表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/30

十三話 妻と喫茶店デートで一石二鳥

「うーん……」


 青太(あおた)は二つの悩みを抱えていた。

 作業机に向かい、ノートパソコンの画面を眺めながら、うなり声を上げる。


「困った。うまく書けない」


 一つ目の悩みは、執筆中の小説がうまく書けず、行き詰まっていること。

 書けない理由は分かっている。


「俺、喫茶店なんて、碌に行ったことないもんな。そりゃあ、喫茶店の様子を書くのに苦労するに決まってる」


 物語の舞台となる喫茶店の描写について、納得がいかずに悩んでいる。

 主人公とヒロインが出会うのは、ヒロインの家である喫茶店だ。

 出会った後も、二人の時間の多くを喫茶店で過ごす。

 物語全体の半分以上は、喫茶店内でのやり取りとなっており、一番重要な舞台なのだ。


 ところが、描写がうまくいかない。

 喫茶店の内装はどうなっているのか。

 看板娘であるヒロインの服装は。

 メニューは。かかっている音楽は。


 そういった、喫茶店とはなんぞや、というあれこれを詳細に書けない。

 なんだか、薄っぺらくて嘘っぽい表現になってしまっている。


 カウンター席とテーブル席があって、最大で何人が入ることができ。

 メニューは、軽食と飲み物とデザートが用意されており、値段はこのくらいで。

 ヒロインが着る店の制服はよく分からないので、私服にエプロンとしておいて。

 音楽は、なんか適当なクラシックかジャズか。


 青太の貧困な想像力では、この辺が限界だった。


「喫茶店の経営とかバイトとかがテーマの物語じゃないから、詳しい描写は不要って言えば不要だ。あくまでも、主人公たちがワイワイやらかす場所が喫茶店内ってだけだし」


 そもそも、舞台を喫茶店とした意味は、あまりなかったりする。

 主人公とヒロインを自然な形で出会わせて、物語をスタートさせるため。

 ただそれだけだ。


 主人公とヒロインがどちらも学生であれば、苦労はない。

 学校のクラス、部活や委員会、通学の電車やバス。

 こんな風に、出会いなどどうにでもなる。


 三十七歳の主人公と十五歳のヒロインだと厄介だ。

 互いが普通に生活していたのでは、接点が持てなくて出会えない。

 仮に出会えても、仲が深まってくれない。


 ヒロインがナンパされて困っているところを、主人公が助ける展開も考えた。

 ラノベの人気パターンだ。ラノベに登場するナンパ男やチンピラは、主人公に倒されるためだけに存在すると言っても過言ではない。


 主人公に、空手や柔道の有段者という設定を追加し、相手をぶっ倒させる。

 ヒロインは、主人公の強さや勇気に惚れて、と。

 陳腐で使い古されてはいるが、それだけ人気がある証だ。


 だが、作品のジャンルがファンタジーならまだしも、現代が舞台で主人公を無双させるのはやりにくい。

 武道の有段者が、人助けのためとはいえ暴力をふるってもいいのか。

 暴力的で粗野な男に、普通の女子高生が惚れるか。

 そもそも、俺TUEEEはファンタジーでお腹いっぱいだし。


 といった理由から、この案は却下。

 どうやって出会わせようかと考えた結果が、喫茶店だ。

 ヒロインを、主人公が常連となっている喫茶店の娘にする。

 主人公が毎週のように入り浸り、長時間居座る状況を作る必要があったので、最も違和感がなかったのが喫茶店というだけだ。


 そこさえクリアできれば、洋食屋だろうが居酒屋だろうがよかった。

 喫茶店がメインの話ではないせいで、資料を準備しておらず、調べてもいない。

 あくまでも、青太の頭の中にある、想像の喫茶店を元に書いている。


「書けるっちゃ書けるけど、もう少しリアリティが欲しいよな」


 テーブルと椅子があるにしても、「テーブルと椅子」と書くだけでは何も伝わらない。

 色や形はどうなっているのか。材質は何か。

 手触り、座り心地など、使ってみた感想はどうなのか。

 様々な情報を付加することで、読者は臨場感を味わうことができる。


「ネットで調べたけど、よく分からなかったな。取材に行きたいところだ。でも喫茶店か。一人で入るのは難易度高いな」


 ふと、益体もないことを考える。

 プロの作家は、こういう場合、実際に喫茶店へ取材に赴くのだろうか。


「プロなら、作品のクオリティを上げるためなら、苦労をいとわないだろ。となると、高級レストランとか高級懐石料理とかを小説に出して、取材の名目で出版社から費用をもらったりできる?」


 そんな要望が認められてしまえば、金がいくらあっても足りない。

 常識で考えて無理だ。


「海外の観光名所を登場させるから、取材に行かせてくれってこともできる。認められるなら、俺は行きたい場所を片っ端から小説に登場させるな。新婚旅行で行ったハワイは楽しかったなあ。次に海外旅行に行く機会があれば、ヨーロッパがいいかな。カンボジアのアンコールワットも見てみたい……って、違う違う」


 思考が脱線したので、かぶりを振って強引に引き戻した。

 作家の取材も海外旅行も、今は無関係だ。

 喫茶店をどうするか、考えなければ。


「……そっか、行けばいいんだよ。みどりを誘って」


 簡単な解決策だった。

 一人では行きにくくても、みどりと二人でなら遠慮はいらない。

 おしゃれで人気のある喫茶店に行ってみよう。


「これで、もう一つの悩みも解決じゃないか。一石二鳥だ」


 二つ目の悩みは、みどりとのデート先をどうするかということだった。

 今日は土曜日だ。みどりの体調がよくないようなので、デートは明日になったが、いまだにデートプランが固まっておらず困っていたのだ。


 みどりが妊婦であることを考えれば、あちこち歩き回ってショッピングをするよりは、ゆっくりと映画でも見る方がよさそうだと考えていた。

 映画の後の行き先に、喫茶店を追加しよう。

 ケーキや飲み物に舌鼓を打ちながら、映画の感想を話し合うのだ。

 なんとおしゃれな。


「店を探そう。条件は、映画館から近くて、それなりに人気店で、混雑してない」


 贅沢な条件を挙げて、インターネットを駆使して店を調べる。

 便利な時代になったものだ。青太が中学生の頃なんて、インターネットどころか携帯電話すらなかったので、彼女とのデートは大変だったと聞く。

 彼女がいなかった青太には、縁のない話だが。


 同年代の人と話をすると、稀に「昔は、彼女の家に直接電話をかけてたよな」という話題が出る。

 青太は、見栄を張って分かった風に頷くのだが、そのような経験は皆無だ。

 当時は、休日にデートできる友達を羨ましく思ったものだ。


 青太はといえば、彼女もおらず、妄想にふける日々だった。

 いわゆる中二病というやつで、恥ずかしい妄想ばかりをしていた。

 自分が物語の主人公のようになって、悪者と戦い、ヒロインと結ばれるとか。


 何をやっていたのだと思うが、今もたいして変わっていない。

 頭の中で考えるだけだった妄想を、文章に起こして小説にしているのだから、今の方が悪化しているとも言える。


 昔は妄想するだけで、ノートに書き出したりはしなかった。

 絵や小説を書くとか、やたらと凝った設定を作るとかはせずに、あくまでも頭の中で考えるだけ。

 黒歴史ノートを生産しなかった点だけは、当時の自分を褒めてやりたい。


 とまあ、男子にはありがちな赤面ものの過去を抱える青太だが、あれから二十年以上たった今ではデートをしてくれる相手ができた。

 みどりという、愛する妻が。


 本当に、結婚してくれたみどりには、感謝しかない。

 感謝を示すためにも、明日は精一杯もてなそう。

 取材も忘れてはいけないが、優先順位はみどりが一番だ。

 大切なことを頭に刻み込んで、青太はデートプランを練る。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ