最終話 幸せな未来を
本日二話目です。
最終話となっていますが、あと一話、エピローグがあります。
そちらは一時間後くらいに投稿します。
出産から五日後に、みどりは退院した。
青太は休暇を取って退院に付き添った。
ずっと二人で暮らしていたマンションに、一人増えて三人で帰宅する。
なんとも奇妙な感覚だった。
母子共に健康な状態で帰宅してくれたので、こんなに嬉しいことはない。
愛する妻と子供がいてくれて、青太は幸せだ。
だが、幸せにゆっくりと浸る暇はない。やるべきことは山積みだ。
出生届などの各種手続きをして、みどりの代わりに家事を行い、もちろん仕事だってやらなければいけない。
目の回るような忙しさの毎日だった。
ちなみに、子供の名前はというと。
青太は深世流にしようと提案した。実にアホである。
みどりから久しぶりに「離婚」の言葉が飛び出したため、断念した。
そりゃそうだ。
鳥居や亜麻音子も候補にしていたが、口にはしなかった。
言ったが最後、離婚されてしまう。
青太のネーミングセンスはあてにならないので、みどりが考える。
色々と考えた結果、朱音に決定した。
青太、みどりと同じく、色つながりでつけた名前だ。
みどりは、亜麻音子と響きが似ていることを気にしていた。
青太の小説は、落選してもなお、予想外のところで影響を与えていたようだ。
悪い意味でだが。
御幸青太、御幸みどり、そして御幸朱音。
これからは、家族三人で暮らしていくのだ。
さて、みどりが退院してから一ヶ月がたった十一月のある日。
青太は、ふと思い立ってパソコンを起動した。
見るのはサンダー小説大賞の結果だ。
出産でドタバタしており見る暇はなかったが、入賞作品が決定しているはずだ。
青太を差し置いて入賞したのは誰か、確認してやろうと思った。
大賞、金賞、銀賞など、各賞を受賞した作品と作者の名前が載っている。
「何見てるの? まさか、またエッチなサイト? 子供の教育に悪いからやめて」
朱音を抱っこしたみどりが、パソコンに向かう青太を見て失礼なことを言った。
「違うっての! サンダー小説大賞の結果だよ。入賞作を確認してたんだ」
「ああ、青太が落選しちゃったやつね」
「そうそう。俺を倒した奴らの名前を、覚えておいてやろうかと思ってな」
「なんで上から目線? その人たちは、青太に覚えてもらいたいとは思ってないでしょ?」
しのぎを削り合ったライバルならともかく、向こうは青太など知る由もない。
入賞者は、今頃は受賞の喜びに打ち震えており、三次選考で落選した人間の存在など気にもしていないだろう。
「上から目線にでもならないと、悔しくて見れないじゃないか! 『入賞おめでとう』なんて言えるほど、俺が寛容な人間だと思うか? 言えるわけないだろボケ! ああ、妬ましい! 羨ましい! よくも俺を差し置いて入賞しやがったな! 俺の作品の方が面白いんだぞ!」
青太が叫ぶと、みどりの腕の中で寝ていた朱音が泣き出してしまった。
「ちょっと、青太」
「ご、ごめん」
青太を非難して、みどりは娘をあやす。
「よしよし。パパは怖いですね。パパは無視して、ママと一緒にいましょうね」
悪者にされてしまうが、反論はできない。先ほどのは青太が悪かった。
みどりにあやされて、朱音は泣きやんだ。
生後一ヶ月なので、声を上げて笑いはしないが、微笑を浮かべており幸せそうにしている。
大変可愛らしい、天使のような笑みだ。
「俺にも抱っこさせて」
「青太、抱っこ下手じゃない。青太に抱っこされると、朱音が泣くのよね」
「じょ、上達していくんだよ。これから」
みどりから朱音の抱っこを代わってもらう。
おっかなびっくりのたどたどしい手つきで、青太は自分の娘を抱っこした。
途端に泣き出す朱音。
懸命にあやそうとするも泣きやまず、一分ともたずにバトンタッチする。
みどりが抱っこすると、あっさりと泣きやんだ。
「な、なぜだ……」
「青太が抱っこを怖がってるから、朱音にも不安な気持ちが伝わっちゃってるんじゃない? あとは、内面? 他人を妬んだり羨んだり、醜い心の持ち主は抱っこできないのよ」
「ドラ●ンボ●ルの筋●雲かよ」
「私は結構本気で言ったのよ。赤ちゃんって、泣いたり寝たり、本能だけで行動するでしょ。本能的にいい人と悪い人を区別してても、不思議はないと思わない?」
「マ、マジか。俺は娘に、悪い人って思われてるのか……」
「かもしれないわね。悪い人って思われたくなかったら、生き方を改めないと」
「くっ……分かった。娘のために、入賞した奴らを祝福してやろうじゃないか」
青太は渋々祝福しようとした。
とりあえず、「おめでとう」と言ってやる。感謝しやがれ。
が、祝福の気持ちは、長くは続かない。
「そういや、今は入賞者たちの受賞式をやってる時期だな。俺には関係ないけど、代わりに娘が産まれたし、ある意味勝った? ラノベ作家を目指す奴らなんて、どうせモテない独身連中だろ。嫁と娘がいるだけで、俺は恵まれてるよな。あいつらが賞状だのトロフィーだのを手にしてる時に、俺は娘をこの手で抱っこしてるんだ。そう思えば、羨ましいとも思わずに済む。はははっ、ざまあみやがれ」
醜い嫉妬心と虚栄心をむき出しにして笑う、器の小さな男がいた。
ラノベ作家志望者たちを根拠もなく見下し侮辱しているし、どうしようもない。
夫の幼稚な言動に、みどりは呆れていた。
「はあ……子供ができたのにこれとか、今後大丈夫なのかしら? というか、娘をこの手で抱っこしてるんだって言うけど、抱っこできてないし」
「大丈夫に決まってるだろ。みどりと朱音のために、俺はガンガン働いて稼いでくるぞ。仕事は嫌だけど、みどりと朱音のためって思えば頑張れる。家事も育児も、できるだけ手伝う。時間はあるからな」
小説を書くことをやめたため、平日はともかく休日は時間があった。
休日は積極的に家事や育児を行うようにしている。
みどりたちのために趣味をやめたのだから、これでいいのだ。
と、思っていたのだが。
「それなんだけどね。何も、小説を書くのを完全にやめる必要はないと思うのよ」
「どういう意味だ?」
「これまでみたいなのは困るだけで、小説を書くのは構わないの。執筆に夢中になるあまり私を無視して、新人賞に応募するために無茶をして、落選すれば周囲に当たり散らして。そういう問題行動さえ改めてくれれば、書いてもいいと思うわ」
「つまり、ラノベ作家を目指すわけじゃなく、新人賞に投稿するわけでもなく、あくまで趣味の範囲で収めるなら?」
「うん。期限を区切らずに、時間がある時にちょっとずつ書けばいいじゃない。で、書けたら私に読ませてくれれば、またあれこれいちゃもんつけてあげるわよ」
青太にとっては、ありがたい話だ。
投稿はせず、自分とみどりが楽しむためだけに、好きに小説を書く。
趣味としては十分だろう。
「いいのか?」
「いいから言ってるの。出産の時は、結構頼りになるなって見直しちゃったし、出産後も私たちのために頑張ってくれてるから、ご褒美かな」
「ありがとう、みどり!」
「言っておくけど、問題行動が目にあまるようなら、やめさせるわよ」
「分かった。趣味の範囲を超えないように、ただ書くだけにしておく。約束する」
みどりに許してもらえて、こんなにも嬉しくなるとは思わなかった。
半年以上書いていなかったが、やっぱり青太は小説を書くという行為そのものが好きだと再認識できた。
「ちょうどさ、書きたい話があったんだよ。さっそく書いてもいいかな?」
「どんな話?」
「夫と、妻と、子供と。三人の家族が繰り広げる幸せな物語、かな」
ラノベの題材として、適切とは言えない。
家族の絆をテーマにするのはいいとしても、どこかの設定を工夫しなければ、ラノベとしては成立しない。
妻を女子高生(美少女)にするとか、子供を義理の娘(美少女)にするとか。
しかし、青太はそういう風にするつもりはない。
夫と妻は仲睦まじい三十代の夫婦。子供は二、三歳の可愛い娘。
等身大の家族のありようを書くつもりでいる。
普通であれば、誰も喜ばないし、見向きもされない作品だ。
だが青太には、みどりという読者がいてくれる。
だから書ける。
他の誰に認めてもらえなくても、青太とみどりのためだけの物語を。
「愛してるよ、みどり」
趣味を認めてくれたこと。
子供を産んでくれたこと。
他にも諸々の意味を込めて、愛を囁いた。
みどりは、いつものごとくスルーするかと思いきや。
「……私も、愛してるわ」
少し照れつつ、しかしはっきりと、愛の言葉を紡いでくれた。
青太とみどりは軽いキスを交わす。
家族三人の物語は、これから先も続いていく。
夢を叶えることはできなかったけれど。
人生の道は、一つではない。
きっと、幸せな未来が待ち受けているだろう。
私が書き間違えていなければ、みどりが青太に対して「愛してる」と言ったのは作中で初めてです。
このシーンが書きたかった。




