第9話 -準備と終結-
15000光年の苦難の旅を銀河共和国連邦軍が強いられている頃
ワンダーク提督は今回厳しい処分を受ける覚悟であった。
2回の戦闘で敗北した上、ADAM30も奪還されたのだから仕方がない。
と、諦めていた。
唯一の収穫は敵101旅団ブラックナイツの詳細についてだけだ。
降格かもしくは打撃艦隊提督から機動艦隊提督へと変更されるかだろう。
どこかの守備艦隊提督にされることはないはずだ。
クーン准将の命令違反は上には上げないことにした。
多くの被害を出してしまったが、再度の編成変更で同規模の部隊が作れるだろう。
そのデータもしっかりと解析され、今後に活かす事ができる。
◆
その頃クラムラン惑星要塞へと2個守備艦隊と共に輸送部隊が向かっていた。
新型ジェネレーターや最新型の移動砲台、その他部材を強行軍にて運んで来るのだ。
ADAM宙域にはもはや脅威はなくなり、前線ではなくなっていたが、
自由共和国連邦軍は2度と奪還されないための武装と守備を新規で構成するとの事だった。
今後の戦線はSETO、AWAN MOSES宙域となるだろう。
◆
現在の両陣営の領域は、
自由共和国連邦側がEDENを中心にCAIN、ABEL、そして今回奪還したADAM宙域である。
対して銀河共和国連邦側はAZURAを中心にEVAを完全掌握し、SETOとAWANのほぼ9割を支配している。
元々SETO宙域とAWAN宙域はEDENやEVAからは3万光年離れているが、
この2つの宙域自体は5000光年も離れておらず、また、CAINからは2万光年の距離にある。
他の、地球型惑星を中心としないテラフォーミングされた星系に関しては
両連邦が100程度を支配し、現在も開発は続いている。
◆
「さて、他の宙域の作戦に参加の命令が下るまでは時間があろうな。」
クラムラン惑星要塞の上級士官室でバートンがスクオーラに言うと
「そうですね、ADAMの防御が完成するまでは張り付きでしょう。星系内の即応部隊を拡充するでしょうし」
と答えた。
戦闘自体は短いが、準備期間やその他を合わせると要塞奪還作戦が始まって半年が過ぎようとしていた。
ようやく訪れた安心できる時間を楽しむ事もできず、モニターフォンでの連絡や書類の処理に提督や参謀達は忙殺されていた。
しかし、将兵は別である。治安維持やゲリラ的な活動の抑止のための兵は要塞内の治安維持を受け持つが、
それ以外の者は基本的に自由行動が許され貯まっていた給料を使って、派手になり過ぎない程度に騒いでいた。
◆
「買い物なんて久しぶりよ、確か、えーと・・・」
「忘れてるなら思い出さなくて良いだろ、カリン。俺も覚えてねぇし」
レイはジーン少尉と買い物に出かけていた。
治安維持は基本的に陸戦部隊が中心となるため、トルーパーパイロットは暇を持て余していたのである。
もちろん空間パイロットとしての訓練はあったが、主に新規隊員のためのものであり、そう多くはなかった。
「なんだな、終わってみればあっけない戦いだったよな、生き残ってこそだが・・・」
レイは目の前に広がる要塞内の空間にラクシオンを思い出していた。
「小競り合いも無いだろうな、全星系を掌握したからには15万隻程度の艦隊の駐留で敵は攻めあぐねる。」
ラクシオンのような星系に属さない中継惑星要塞に対してのような偶発的な戦闘も無いだろう。
レイたちは久しぶりの休暇を楽しむことにした。
◆
自由共和国連邦の司令部からバートン提督に連絡が入った。
「要塞武装の復旧改善を最優先事項とせよ、必要なものがあれば連絡せよ」
スクオーラ提督は
「毎回同じような事ばかり言って来ますが、もう輸送部隊はこちらに向かってますよね?
強いて言えばADAM星系駐留艦隊ですが、それは司令部で考えることですし」
バートンが言うには
「この突出した場所にあるADAM30に必要とされる武装だろう」との事だった。
銀河共和国軍により、クラムラン惑星要塞を始めADAM30には軍港がかなり拡充されている。
最前線基地なのだから当たり前だが、10万隻の常時駐留が可能であり、バートン提督の意見を聞きたいのだろう
ということだった。
市民にとっては軍備より物資だが、それも銀河共和国軍が多く残していっている。
「はてさて、おねだりするにも返事に困る。軍人が行政官の真似事もできんしな。」
そうバートン提督はスクオーラ提督に漏らした。
「まずは通貨の交換などか、おいおい行政府にまかせていいだろう」
「では、札束でも運んできてもらいますか」とスクオーラは冗談めかした。
◆
意外なことに、銀河共和国連邦軍と大統領はこの事態を大したことと考えていなかった。
10万隻以上の艦隊と5000万人以上の将兵を失い、橋頭堡であるADAM30を失ったにもかかわらずだ。
「処分はなしですか?」
ワンダークはそう言って驚いたくらいだ。
どうやら敵101旅団の情報がそれ以上に貴重だということらしい。
今までは局地での小規模な戦闘に参加することが多かったが、
前回の獅子座戦役と今回のクラムラン惑星要塞のような大規模戦闘では圧倒的な力を発揮することがわかった。
ということだった。
ワンダークは込み上げて来る怒りをなんとか堪え
「我々は実験台だったのか・・・」と震えた。
そして、怒りが無気力感へと変わっていく自分の内面を知った。
ワンダーク提督は帰還後、データキューブを差し出し、形だけの軟禁を3ヶ月程度受けただけだった。
そして大半の人々はクラムランでの出来事を知らされずに、それは終わった。
◆
銀河共和国連邦で極秘にそのようなことが起きている間に
クラムラン惑星要塞の修復とアップデートは順調に進んでいた。
自由共和国連邦軍の精鋭工兵部隊と部材が到着し、以前の倍の攻撃力をもつ要塞と変えられた。
駐留する守備艦隊は2万隻だが、攻撃力、防御力共に優れた最新の艦艇で構成されていた。
「やれやれ、ですな、バートン元帥」
スクオーラが書類仕事から開放され、バートンの部屋でコーヒーを飲んでいた。
「そうだな、やっと片付いた。とは言えまだ6割といったところか。」
「要塞内に敵残兵も居らぬようですし、まずは一安心です。」
スクオーラは今では要塞内に駐留している自分の鑑に戻るようになっていた。
要塞内に作った自室に荷物は置いていない。司令部からの命令待ちの状態である。
◆
民間人の中に銀河共和国に買収されていた者が複数見つかったとの報告が入った。
憲兵では民間人に不評を買う恐れから、陸戦隊の通常兵士を見回らせていたのだが、密告が入るのだ。
今更武装蜂起も出来ないので放置していても良いのだが、一応取り調べと言う形で情報を引き出した。
訓練された諜報員では無いため、ペラペラとよく喋る。
しかし、その中に気になる情報があった。
自由共和国連邦政府内に敵の諜報員が紛れ込んでいるというのだ。
戦時の常套手段だが、そのような重要情報を一民間人が知っているのは明らかにおかしい。
その情報の詳細がバートンやスクオーラに届くまで若干の時を要した。
「EDEN1でクーデターはあるまい。銀河共和国連邦の関係者やそれに連なる者は全てリストアップされている。
たとえ打撃艦隊3個程度が反逆を起こしても近くに駐屯する基幹艦隊や打撃艦隊、機動艦隊に攻撃されればひとたまりもなかろう。」
それがバートン提督の判断だった。
民間人に偽装した銀河共和国の諜報員ではないのか?
となると、混乱させるためだけでは無いだろう。何かの謀略かもしれない。
バートンは軍司令部に形式だけの報告を送った。
「どうせ何も動かないことはわかっているが、後で責められては面倒だ」
バートンらしい考え方だ。
それよりもまずはこの要塞を完全に仕上げ、ADAM30に人間を呼び戻さねばならない。
軍需物資として作物や資源を買い上げていた銀河共和国軍が撤退してから、過剰生産に陥り経済がおかしな状態になってしまっていた。
軍務一辺倒でやって来たバートンには経済のことはわからない。
通常は軍が行政に口をだすことは殆ど無いのだが、銀河共和国軍は新規占領地だったため行政府を軍の管轄下に置いていたようだ。
◆
「あったぞ、必要な物が」
バートン提督がスクオーラ提督に2Dモニターで知らせてきた。
「なんでしょう?不足しているものがあったでしょうか」
スクオーラが答えると
「ADAM21と同じようにすべきだと考える、2000km級の要塞惑星だ。」
「それは・・・要塞と6万隻の守備艦隊ということでしょうか、確かに必要ですね」
スクオーラは同意した
「では早速、軍司令部に連絡を取るか、却下されるかもしれんが」
◆
軍司令部はバートン提督の案をあっさり承諾した。
「となると、座標の計算が必要だな。重力の関係で軌道をしっかり決めておかないと、惑星に落ちたり最悪の場合星系自体を破壊する可能性がある。」
こんな時に力を発揮するのはグレイ・ヴァーデル上級参謀である。早速配置場所を計算しだした。
「ADAM30本星から少々離れた場所にラグランジュポイントがあるため、そこへ配置することにした」
「ということはADAM21と合わせ、16万隻が駐留可能になるな、即応性にも無理がない。」
バートン提督がヴァーデル大佐を一番近くに置くわけがそこに有る。
「しかし、惑星要塞を移動させるにはかなりの期間を要するな」
バートンが言うと
「恐らく2ヶ月程度でしょうか」EDENもしくはABELからの移動となるはずである。
「となると、更に2ヶ月張り付きですね」ヴァーデルが答えた。
それに答えて
「そうだな、ほとんど2ヶ月の間は哨戒のみとなるな、しばらく私もやっとゆっくりと出来る」
やっと提督に時間が作られた。
もう、しばらくこの地を攻めてくることはないだろう。
両提督は上級参謀に指揮を任せ、自身は惑星要塞内に出て民間人を観察しようとしたが、重要人物で有るため警備が数人付き、やはり自由行動とまではいかなかった。
「要塞の復旧と強化はほぼ終わりかけているようだな、報告通りだ」
バートンが言うが、警備兵は何も言わなかった。
これでADAM星域での戦闘は終結した。あとは終わるまでの時間を余暇として使うだけだ。
激戦が終わり、全ての将兵に安堵感が漂っていた
やっと終わったのだ。しかしまだ戦いは続く、恐らくずっと・・・
一旦この話で章として終わります。