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ゲン担ぎ勇者は魔剣を担ぐ  作者: 堀内楚歌郎
4/5

会議

 勇者。それは勇気ある者。

 特にこの世界では、自ら引き抜いた聖剣ハルブレイブを手に、魔王を討ち滅ぼす勇敢な若者を指します。

 当代に魔王が復活し、今はまだ世界の平和は大きく乱れてはいませんが、魔王復活の影響で徐々に各地の魔物が凶暴になってきている一方、当代の勇者はまだ出現すらしていませんでした。

 勇者が生まれる国ハルカディア。その王宮の回廊を兵士長と兵士ダテン様、そして私ことユイ・ダシーの3人で歩いています。先頭に兵士長、少し後ろにダテン様、早歩きの大人2人に必死に着いていこうともはやダッシュの私です。

 いつもは観光客やメイド達でにぎやかな場所ですが、今は要所要所に兵士が立つのみで静まり返っています。

 理由は、()()()()()()から、でしょうか……?

 通例なら勇者が現れたとなると盛大な歓待の宴が催され世界に向けて広く宣言されるのですが、今回は少し事情が違うようです。なぜなら……。

「ね、ねえ、兵士長。兵士長は見たんですよね? 勇者様のお姿! どんな方でした? 教えてくださいよ!」

「うるさいぞダテン! 全く……ハルカディア兵士たる者、そうミーハーになってはいかんぞ」

「御意ません……」

 御意ません? 御意とすいませんの合わせ技でしょうか? 御意を否定しているようにも聞こえますが……。

「それに、メッチョの奴も勘違いしておったが、事実は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()というだけだからな」

「だから、それが勇者様なのでは……」

「世界の平和に関わることだ。早合点はよくないと言ってるんだ。……さあ、着いたぞダテン。お前はここだ」

 なおもブーたれるダテン様に、兵士長は一つの扉を指し示します。

「ここは……医務室?」

「ああ。お前が先ほど食らわされた毒について幾つか検査したいことがあるそうでな。おいおい、そんな嫌そうな顔をするな。これも(れっき)とした勇者の役に立てる仕事だぞ?」

「御意~!」

 ダテン様は嬉しそうに御意すると、ターカ様に治療してもらったとはいえ毒上がりの身体とは思えないほど流麗なフォームで医務室の前まで駆けていき、すぐ立ち止まり扉を開けて普通に中に入っていきました。何のために一瞬走ったのでしょうか?

 それにしても驚きました。兵士長の最後の言葉は明らかにダテン様をその気にさせるための方便。厳格な彼には似つかわしくないと思いました。

「なんだ、お前もやはり気になるか、勇者が」

 私が怪しんでじろじろ見ていたことに気づき、兵士長が苦笑交じりに話しかけてきます。

「は、はい。それはもう……」

「そうか。まあ、こんな事態になったのも初めてだからな。仕方ないとは思うが……」

 兵士長は普段であればこんな雑談になど絶対に応じてくれない方です。それだけ今回が異例なのでしょうか。

 ここで彼は少し声を潜めます。

「これは(わし)の個人的な見解になるが、例の剣を抜いた男……あやつは勇者ではないと踏んでおる」

「な、何故でしょうか?」

「なにせ、『自分は勇者ではない』と、否定する発言をしているのだからな」

「否定している?」

 不思議です。勇者はこの世界で唯一魔王討伐の英雄になり得る存在で、死後も消えることはない栄誉を与えられる選ばれし者だというのに、それを認めないとはどういうことでしょうか?

「それにあんなにオドオドして……あのような者が勇者であるはずがない。お前も、会えば理解するだろう」

「はあ……」

 オドオドした勇者、というのは確かに格好がつきません。勇気ある者という前提からも大きく外れていますし。

「いずれにしても、あやつが本当の勇者であるか否かは、お前の《脳水晶(ネザストーン)》で()れば分かることだろう。さあ、急ぐぞ」

 向かう先は王宮4階会議室。国事にかかわる協議にしか使われない特別な部屋です。

 私が呼ばれたのは、頭頂部に生えた《脳水晶》の能力を期待されてのもの。でなければ、こんな一介のチビメイドになどお声はかからないでしょう。

 ターカ様に知られたらまた彼女の反感を爆買いすることになるだろうな、などと嫌な想像をして悪寒を感じつつ、前を歩く兵士長に小走りで着いていくのでした。



「兵士長ヘーガフ・エニクス、《脳水晶》を連れて参りました」

 何か符牒があるのか「ココンココンコン」という一風変わったノックのあと兵士長がそう伝えると、閉ざされた扉の向こうから「入れ」という低い声がしました。兵士長が扉を開けて入っていき、それに私も続きます。

 王宮の会議室には「U」の形をした大机が(しつら)えられています。その「U」の底にあたる部分、一番上座に国王が座しており、その左右に左右大臣、そこからまっすぐに伸びる座席には空席もありますが、8名の各大臣たちが着席しているのが見えます。その全員が壮年から初老の男性で、私にとって既知の顔ぶれです。

 あれ? これ全員ですか?

「おお、ヘーガフよ。大儀であった」

「陛下。して、例の男は? ここには居ないようですが……」

 そうです。勇者様(仮)の姿が見当たりません。私が抱いた疑問を兵士長も抱いたようで、代わりに尋ねてくれます。

 国王は言い難そうに、

「うむ……実は奴は『自分は勇者じゃない!』と繰り返すばかりで興奮状態だったのでな……。魔法大臣に精神安定の魔法をかけてもらい、今は別室で落ち着くまで待機させておる。無論、見張りをつけてではあるがな」

 いよいよ待遇が勇者というより罪人めいてきましたね……。

「なるほど。魔法大臣どのの魔法の効力なら、さほど時間はかからないでしょうな」

 兵士長はそう言って大机の端の入口に一番近い席に腰を下ろします。

 列席する魔法大臣は自身が褒められたにもかかわらず、さして得意気でもなく「ふん」と鼻を鳴らす音を発しただけでした。

 それからは出席者全員の沈黙による静寂が訪れます。

 ……。

 …………。

「あ、あの、すみません。私は何をすれば……?」

 私の頭の《脳水晶》も万能ではありません。何もない状態から予知や遠隔視ができる訳ではなく、手がかりとなる人や物が手元にないと能力を行使できないのです。

 今回の場合、手がかりは当然勇者様(仮)。しかしその彼が今は面会できない状況では……。

 所在がなかった私は控えめに挙手して国王に尋ねました。

「おお、そうであった。ユイよ、今は《脳水晶》の力ではなく、メイドとして用がある。おぬしにしか頼めぬことだ」

 国王の口調は真剣そのものです。

 私にしか頼めないこと……。メイドでいることも本意ではないのですが、《脳水晶》保持者として道具みたいに扱われるよりかは少しだけ気分が悪くないです。

「な、何でしょうか?」

「茶を()れてきてくれぬか、人数分」

「ちゃ?」

 思わず間の抜けた声で聞き返してしまいました。

「うむ。正午ごろに騒動があってから今まで、この件における例の男の処遇や《脳水晶》の運用方針について討議していて食事をとれなかったのでな。皆、喉がカラカラなのだ。無論、腹も減っておるが、ひとまずはこの渇きを潤さなければ」

 喉が渇いている理由を聞きたいわけではないのですが……。

 この城には200人ものメイドがいます。彼女たちはメイドとしての仕事はほとんどしませんが、玉の輿に乗るという目的のために花嫁修業を積んでいる者もチラホラいます。給仕ぐらいは彼女たちでも難なくこなせるはずです。

 なぜよりにもよってチビメイドの私に白羽の矢が立つのでしょうか?

「お主も重々分かっているだろうが、今回の騒動はおそらく勇者の在不在に関わる大事件。落着するまでは国家機密だ。既に箝口令(かんこうれい)()いたが、この会議に関わる人間は少ないに越したことはない」

 国王は「それで、お前だ」と言わんばかりに私を指差します。ほんの少し私の顔より上に指を向けて。

 ああ……。

 納得しました。結局は《脳水晶》絡みなんですね……。「今回の件で必要な《脳水晶》にメイドがくっついてて一石二鳥だ」といった具合でしょうか。一人の人間として頼られたわけではなかったようです。

「どうした? 給湯室はここを出て右、貴賓室の隣の小部屋だ」

「はい……。承知しました……」

 限りなく低めのテンションで会議室の扉を開けて一歩廊下に出た私の背中に、

「儂の茶はラピスラズリ産のもので頼むぞい」

「あっ、俺もそれで」

「俺のはアツアツで」

「拙者のものは少し熱めで頼む」

「私は今の2人の間ぐらいの温度で」

「俺には酒をくれ」

 各大臣から矢継ぎ早のリクエストが!

 私は彼らに仕える身。命令は絶対です。とはいえ最後の方のは却下ですが。

 私が「ちょ、待っ……」と振り向く間もなく、扉が威圧的な大音を立てて閉まってしまいました。

 最後の方以外の注文を全て記憶できるでしょうか……。まあ別にもう一度入室して大臣たちに聞けば済む話なのですが、何だか大きく気力を削がれたようで、そんな気はこれっぽっちも起こりませんでした。

「はぁ……」

 給湯室に向かう際、貴賓室の前を通りがかると閉ざされた扉の前に衛兵が5人も6人も立っていました。今日は特に招客はいないはずですが、この警備態勢。先ほどの王の話と合わせて考えると、おそらくこの中に勇者様(仮)がおられるのでしょう。

 彼が本物の勇者様か偽物かはまだ判明していません。ですが、その人が近くにいると思うと、《脳水晶》を持つ宮廷占い師かつメイドとして身を粉にして働いてもいっこうに自身の生活が良くならない私をここから救い出してくれる存在なら、この際どちらでもいい、誰でもいいから助けてほしい。そんな気持ちが強くなってきました。

 (すが)る思いで貴賓室の扉を眺めていたら、衛兵たちに「おい! なぜメイドがここにいる!」と見咎められました。なぜか剣まで向けられます!

 私を会議に呼ぶなら呼ぶで、話ぐらい通しておいてください!

 その後、彼らに解放されるまで私は今回の件で使えるメイドが自分しかいないことを、《脳水晶》については伏せながら必死に弁明するハメになったのでした。



「だ、誰も見てないですよね……?」

 給湯室に入って扉を閉めた私は、身につけた衣類を一枚脱ぎ捨てて、身体のある部位を露出させます。

 それは頭の上の……いえ、もはや()()まで含めて私の頭と言っても過言ではないでしょう。《脳水晶》です。

 なぜお茶を入れるために、いつも絹のナイトキャップで覆い隠している《脳水晶》を露出させる必要があるかと言うと……。

「火加減はどれぐらいがベストでしょうか……」

 私は調理台に埋め込まれた赤黒い石、その側面に手を触れます。するとその直後、平らな石の上面からボオオオオーッ!と音を立てて火柱が上がります。

「うわぁ!」

 強すぎました!

 私は驚いて離してしまった手を再び石の側面に当て、火力を弱めるよう頭の中で念じます。天井を焼かんばかりだった火は徐々に小さくなっていき、お湯を沸かすのに適した火勢に落ち着きました。ホッ。音を聞きつけた者が部屋に入ってくることもありませんでした。ホッホッ。

 これは火の魔石。《火炎魔法(カオカラ)》を人の頭蓋ほどある大きさの石に閉じ込めて、誰にでも使えるように加工された便利な道具です。ただし、火の魔法に加えて暴発しないための安定魔法なども重ねがけしてあるため製造に人手と時間がかかり、高価ゆえに一般家庭への普及には至っていないのが現状です。

 魔石は、厳密には「誰でも使える」わけではありません。使用には魔法の素質が必須なのですが、この世界に生を受ける者のほとんど全員が身体にその素質を備えて生まれてくるため「誰でも使える」とされています。魔力のない者のほうが珍しいぐらいです。

 嬉しくないことに私は珍しいサイドの人間でした。魔力があればできることができない幼少期の私は、父・カツオにひどく罵られ虐げられました。

 持って生まれた珍しい体質がその布石だったのかは分かりませんが、私はもっと珍しい《脳水晶》の発現を経て魔力を得ることになります。ただし《脳水晶》を外気に晒した状態でないと魔力を発揮できないので、魔石使用時にはこうやってナイトキャップを脱がざるを得ないのです。

 給湯室で自身の秘密を丸出しにしてお茶の準備をする私。正直に言って「誰かが入ってきたら……」という恐怖で落ち着かないですが、やるしかありません。

 お茶を淹れるには当然火だけでなく水も必要です。水の魔石というものも存在しているのですが、煮沸しても飲料にできるほどの純水を生み出すことはできないため、今回の場合は部屋の隅に置かれている樽から汲むことになります。

 王宮に勤める者、特に王族や役人が普段飲んでいる水は、遠方の有名な湧水地からわざわざ汲んできたもの。対して私がいつも飲んでいるのは王宮の敷地の外れにある井戸から自分で汲んできた、水と泥水の中間のような液体。そんな私からすると、この樽の中に溜められた無色透明の水がもはや甘露にすら見えます。

「…………じゅるり」

 いけません! 私は一体何を考えているのですか!

 いくら飢えているといっても、ここでこの水を飲もうものならそれは言い逃れのできない窃盗。許されることではありません。

 少々取り乱してしまいましたがお茶の準備を続けます。樽から汲んだ水をやかんに注ぎ、それを調理台の火の魔石の上に置いて先ほどの感覚で点火します。……今度は上手にできました。

 水が沸騰するまでに茶葉を用意しなければ……。私は戸棚を物色します。確か産地を指定している方がいましたね……どこのでしたっけ。ああ、ラピスラズリ、ラピスラズリ……あれ? ありませんね……。強いて言えば語感がほんの少し似ている「ラスノティリ」という地名の入った茶葉は見つかったのですが、これでいいのでしょうか? あとは……会議中に非常識ながらお酒を所望していた方にはやはり本当に持っていくべきでしょうか? でないと怒られそうな気がしますし……。

 そうやって私が逡巡しているうちに火にかけていたやかんがシュンシュンと鳴りはじめました。ポットに茶葉を入れ湯を注ぎティーカップに振り分けます。

 ……いい香りです。立ち上る湯気を嗅いだ瞬間、私のお腹が「くぅ~」と鳴りました。そういえば私だって早朝に食べたカビ寄りのパン一切れ以降一切何も口にしていないのです。

「いけません!」

 今度は声に出して制止します。

 私は自分から発せられるよだれやお腹の音を我慢しながら、お茶を淹れたティーカップ(と、お酒)を載せたお盆を持って給湯室を後にするのでした。



 会議室に戻った私を出迎えたのは意外な人物でした。先に言ってしまうと、勇者様ではありません。

「何だよ今日のお茶汲みメイドはお前かよ~、ユイ。ずいぶん色気のないメイドもいたもんだな、がはは!」

 その人物は武具大臣の隣の席、先ほどは空席だった椅子に座しています。かなり浅く腰掛けて背中を背もたれに大胆に預けているため、こちらからでは身体が机に隠れて肩から上しか見えません。

「王もどうせメイドを呼ぶならミメゥちゃんかターカちゃんにしろよな~。特にターカちゃんは最近やけに色っぽくなってきたし……」

 彼は他の大臣たちと同じく豪奢な服を着ていますが微妙に着崩れており、だらしない印象を受ける格好になっています。顔も同じくだらしなく無精髭が点々と生え、薄い頭髪も乱れ放題です。そして何より会議の場において問題なのが、お酒を飲んでいる最中のような赤ら顔。この人物をよく知る私は、それが本当に飲酒によるものだとはっきりと確信できます。

「おい、聞いてるのか!? ユイ! まったく無礼な奴だな、こんなしつけをした親の顔が見てみたいぜ……って、俺か! がっはっはっは!」

 それは紛れもなく私の父・カツオ! なぜこの機密会議に!?

 私はあまりに意外な対面に、お盆を持って立ったまま硬直していました。わずかな身体の震えが伝わってティーカップがカタカタ鳴っています。それは仮にも我が子の幼馴染であるターカ様を下卑た目で見る父におぞましさを感じたせいでもあるでしょうか。

「父上、なぜここに……」

「あぁ!? 俺がいちゃ悪いって言うのか!? 誰のおかげでお前がここで働けると思ってんだ! よっぽど拳骨が欲しいようだな!」

「ひッ……!」

 父が拳を振り上げた瞬間、「ゴホン!」と大きな咳払いの音が聞こえました。出どころは、国王です。父の動きが止まり、私を助けてくれた形になりました。

「ダシー家よ、親子仲睦まじいのも良いことだが、早く茶を配ってくれぬか」

「左様、もう喉がカラカラゆえ」

「右様、ラピスラズリ産のものを持ってきておろうな?」

 父がなぜこの場にいるのかは不明ですが、国王と左右大臣には逆らえないようです。「チッ」と不満げに私が持っているお盆からお酒を引ったくり、栓を開け瓶のまま飲み始めました。

 さっき酒を要求した声の主は父上だったのですね……。空席だと思った箇所でおそらく酔いつぶれて床に伏してでもいたため見えなかったのでしょう。

 私は国王に命じられた通りお茶を配膳していきます。ティーカップに口をつけた者たちから味や温度についてクレームが出なかったのは幸いでした。

「おいユイ! なんか酒に合うつまみはねぇのか!」

 父! ここは酒場ではありません!

 それにしても、なぜ父が機密にかかわる会議でここまで好き放題に振る舞えるのでしょうか。やはり《脳水晶》こと私を紹介した功績が大きいのでしょうか? だとしたら本人である私の衣食住ももう少し改善されてもいいような気がしますが……きっと叶わぬ願いなのでしょう。

「ふう、茶の時間はここまでにしよう」

 国王が発言し、室内は会議ムードに変わります。

「して魔法大臣、お主の見込みではそろそろか?」

「あ、はい」

 魔法大臣は魔法の腕前は超一流なのに、反応はいつも素っ気ないです。

「ユイよ、貴賓室にいる例の男を呼びに行ってくれ。精神安定の魔法がじゅうぶん効いた頃だ」

 国王の命を受け、私は再び会議室を出ていこうとします。その時ふと父の席を見ると、また視界から消えていました。机の下を覗き込むと隣の武具大臣の靴を枕にご就寝。なんと自由な……。武具大臣は私に「お前の父親だろ、何とかしろ」と訴えるような視線を送ってきますが、私にはどうすることもできません……。

 会議室を出て貴賓室へ。先ほど私を訝しんだ兵士数人はその時のまま扉の前の廊下を警備していました。

「あの、すみません……。勇者様(仮)をお連れするように国王に命じられたのですが……」

「ムッ、いよいよか。魔法は効いているだろうが、くれぐれも奴を刺激するなよ。暴れられては堪らんからな」

 私が声をかけるとリーダー格っぽい兵士が扉を開けてくれました。もはや勇者どころか猛獣を扱う時のような忠告が気になりますが、怖がっていてもいられません。室内に一歩足を踏み入れます。

「失礼します……」

 貴賓室というだけあって内装はやはり豪華。大きな部屋の真ん中に据えられた見るからにフカフカのソファーに、一人の男性が座っているのが目に入ります。部屋にはその方しかいないので彼が勇者様(仮)なのでしょうが、どうしても……その、勇者様には見えません。

 お団子頭が大きいだけのチビメイドが部屋に入ってきただけで、ビクッと身体を強張らせワナワナと自分の肩を抱いて縮こまっているのです。兵士長に教えられた通りのオドオドっぷりで、確かに勇気の「ゆ」の字も感じられません。

 しかしそのオドオドっぷりに似合わず服の上からでも分かるほど筋肉はモリモリで、そして頭は全て白髪というアンバランスなおじいさんが、やはりアンバランスな子犬のような目でこちらを見つめているのでした。

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