹尾ガン無視。

 自分の欲望のおもむくまま、三十路で妊婦のヒロインを生み出した。


 ラノベのヒロインにありがちな、絶世の美少女なんていらない。

 抜群のスタイルを誇る美女もいらない。


 美女、美少女でなくてもいい。甘く優しいハーレムでなくてもいい。

 顔もスタイルも、凡庸でいいから。


 自分を愛してくれる妻が欲しい。


 雪の願望が反映されただけの、誰も喜ばない作品。

 題して、「ラノベ史上初!? 三十路妊婦ヒロイン爆誕!」だ。


 ところが、審査員たちは何をとち狂ったのか、雪の作品を入賞させてしまった。

 三十七歳の主人公と三十歳のヒロインという、前代未聞の小説を。

 本当に、何を考えているのやら。真意を問いただしたいところだ。


「選考にかかわった奴らは、みんな頭おかし……」


 ではなく、清濁併せ呑む懐の深さを持ち合わせた素晴らしい方々だ。

 いやはや、本当に素晴らしい! ブラボー!


 さて、しれっと話を戻す。

 入賞は嬉しい。しかし、素直に喜べない。


 先にも述べたが、遅かったのだ。もっと早くに入賞したかった。

 会社を辞めた時の予定通り、三年以内に入賞できていれば。ある程度の収入があれば。

 そうすれば、結婚だってできたかもしれない。

 まだしもマシな人生になっていたかもしれないのに。


 もう一つ、喜べない理由がある。

 雪は自分の書いた作品が好きではない。

 正確には、主人公の御幸青太が嫌いだ。

 書いているうちに、どんどん嫌いになっていった。


 雪が手に入れられなかったものを、全て持っている主人公。

 雪が会社を辞めなければ、今頃どうなっていたかという「IF(もしも)」の世界線を考えながら書いた、雪の分身である男性。

 御幸青太が憎くてたまらない。


 入賞しなければ、これきりになるはずだった。

 二度と御幸青太の活躍を書かずに済んだ。

 入賞してしまったがゆえに、今後も彼と付き合っていく必要性が出てしまった。

 果たして耐えられるかどうか、自信がない。


「投稿作を書いてる間、俺がどれだけ、どれだけ惨めな思いをしていたか……」


 血でも吐きそうな呪詛を込めて、雪は憎々しげに呟いた。

 小説を書く上で味わった屈辱の数々を思い出していた。


 例えば、ヒロインとのデートシーン。

 想像で書いたが、楽しげなデートの場面を想像するのは苦痛だった。


 例えば、妊娠中や出産のシーン。

 妊婦についての知識が皆無だった雪は、色々と調べながら書いた。

 恋人すらいないのに、妊婦について調べることの空しさといったらない。


 ラノベにありがちな、十代の少年少女であれば気にならなかった。

 主人公もヒロインも、「こんな奴、現実にいねえよ」と感じる存在だ。

 だから、二人がイチャイチャしようが結ばれようが、なんとも思わない。


 主人公を、なまじ自分の分身として表現してしまったからこそ、現実の自分との差異を突き付けられるように感じてしまう。

 ヒロインも、現実にいても不思議ではない女性だからこそ、手に入れられないもどかしさが募る。


 完全に、題材選びに失敗してしまった。

 雪の中では読むに堪えない失敗作なのに、失敗作に限って入賞してしまうとか、たちの悪い冗談だ。


 ラノベの神様がいるとすれば、さぞかし意地が悪いのだろう。

 苦悩する雪を見て、今頃ニヤニヤしているに違いない。


 入賞という投稿者にとって最高の(しら)せが、一転して最悪の報せに。

 皮肉な話だ。


 会社を辞めたことも、このような小説を書いたことも、全て自業自得と言えばそれまでだが、酷い仕打ちだと思う。


 長年頑張った結果がこれか。

 少しは報われてもいいのではないだろうか。


「俺、頑張ったんだ。長い間、頑張って投稿したんだ」


 頑張って投稿生活を続け、自殺を考えるほど苦しみながらも、ついに入賞してプロとしての道を歩むことになった。


 これだけなら、どん底から這い上がった男のストーリーに聞こえる。

 たとえ、本人にとって不本意な入賞でも。


「これからも頑張るから。デビューする以上はきっちり書いて、人気が出るように努力するから。両親にも迷惑をかけた分、いっぱい稼いで、親孝行するから」


 すぐさま、大ヒットからの印税収入がっぽり、となるほど簡単ではあるまい。

 だが、死に物狂いで頑張ってみせる。決して比喩ではなく、命を懸ける覚悟で。


「だから頼むよ。ラノベみたいなヒロインじゃなくていい。ごく普通の人でいい」


 多くは望まない。雪を愛してくれれば、それだけで十分過ぎる。


「誰か、嫁にきてくれえええええっ!」


 道を誤ったラノベ作家志望者の、悲痛な叫びだった。


 彼の作品に登場した御幸青太は、夢破れ、ラノベ作家への道を断念した。

 しかし、優しい妻と可愛い子供に恵まれた。


 作者自身は、夢を諦めなかった結果、確かに夢を叶えることはできた。

 しかし、優しい妻にも可愛い子供にも恵まれない。


 幸せなのはどちらだろうか。

 夢を叶えたはずの者が、なぜか漂わせる悲哀。

 若い人は見習ってはいけない。反面教師とすべき生き様だ。


 そうはいっても、雪はまだ三十代。長い人生、巻き返すのに遅くはない。

 これからの頑張り次第では、優しい妻と可愛い子供に恵まれる可能性も、あり得なくはない。

 十年もの無職生活をようやく脱したのだし、彼の人生はこれからだ。


 一つの夢を叶えた男は、次なる夢へ。

 人並みの幸福を得るという、ささやかで、何よりも尊い夢を叶えるために奮闘する。

 ただしそれは、また別のお話。

というわけで、これにて本作は完結となります。こんなラストですみません。

これがあったから、タグに「ハッピーエンド」をつけられなかったんですよね。

ハッピーエンドと感じるか、バッドエンドと感じるかはあなた次第。

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