十三話 妻と喫茶店デートで一石二鳥
「うーん……」
青太は二つの悩みを抱えていた。
作業机に向かい、ノートパソコンの画面を眺めながら、うなり声を上げる。
「困った。うまく書けない」
一つ目の悩みは、執筆中の小説がうまく書けず、行き詰まっていること。
書けない理由は分かっている。
「俺、喫茶店なんて、碌に行ったことないもんな。そりゃあ、喫茶店の様子を書くのに苦労するに決まってる」
物語の舞台となる喫茶店の描写について、納得がいかずに悩んでいる。
主人公とヒロインが出会うのは、ヒロインの家である喫茶店だ。
出会った後も、二人の時間の多くを喫茶店で過ごす。
物語全体の半分以上は、喫茶店内でのやり取りとなっており、一番重要な舞台なのだ。
ところが、描写がうまくいかない。
喫茶店の内装はどうなっているのか。
看板娘であるヒロインの服装は。
メニューは。かかっている音楽は。
そういった、喫茶店とはなんぞや、というあれこれを詳細に書けない。
なんだか、薄っぺらくて嘘っぽい表現になってしまっている。
カウンター席とテーブル席があって、最大で何人が入ることができ。
メニューは、軽食と飲み物とデザートが用意されており、値段はこのくらいで。
ヒロインが着る店の制服はよく分からないので、私服にエプロンとしておいて。
音楽は、なんか適当なクラシックかジャズか。
青太の貧困な想像力では、この辺が限界だった。
「喫茶店の経営とかバイトとかがテーマの物語じゃないから、詳しい描写は不要って言えば不要だ。あくまでも、主人公たちがワイワイやらかす場所が喫茶店内ってだけだし」
そもそも、舞台を喫茶店とした意味は、あまりなかったりする。
主人公とヒロインを自然な形で出会わせて、物語をスタートさせるため。
ただそれだけだ。
主人公とヒロインがどちらも学生であれば、苦労はない。
学校のクラス、部活や委員会、通学の電車やバス。
こんな風に、出会いなどどうにでもなる。
三十七歳の主人公と十五歳のヒロインだと厄介だ。
互いが普通に生活していたのでは、接点が持てなくて出会えない。
仮に出会えても、仲が深まってくれない。
ヒロインがナンパされて困っているところを、主人公が助ける展開も考えた。
ラノベの人気パターンだ。ラノベに登場するナンパ男やチンピラは、主人公に倒されるためだけに存在すると言っても過言ではない。
主人公に、空手や柔道の有段者という設定を追加し、相手をぶっ倒させる。
ヒロインは、主人公の強さや勇気に惚れて、と。
陳腐で使い古されてはいるが、それだけ人気がある証だ。
だが、作品のジャンルがファンタジーならまだしも、現代が舞台で主人公を無双させるのはやりにくい。
武道の有段者が、人助けのためとはいえ暴力をふるってもいいのか。
暴力的で粗野な男に、普通の女子高生が惚れるか。
そもそも、俺TUEEEはファンタジーでお腹いっぱいだし。
といった理由から、この案は却下。
どうやって出会わせようかと考えた結果が、喫茶店だ。
ヒロインを、主人公が常連となっている喫茶店の娘にする。
主人公が毎週のように入り浸り、長時間居座る状況を作る必要があったので、最も違和感がなかったのが喫茶店というだけだ。
そこさえクリアできれば、洋食屋だろうが居酒屋だろうがよかった。
喫茶店がメインの話ではないせいで、資料を準備しておらず、調べてもいない。
あくまでも、青太の頭の中にある、想像の喫茶店を元に書いている。
「書けるっちゃ書けるけど、もう少しリアリティが欲しいよな」
テーブルと椅子があるにしても、「テーブルと椅子」と書くだけでは何も伝わらない。
色や形はどうなっているのか。材質は何か。
手触り、座り心地など、使ってみた感想はどうなのか。
様々な情報を付加することで、読者は臨場感を味わうことができる。
「ネットで調べたけど、よく分からなかったな。取材に行きたいところだ。でも喫茶店か。一人で入るのは難易度高いな」
ふと、益体もないことを考える。
プロの作家は、こういう場合、実際に喫茶店へ取材に赴くのだろうか。
「プロなら、作品のクオリティを上げるためなら、苦労をいとわないだろ。となると、高級レストランとか高級懐石料理とかを小説に出して、取材の名目で出版社から費用をもらったりできる?」
そんな要望が認められてしまえば、金がいくらあっても足りない。
常識で考えて無理だ。
「海外の観光名所を登場させるから、取材に行かせてくれってこともできる。認められるなら、俺は行きたい場所を片っ端から小説に登場させるな。新婚旅行で行ったハワイは楽しかったなあ。次に海外旅行に行く機会があれば、ヨーロッパがいいかな。カンボジアのアンコールワットも見てみたい……って、違う違う」
思考が脱線したので、かぶりを振って強引に引き戻した。
作家の取材も海外旅行も、今は無関係だ。
喫茶店をどうするか、考えなければ。
「……そっか、行けばいいんだよ。みどりを誘って」
簡単な解決策だった。
一人では行きにくくても、みどりと二人でなら遠慮はいらない。
おしゃれで人気のある喫茶店に行ってみよう。
「これで、もう一つの悩みも解決じゃないか。一石二鳥だ」
二つ目の悩みは、みどりとのデート先をどうするかということだった。
今日は土曜日だ。みどりの体調がよくないようなので、デートは明日になったが、いまだにデートプランが固まっておらず困っていたのだ。
みどりが妊婦であることを考えれば、あちこち歩き回ってショッピングをするよりは、ゆっくりと映画でも見る方がよさそうだと考えていた。
映画の後の行き先に、喫茶店を追加しよう。
ケーキや飲み物に舌鼓を打ちながら、映画の感想を話し合うのだ。
なんとおしゃれな。
「店を探そう。条件は、映画館から近くて、それなりに人気店で、混雑してない」
贅沢な条件を挙げて、インターネットを駆使して店を調べる。
便利な時代になったものだ。青太が中学生の頃なんて、インターネットどころか携帯電話すらなかったので、彼女とのデートは大変だったと聞く。
彼女がいなかった青太には、縁のない話だが。
同年代の人と話をすると、稀に「昔は、彼女の家に直接電話をかけてたよな」という話題が出る。
青太は、見栄を張って分かった風に頷くのだが、そのような経験は皆無だ。
当時は、休日にデートできる友達を羨ましく思ったものだ。
青太はといえば、彼女もおらず、妄想にふける日々だった。
いわゆる中二病というやつで、恥ずかしい妄想ばかりをしていた。
自分が物語の主人公のようになって、悪者と戦い、ヒロインと結ばれるとか。
何をやっていたのだと思うが、今もたいして変わっていない。
頭の中で考えるだけだった妄想を、文章に起こして小説にしているのだから、今の方が悪化しているとも言える。
昔は妄想するだけで、ノートに書き出したりはしなかった。
絵や小説を書くとか、やたらと凝った設定を作るとかはせずに、あくまでも頭の中で考えるだけ。
黒歴史ノートを生産しなかった点だけは、当時の自分を褒めてやりたい。
とまあ、男子にはありがちな赤面ものの過去を抱える青太だが、あれから二十年以上たった今ではデートをしてくれる相手ができた。
みどりという、愛する妻が。
本当に、結婚してくれたみどりには、感謝しかない。
感謝を示すためにも、明日は精一杯もてなそう。
取材も忘れてはいけないが、優先順位はみどりが一番だ。
大切なことを頭に刻み込んで、青太はデートプランを練る。




