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ゲン担ぎ勇者は魔剣を担ぐ  作者: 堀内楚歌郎
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水晶

「さ~てさて~? 気になる今日の運勢、第1位は~? …………スライム座のあなた!☆ 今日は恋も仕事も、ぜ~んぶうまく行っちゃいそう♪ 新しいことを始めるのも吉♪ そんなあなたをさらに幸せにしちゃうラッキーアイテムは……『緑色の招きスライム』☆ おでかけに持っていくと素敵な出会いがあるかも?♡ それでは、カリスマ占い師ウサリンの星占い、また明日~☆☆☆」

 普段より幾分キャピめに作った高い声でそう言い終えた私は、()()()()()()()()()()()水晶玉にかざしていた手を下ろし、口にあてがいます。

 失礼。

「ごっふぉす!! ごっふぉごっふぉす!! えふ……うゔッ……はぁ、はぁ……………………ふぅ~」

 ウサリンの声色は声帯を酷使し、さらに平素の私と似ても似つかぬ性格のギャップが激しく、ひどい咳と嘔吐感に苛まれます。

 宮廷占い師の朝は早い。

 太陽が昇る前に起床し、国命であり日課である星占いの準備をしなければなりません。

 そのうえ夜は遅いので睡眠時間がすごく短いです。ふわわわわ……。

 私が読み上げる星占いは《音播魔法(イムフム)》によって全世界に放送され、その的中率の高さから人気も高いです。

 話を変えます。



 この世界に最初の魔王と勇者が誕生してから、魔王の復活と新たな勇者の誕生で恐慌と平和を繰り返して1500年ほどになります。

 私が生まれ育ち暮らすハルカディア王国は辺境の小国ながら、またの名を「勇者が生まれる国」といい、魔王を倒し世界を平和に導く勇者への寄付金や、自宅のタンスや壺からの貢ぎ物を他国民から募る、いわゆる「勇者事業」で国益のほとんどを得ていた国です。

 しかし現在、頼みの綱である勇者は不在。

 旅に出たため居ないのではなく、当代77代目の魔王の脅威が徐々に増しているにも関わらずその所在が全くの不明。

 過去76代の勇者たちは血統に関係なくハルカディア国内に一定周期で生まれてきたのですが、その周期を過ぎても勇者が現れていませんでした。

 ハルカディア王国に勇者生まれる説も、にわかに否定派が増えました。

「産まれはしたが成長する前に死んでしまったのではないか?」

「そもそもなぜ同一の国からしか勇者が輩出されないのか?」

「ハルカディア衰滅で利がある魔王と他国の人間が癒着し何らかの謀略を巡らせているに違いない!」

「おい! 俺にも聖剣を抜かせろ! 俺が勇者だ! ……えっ? やらせてくれる? マジで? どれどれ……ウーン、ウーン……はぁはぁ、やっぱ違うわ。すみません……」

 最後の例のように自称勇者の人、単に好奇心やミーハー心が肥大した人などがお城に殺到したため、王はこれを新たな国事として運用し始めました。

 要するに「ハルカディア王国に生を受けた子が12歳の誕生日にお城へ聖剣を引き抜きに赴く」という元服のような儀式と並行して、近隣諸国含め一般に聖剣を開放したのです。

 決して安いとはいえない挑戦料を課して。

 驚くべきことにこれが功を奏し、たくさんの人がお城に聖剣を引き抜きに訪れ、お土産屋や宿屋にお金を落とし、新国事の開始からわずか2年で国益の7割をこれで賄えるほど国も潤いました。

 王がとった政策はそれまで国外の者には「なんか勇者しか引き抜けない聖剣がハルカディアにあるらしいぜ」「へぇ~」止まりだった物の価値を押し上げた結果となったのでした。

 めでたしめでたし。

 ……とはなりません。少しもめでたくめでたくありません。

 肝心の勇者が現れない以上、彼が打ち滅ぼす予定の魔王による脅威はなくならないのですから。

「勇者がいないなら、いないことで儲ければいいじゃない」という王の弁は一理あるのですが、勇者の出現を快く思っていないようにも感じられて、少し解せません。

 さて、国益の内訳は勇者事業に取って代わった「聖剣事業7割」、元々あった「畜産・農産1割」ですが、残った2割はと言うと……私です。

 これは誇張でも比喩でもなく、事実です。

 事実ですってば。

 私の頭に()()()水晶玉は《脳水晶(ネザストーン)》と呼ばれるもので、仄かに空色を帯びた透明の球体に類稀なる占いの能力を宿しています。占いの能力と言っては語弊があるかもしれませんが、そもそもは未来予知や千里眼といった能力。

 ハルカディアの歴史上《脳水晶》が発現した例は4例しかなく、雨乞いの儀式の生贄を選定したり、他国との戦争時に有効な戦術を見出したり、ともすれば国王と同等か実質的にそれ以上の地位についていた者もいるほどでしたが、今は昔と比べて(魔王がいるとはいえ)平和な時代。

 この能力を持っていても星占いぐらいしかすることがないのです。

 いえ、もう一つ重大な役目があるにはあるのですが、それは旅立つ勇者に神託を授けること。

 予知能力をふんだんに活かした、

「◯◯町の宿屋の玄関から218歩かけてカジノに入ると大当たりするぞ」

「△△洞窟に入ると落盤事故に巻き込まれるから行かないほうがいいぞ」

「魔王の初撃は炎ブレスだから開戦前に防御魔法をかけておくといいぞ」

といった具体的な神託(アドバイス)

 ですがそれも肝心の勇者が不在では出番がありません。

 なので私は星占いをするしかないのです。

 ちなみに《脳水晶》を持つ者がいない代の勇者には適当な……もとい、国内で最も権威ある占い師が神託を授ける役を担ったそうです。

 しかしやはり《脳水晶》からの神託があるほうが勇者の生存率の高さ、冒険のスムーズさ等がダンチ。これが発現した私がいる当代の勇者は魔王討伐においてとてつもなく有利なのですが……。繰り返しになりますが勇者は不在。

 やっぱり私は星占いをするしかないのです。

 我が国は的中率の高い星占いの口上を《音播魔法》で飛ばすことにより、希望した他国と契約し受信料を取っています。これも聖剣チャレンジ料と同様に高額ですが、契約する国は多いようです。

 国益の2割が私、ということにはこういう理由があります。

 国王にとっていまや私は国政に必要不可欠な存在になっている、と言っても過言ではないはずです。ですが……何だか扱いがぞんざい。

 「お城に住み込みで働いていて、さらに城内に個室が与えられている」と言えば聞こえはいいのですが、何でもその部屋は城に勤めている誰もが口を揃えて「使っているのを見たことがない」と証言する、敷地の隅の隅の最も日が当たらない場所に据えられた物置。

 長年をかけて堆積したカビやホコリ達が喉を刺激する、ウサリンこと私にはとてもつらい環境です。

 星占い放送を世界の広い範囲に届けるための《音播魔法》の増幅装置が巨大であるため置ける場所がここしかないとか、私がウサリンとして活動しているのは極秘なので人目につかない立地が良いだとか何やかんや理由はありますが、それにしてもしんどいです。

 昼は別の仕事に駆り出されるため掃除する暇もありません。

 夜、寝る場所はここではないのが不幸中の幸い、と言いたいところですが、強制的に決められた寝床はこことはまた別タイプの不幸。

 なんと翌朝に放送する星占いの準備として一晩中、《脳水晶》に天球上の星の動きを読ませる必要があるため城の屋上で夜空の下、吹きっさらしの中で寝ないといけないのです。《脳水晶》は名前に反して脳が頭頂部に飛び出ているようなグロテスクな物ではないのですが、それでも感覚は備わっているので夜風をモロに受けると正直寒いです。

 父の強い勧めでお城で働くことになりましたが、こんなに過酷だとは予想だにしていませんでした。元の貧しい暮らしのほうがまだマシだったとさえ思います。

 妻を、私にとっての母を、私が赤ん坊の頃に亡くした父・カツオは、それから男手一つで……いえ……男指二、三本ぐらいで私を育ててくれました。

 元々あった蓄えをお酒とギャンブルで切り崩した父は、まだ《脳水晶》が発現する前の幼い私に労働を強いました。

 町から遠く離れた野山へ薬草を摘みに行ったり薬草を売ったり毒草を摘んだり毒草を薬草と称して売ったりしました。

 しかしその稼ぎのほとんどが父の新たな酒代とギャンブルに消え、私たちはいっこうに貧しい暮らしのままでした。

 そんな折、私の頭頂部に《脳水晶》が発現します。

 父に拳骨を貰った日の夜だったので、当初は「大きめのタンコブかな?」と頭をさすっていたのを覚えています。

 しかし日を追うごとに最初はこぶし小だった膨らみがこぶし中からこぶし大へと肥大していき、ついには頭蓋大の大きさになりました。

 こうなるともう、ちょっとした頭です。

 触れると、質感も頭皮のそれと異なりかなり硬質のものへと変化しているのが分かりました。頭頂部は目視できませんし、自宅には鏡がなかったのでおぼろげにしか分かりませんでしが、どうやら光を通す透き通った物になった様子。

 私は自分が何か得体のしれない怪物になってしまった気がして、日々を暗い気持ちで過ごしていました。

 この頭上の球体が変質し終わるまでの間、父は私に自宅である借家から一切外に出ないように命じ、自身は何やら調べ物をしたりお城へ赴いているようでした。

 その間の私は、いつもは家で飲んだくれているか酒場で飲んだくれているか賭け事に参加して全額スった鬱憤晴らしに飲んだくれているかしている父の、珍しく何かに前向きで活発な姿にわずかな希望を見いだすしかありませんでした。

 そしてその希望は叶うこととなりました。少なくとも、外見上は…………

「ユイ! やった、やったぞ! お城で暮らせるぞ!」

 ある日の夜中、どこかに出かけていた父は帰宅するなり上気した顔で私に言いました。

「お前のその頭のやつ、《脳水晶》って言ってな、とても珍しい物なんだそうだ! それを王さんに言ったら『我が城に仕え、その力を存分に活かすがよいぞ』って言ってくれてな……! もうこんな貧乏生活はしなくていいんだぞ、ユイ!」

 鬱屈した日々にぱあっと一筋の光明が差したように思えました。

 ただ、父の手に高級そうな酒瓶が握られていたのが目に留まり、上気していたのは娘の境遇がよくなることを喜んで昂奮しているのではなく、お酒に酔っているだけ? と気にはなりましたが……。

 それでも当時の私は今の状況から抜け出せることが嬉しく、喜んで父の言葉に従いました。

 それから父に連れられ、王の御前で《脳水晶》の能力を示して認められた私は晴れて宮仕え、宮廷占い師になりました。

 そしてこの有様です。

 宮廷占い師に就くにあたって出した私の希望で通ったものは、U.N.(占いネーム)を「ウサリン」にする、というものだけ。

 ……う、兎が好きなんですっ。

 それ以外の衣食住の全てが私の意思を無視して決められ、そしてそのどれもが極貧時代とさして変わり映えのしないもの。私は再び凹みました。おまけに喉はガサガサです。

 父は私がこの職に就いて以来離れて暮らすようになり、私に会いに来ることはありません。

 父上……今頃どこで何をしているのでしょうか……。

 最後に見たのは一ヵ月前、王の間で女人を侍らせてどんちゃん騒ぎで王と酒盛りをする姿。

 父上……今頃どこで何をしているのでしょうか……。

 汗水流して働いても自分の状況は打開できず、父ばかりがいい目を見る。《脳水晶》があってもなくても同じことです。

 ……私は不幸の星の下に生まれてきたのかもしれません。

 ! そうだ。そうです。そう思うことにしましょう。

 最弱の星座、スライム座の下に私は生まれてきたのだと。

 私が星占いに用いる星座とは、夜空に散らばるいくつかの星を繋いで何かの形に見立てたもの。それが個人の誕生日を基準に割り当てられ、運勢を決める手筈になっています。

 そして13ある占い用の星座のうち、年間を通じて最も運勢が悪いのがスライム座です。ドラゴン座やマンティコア座など、強そうな魔物が肩を並べる中でスライム。「最弱の魔物」の名に恥じぬダメダメっぷりです。

 ウサリンこと私が星占い業を初めて5年の間で1位をとったことはおろか、いつも12位か最下位の低空飛行。極端です。他の星座は毎日ほぼほぼランダムに順位を入れ替えているというのに……。

 私の誕生日は不明で、よって星座も不明。かつて父に尋ねたことがありましたが「お前が生まれた日? あれは暑い季節のことだったな……半袖の服を着てたはずだから。いや、長袖を腕まくりしてただけか? 雪が降っていたような記憶もあるな……」という要領を得ない回答しか返ってきませんでした。

 母なら知っていたのかもしれませんが、私に物心がつきそうでついてない少しついた頃に他界したので過去の私が尋ねていたとしてももはや記憶になく、思い出すことさえままなりません。

 ともかく、私の誕生日がスライム座にあたるとすれば今までの不幸も納得できます。

 おまけに今日は大変珍しく1位。きっと何かいいことがあるのでしょう。あはは、うふふ……。

 ふぅ。

 ちなみにスライム座は南の空に浮かぶわずか2つの星で構成されており、どう繋いだらスライムに見えるのか皆目見当もつかない代物。というか、そもそもスライムは軟泥状の魔物なので不定形なのですが……。

 さらにちなむと本日のラッキーアイテムである「招きスライム」とは、ぐにょぐにょと触手を伸ばして何かを招いているようなポーズをしたスライムを模して作られた等身大の陶器製の置物で、あまり良い物を招きそうにないばかりかおよそ持ち運べるものではありません。ですが《脳水晶》によって導き出されたアイテムなので効果はあるのでしょう。たぶん。

 少しちなみすぎました。

 話を戻します。



 星占いの口上を述べ終えた私は、部屋の湿気でどうにかなりそうなパンを一片もさもさと食べた後、昼の仕事に向かう準備を始めます。

 占い師のローブ(という名のボロ布)から、黒を基調としたパフスリーブのワンピースの上にフリルがついた白いエプロンが一体となっている衣裳……エプロンドレスに着替えます。そして頭にはエプロンと同じくフリルがついたカチューシャ……は私の頭の形状が特殊なため嵌められませんが。

 そうです。メイド服です。

 宮廷占い師の昼はメイド。

 聖剣事業でいまや国一番の観光地となったハルカディア城内の掃除・掃除・そのほか掃除を任されているため休む暇もありません。

 まだ早朝で開城時間まで時間があるため、私が暗い顔で物置部屋から出てくるところを目撃する者はいません。まずは最初の掃除場所に向かいます。

 それは王宮2階の聖剣の間。

 広い部屋の入り口から赤い絨毯が伸びており、その先に聖剣が刺さった絢爛な祭壇があります。今は営業時間外のため聖剣チャレンジ料を徴収する係の者もいません。私一人です。

 私は歩を進めて祭壇を数段登り聖剣の真ん前まで来ます。

「聖剣、よし」

 指差確認です。

 聖剣ハルブレイブは柄を天に向け、硬質の石に深々と刺さりわずかに覗く刀身から光を放っています。

 それは目を刺すような眩しい光ではなく、例えるなら暖かな季節の木漏れ日のように優しく穏やかな光。見ているこちらの心が洗われるような……。

 さすがは聖なる剣。紛うことなく聖なっています。

 長いあいだ引き抜く者が現れず王宮の一室で聖なり続けている剣を眺めていると、ある思いが去来します。

「この剣、私はまだ触ったことないんですよね……」

 聖剣の儀は12歳の誕生日。10歳で宮仕えになった私は、誕生日が不明であることをさておいても一人の子としての勘定に含まれていなかったのか、この儀式をスルーしています。

 星占いで初めて1位をとって(推測)、少し気が大きくなっていたのは否めません。

 ひょっとしてひょっとすると、勇者は私なのではないかと。頭に《脳水晶》、その手に聖剣を備えた空前の勇者。それこそが私なのだと。

 ……。

 私は大きく深呼吸したのち聖剣の柄に手をかけます。そして。

「ふんぬゔうううううんん!! ぐぬぬ……ふッ、んにいぃぃぃぃぃアッは!! ……おごっ、ごっふぉごっふぉす!! ごっふぉごっふぉす!!」

 それでも剣は抜けません。ウンともスンとも言いません。

 持病の咳まで出てしまった私はじゅうぶん息が落ち着くのを待ってからこう言ってやります。

「なーんて」

 冗談に決まってるじゃないですか。私が勇者だなんてそんな都合のいい話、あるわけありません。

 散々踏ん張っておいてこれでは冗談としても苦しいとは思いますが……。目撃者はいませんし「冗談、よし」ということにしておきましょう。

 と。

「おい、そこのメイド! 何を遊んでいる!」

 目撃者、いました。

 見回りの兵士でしょうか。ハルカディア兵の標準装備、鈍色の甲冑を身につけた者が部屋の入り口に立っています。

「はひゃいっ! 申し訳ありません!」

 私は持っていた箒で掃除を開始しようとします。すると。

「いや、ここはもういい。そうだな……確か4階東回廊の窓枠にホコリがたんまり積もってたな。そっちを先にやってこい!」

「はいっ、ただいま」

 兵士はカシャンカシャンと鎧を鳴らしながら部屋の中に入って来、出て行こうとする私とすれ違います。その時に目が合ったので会釈します。

「失礼しました」

「うむ」

 ……気のせいでしょうか。大儀そうに返事をする兵士が、ものすごく怪訝そうな目でこちらを見ているように感じられたのは。

 どのぐらい怪訝かというと、フルフェイスの兜からわずかに覗く目元だけで怪訝と分かる程度の怪訝っぷり。さすがに気になって、振り返って尋ねてしまいます。

「何か気になる点でもおありでしょうか?」

 しかも、私がこうやって声を発するたびに怪訝になるのです。私のほうこそ怪訝です。もしや私の声があまりにガラガラで戸惑っているのしょうか……。だとしたらわりとショックです……。

「……ッ、何でもない! 早く行け!」

 ピシャリでした。兵士は何も教えてはくれませんでした。

 私は兵士のいる聖剣の間を後にして、彼が指示した4階に上がるため階段に向かいます。

 ……。…………。ちらっ。

「早く行け!!」

 うっ、まだ見てました。兵士は廊下にまで出てきています。

 言われなくても早く行ってますってば。バタバタと走るとはしたないのであくまで早歩きですが。

 それにしても、そんなに怒鳴らなくてもいいじゃないですか……。

 国に、城に、王に奉仕するのが宮廷占い師&メイドである私の務めなので、逆らうことはなりません。

 ですが、もし。もしです。

「勇者様が現れたら、こんな生活も終わるのでしょうか……」

 廊下を曲がり、先ほどの兵士の目も耳も届かない場所に来てから、知らぬ間に潤いを帯びていた目を拭って私は呟きます。

「なーんて」



 さて、私の頭の上のお話です。

 カチューシャの装着を阻害するほどに大きい《脳水晶》。私がこれを保持していることは父や国王、一部の役職者を除いて秘密。国事にも関わる物なので、いわば国家機密と言っても過言ではないでしょう。

 なので私は、バレる危険性が高まるような着替えや湯浴み、そして就寝のシーンを他のメイドたちと共にしません。……なのですが、これの秘匿方法は上記の人物が誰も考えてはくれなかったので、私が自ら編み出しました。んもう。(もっと言えば、国家機密ならメイドとして働かせて衆目に晒す必要はないと思うのですが……)

 それは自らの髪をひっつめて頭頂部に持っていき、《脳水晶》ごと絹地のナイトキャップで包んで隠してしまうやり方。丸顔の私の頭上にもう一つ大きな丸が乗っかっていて、ちょうど雪だるまのようなフォルムになります。自分で言ってて悲しくなりますが。

 実際はひっつめているわけでなく《脳水晶》の表面に張りついているような状態で、集めた髪の分だけ本来の体積より大きく見えてしまう本末転倒な所はありますが……ともかくこういう方法で今まで隠してきています。

 私の秘密を知らぬ者には「特大のお団子頭」で通っているはずです。

 通っていますか?

 通れなくなりました。

 通せんぼされました。

 もうすぐ太陽が真上に来るという時刻、今朝の兵士の指示通り4階を掃除し終えた(それほどホコリはありませんでした)私が、お昼ごはんを取ろうと自室の物置に向かおうとした時。

 大人3人はゆうに縦に寝転べる幅の廊下を、大勢の人が横に並んで塞ぎ私の行く手を阻む形でこちらに行進してきます。その隊列は後ろにも長く続いている様子で、その構成員は全員が私とほぼ同じ格好をしたメイド。メイドの軍勢がザッ、ザッとこちらに向かってきています。こわい。

 やがて軍勢の先頭は、まごまごしている私と会話ができるぐらいまで接近した所で止まります。そしてメイド達を先導して率いていた者が一人だけもう一歩、私のほうに近づきます。もちろん彼女もメイドです。

 彼女はメイド服のポケットからある物を取り出します。それはコルク栓で封がされたガラス瓶で、本来は貝がらやビー玉などを入れてファンシーな感じにする物でしょう。しかし、今そこに収まっているのは。

「毛の……束?」

 私は動揺します。それが、私の空色の髪と同じ色をしていたからです。

 彼女はゆっくりとした動作で瓶の栓を開けて毛束を取り出し、束ねた部分を掴みダランと眼前に掲げます。まるで私に見せびらかすように。

 なんだか、長さまで私の髪と同じ、ような……

 そして彼女は高らかに宣言します。

「ここであったが100本目ですわ、ユイ・ダシー! 覚悟なさい!!」

 宣言を受けた私は今、ものすごく嫌な予感がしています。

 これから私、どうなるのでしょうか……。

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