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二十四話 一次選考結果を確認しよう

 ゴールデンウィークの記憶が遥か過去のものとなりつつある七月。

 季節はすっかり夏で、毎日暑い日が続く。


 土曜日で仕事が休みの青太(あおた)は、クーラーの効いた部屋で、緊張した面持ちで構えていた。傍にはみどりもいる。


 二人はこれから、サンダー小説大賞の一次選考の結果を確認しようとしている。

 数日前に発表されたのだが、平日の夜に見る勇気はなく、休日まで待っていた。


 平日の夜に見てしまうと、落選していた場合に、翌日の仕事に影響を及ぼさないか不安だった。

 今日は土曜日なので、落選を知ったとしても、今日明日でなんとか立ち直れる。

 実に後ろ向きな考えをしている青太だった。


 不安は表にも出ており、パソコンを操作する青太の手はわずかに震えている。

 震える手で操作し、結果の載っているサイトへ。

 数百人分もの名前がずらりと並ぶ中で、「須野宇(すのう)(せい)」の四文字を探す。


「検索すれば早いんじゃないの?」


 みどりが恐ろしいことを言った。

 検索すれば早いのは間違いないが、青太にそんな真似ができるわけがない。


「検索なんかしたら、一発で結果が分かるだろうが。致命傷になるんだぞ。ああ恐ろしい。目視で名前を探せば、たとえ見つからなくても『見落としたかな?』っていう一縷の望みが残るんだ。少しでも長く、夢を見させてくれよ」


「意味が分からない。結果はもう出てるのよ。一次選考を通過したのか落選したのか、青太が見ようが見まいが、結果が覆りはしないの。一縷の望みなんてないし、夢もない。落選してるなら落選してるんだから」


「ええい、そんな真っ当な意見は聞きたくない! こうやってちょっとずつ見ていかないと、怖くてたまらないじゃないか!」


「じわじわとなぶり殺しにされてるって見方もできるけどね。ひと思いに楽になっちゃった方がいいんじゃない?」


 みどりの発言が、先ほどから不穏当な気がする。

 まるで、青太の落選を前提とするかのような物言いばかり。


「ひょっとして、みどりも緊張してる? だから、『どうせ落選してるし』っていう予防線を張って、ダメージが少なくて済むようにしてるとか?」


「……だって、しょうがないじゃない。私もあれだけ手伝ったんだから、気になるのよ。通過してて欲しいけど、期待してダメだった時が怖くて」


 図星だったようだ。

 検索して早く結果を知りたいという提案も、早く楽になりたいという気持ちからきていたわけだ。


 みどりがここまで気にしてくれるとは思っていなかった。

 夫として、妻の期待には応えたい。

 どうか一次選考を通過していますように。


 祈りながら画面を見ていく。「須野宇犀」の名前は、まだ出てこない。

 全体の半分を過ぎただろうか。それでもない。


 ひょっとして見落とした?

 数百人分もの名前があるのだし、見落としていても不思議ではない。

 もう一度、頭から見るべきか。

 弱気な思考に陥る青太の手が止まりかけた、その時だ。


「あっ!」

「今の!」


 見つけたのは、二人同時。


「「あった!」」


 綺麗にハモり、指差した先には、「須野宇犀」の名前と「ごちゃまぜアニバーサリー」のタイトルが。

 サンダー小説大賞一次選考、通過だ。


「やったやった! 青太、凄い!」


 みどりは妊婦なのに、飛び跳ねて喜びを表してくれた。

 ちなみに、今は妊娠二十七週目だ。七ヶ月が終わるくらいの時期。

 誰が見ても妊婦であると判別できるほど、お腹は大きく膨らんでいる。

 動くのも大変になってきているが、今だけは無邪気にはしゃいでいた。


「本当に凄い! 私、一次選考って軽く考えてたけど、全体の九割近くは一次選考で落選するのね。一割の中に残るとか、青太やるじゃない」


 珍しく青太をべた褒めするが、青太の反応は薄かった。

 嬉しくないわけではない。はっきり言って、めちゃくちゃ嬉しい。

 嬉しいのだが、どうやって感情を表せばいいか、よく分からなかった。


 なにせ、一次選考を通過するのは、何年ぶりか思い出せないほどだ。

 前回はどのような作品で一次選考を通過したのか、全く覚えていない。

 あまりにもブランクがあるせいで、一次選考通過というだけなのに、夢物語であるかのよう。

 自分の目が信じられなかった。


「通った……んだよ、な? 一次選考……通過?」

「通ってる通ってる。ほら、ちゃんと名前あるじゃない。もっと喜ばないの? 青太のことだし、『っしゃああ! 通ったあああああっ!』って叫んでガッツポーズするかと思ったのに」


 青太の声真似をするみどりだったが、あまり似ていない。

 似ていない物真似はさておき、青太も喜んではいる。

 自分の名前が掲載されている画面を眺めていると、実感が湧いてきた。


「まだ、一次選考を通過しただけだ。先は長いけど、今は喜びに浸っていいか?」

「いいと思うわよ。だって、ちゃんと結果を出したじゃない」

「うん。よかった。マジでよかった。これで一ヶ月、延命できた。夢の続きをまだ見られる。みどり、俺、頑張ったよ。みどりのおかげで頑張れた。ありがとう」


 みどりにお礼を言い。


「なあ、パパ頑張ったぞ」


 みどりのお腹の子供にも声をかけた。

 頑張ったご褒美を、ぜひともみどりからもらいたい。


「みどり、いつもの」

「また? 毎日毎日、よく飽きないわよね」

「全然飽きない! 四六時中、触ってたいんだ!」


 日課のように、青太はみどりのお腹を触らせてもらっている。

 最初は嫌がっていたみどりだが、青太があまりにもしつこいので、最近は諦めムードだ。


 服の上から、みどりのお腹を撫でる。

 大きく張っているのがよく分かる。胎児の体重は、どのくらいだろうか。


 出産まで、残り約三ヶ月。

 三ヶ月後には、ここから子供が産まれる。生命の神秘だ。


「今日はごちそうを作ろっか。一次選考通過のお祝いにね。何食べたい?」


 青太にお腹を撫でられながら、みどりが質問した。

 お祝いのごちそうなら、青太の好物を作ってもらおう。


「ハンバーグ!」

「子供みたい」

「おいしいじゃないか、ハンバーグ。この子も、俺の子なんだし、きっとハンバーグが好物になるぞ。パパと一緒にハンバーグ食べるよな?」


 お腹を撫でつつ声をかければ、胎児がピクリと反応した……気がした。


「今、動いた!? やっぱり、ハンバーグが好きなんだよ!」

「そんなわけないでしょ。産まれる前から親バカなんだから」


 呆れたように言うみどりだが、声は優しい。

 一次選考を通過し、妻ともイチャイチャ。

 実に幸せな一日だった。

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