第5話 -焦燥と寸暇-
今回の会戦は銀河共和国軍の罠ということもあり、多くの損害と犠牲が出た。
負傷者は脳に損傷を受けていないかぎり腕が千切れようと内蔵を吹き飛ばされようと、
生きてさえいればナノマシンによってカプセル内で治療を行い元の健康体に戻ることが出来る。
ただし、損傷した部位や範囲によっては半年程度の再生治療期間を必要とする。
その点で言うとレイ・ギャロップ中佐は腰椎から下に損傷が集中しており、比較的早期の回復が見込まれる。
「巡洋艦と駆逐艦にトルーパー部分が挟まれたんだって?それでよく生きてたな、ハルピュイアだったからか?」
と仲間の隊員が話しているのもレイには聞こえない。
101連隊は5名の隊員を失い、治療中の隊員が3名の合計8名空きが出てしまった。
予備要員の居ない連隊にとっては痛い喪失である。
補充しようにも技量的に連隊に見合うだけの人材の確保は難しい。
特に大隊所属の隊員の場合は小隊や中隊、そして大隊単位で戦闘を行うため、
慣れていないと連携は不可能に近い。
「当面は自由戦闘部隊から大隊へ人員を動かすしか無いな。
司令部に連絡を取って増員を考えてもらうことにしよう。」
オーウェン少将は書類を見ながら話した。
◆
クラムラン惑星要塞攻略に関しては艦隊の再構築後ということに決まった。
基幹艦隊は2万隻を失っており、第87打撃艦隊は7千隻、第229機動艦隊は3千隻を失った。
補充のために2個打撃艦隊を解体し、不足鑑とクルーを補充することとなった。
誰に言われるともなく101連隊の隊員がデッキ横の休憩室に集まって来ていた。
「やれやれだな、あの銀色の部隊だが、我々と技量は遜色のないエースの集団だったろ?
今後も出てくるとなったら厄介な存在になるだろうぜ」
レギオン大尉は心を痛めていた。
友人でもあるモト少佐の死の実感が未だに無いようだった。
「まずはADAM21宙域に一旦撤退らしい。
失った艦とパワードトルーパーを正確に調査後、各艦隊を再構築だとさ。」
キャロル・フィフスバール大佐は続けて
「当面の間この艦隊は戦闘不能だね」と締めくくった。
「そうだな、けど睨みは利かせておくんだろ?
敵は要塞に入っただろうし立て直したとしてこちらに要塞守備艦隊以外に5万隻も居ればそうそう攻めては来れないだろうぜ」
レギオン大尉が言った。
◆
「随分派手にやられたな、第1要塞守備艦隊と第332艦隊はほぼ全滅、
第27打撃艦隊と第112機動艦隊の混成部隊が1万隻以上の損害か。完全に負け戦だな。」
第27打撃艦隊のナンセル・ワンダーク提督がクラムラン第2守備艦隊のチャーリー・デイツ提督に言った。
第1守備艦隊のグイン・ファー提督は母艦ブリッジが破壊され戦死。
第332艦隊のイワン・サリチェフ提督も交戦中に乗艦が爆沈しての戦死であった。
「やはりバートン提督とスクオーラ提督の用兵は侮れんな、
それにあの機動艦隊の提督も随分と戦闘に長けた人物と見受けられる。
それはそうと、新戦力の第一特殊攻撃連隊も敵101連隊と比較すると荒削りな部分が目立ちましたな、
実力的には各員共相手に引けは取らぬ様子でしたが。」
第112機動艦隊提督のバリー・ルイスも旗艦に数発の直撃弾を受けたが、
乗艦がペガサス級超大型戦略戦闘母艦という防御に優れた新型艦だったため小破で切り抜け、要塞まで帰還できた。
「3個打撃艦隊が今こちらに向かっている。奴らが体勢を整える前に一気に叩くか、それとも防御を固めるか。」
ワンダーク提督は思案していた。
「確かADAM21は惑星要塞が2箇所有ったな?1000km級と2000km級。
守備艦隊だけで8万隻か、攻めるのは厳しいな。司令部は何と言ってきている?」
「しばらく様子を伺いつつ惑星要塞の守備を固めろ、とのことです。
自由共和国軍にとっては要衝では無くとも、こちらにとっては敵地進出に向けての橋頭堡ですから。」
上級参謀であるシュウ・ユキモト大佐が状況を説明した。
「打撃艦隊到着後もそれは変わらんだろう。」
ワンダークは果てのない星々の輝きを見つめながら答えた。
その頃クーン准将は少々当惑していた。
「被撃破数21機、戦死20名か、考えていたより相当手強い相手だったな。
こちらは敵の倍の機数だったが・・・」
と、気落ちしている隊員の前で今回の戦闘での結果を今後に活かすため話しだした。
「ともあれ、8機撃破と言う結果も残せた。101連隊といえども無敵ではないということだ。」
するとまずランゲート少佐が口火を切った。
「俺の機は何度もロックオンされ、一時は落とされかけました。
偶然の爆発で引き剥がせましたが。奴ら相手に余裕のある戦闘はまだ無理です。」
それに答えてギャリー・ウィリアムズ中佐も静かに口を開いた
「俺も腕には自信があったし、訓練でも実際負け知らずだったが奴らと戦うのは骨が折れる。
追われるばかりで一機も仕留めきれなかった、正直なところ通常機1000機を相手にしたほうがまだマシです。」
拳を握りしめ、机を叩いた。
クーン准将は頷きながら
「そうだな、全軍を通してエースと呼ばれる錚々たる顔ぶれが揃ってこの結果だ。
奴ら101連隊は2000隻規模の艦隊でも止められんだろう。
しかし、奴らに対抗出来るのは我々だけだ。それを心せよ。」
◆
銀河共和国連邦も自由共和国連邦も連邦制を取っているが、
実際は最高権力者である大統領が居り、連邦行政府、連邦議会がある。
各共和国は連邦行政府の下で各国行政機関や議会を持つが、
最高意思決定機関は常に連邦行政府であり、大統領である。
当然のことながら軍も連邦軍は強大であり、各共和国が持つのは自衛軍としての軍備のみである。
外征や防衛等は連邦軍が一手に持つこととなっている。
連邦軍司令部もまた軍の中枢であり、全ての情報が集まり、意志が決定され、運用されることとなっている。
1ヶ月もせずに自由共和国軍、銀河共和国軍に増援が到着しだした。
それぞれが艦隊を整え、次の戦闘に向けて力を蓄えようと急いでいた。
◆
「第87打撃艦隊は今より第17艦隊とする、
新たに10番代の艦隊は3万隻の戦力を擁する強襲艦隊と呼ばれることとなる。」
とバートン元帥は司令部からの命令書をスクオーラ上級大将に告げた。
「他にもリストアップされたエースパイロット100名が101連隊と合流する。
全員がハルピュイアのテストパイロット上がりということだ。
オーウェン少将には伝えてあるが、
101連隊には更に500名エースクラスのパイロットが加わり101旅団とする。
機体は必要数や種別を申告せよとのことだ」
その日の内に連隊内にその命令が告げられた。
「全隊員700名を抱えることとなるが、当面の間は250名程度の体勢とする、
これは例の白銀の部隊と数を互角以上にするためだ。
なお、連隊用にハルピュイアが400機届けられた。全隊員はセイレーンより乗り換えだ。
これはギャロップ中佐機の破損状況を解析した結果、
コックピットを含め全体的な強度がセイレーンの2倍と判明したためだ。
セイレーンなら彼は即死していたと技師が結果を報告してきた。」
ブリーフィングルームがざわつく中
「操作は同じと考えていいが、モニターやスイッチ類が多少変更されている、
各自シミュレーション装置及び実機での慣熟操作にて確認せよ。」
◆
合流開始から2日が過ぎ、オーウェン少将は続々と補充されてくるパイロットを選別していた。
選別の方法とは、現101連隊隊員との模擬戦闘である。
オーウェンのプランは最終的に攻撃部隊3個連隊つまり9個大隊の編成と自由戦闘部隊の拡充である。
現大隊長は上佐に昇進し連隊長となり各小隊長が中隊長に、中隊長が大隊長に昇格する。
自由戦闘部隊はオーウェン少将直下の部隊として変更はなく、
機体数を50機程度に増強、残りのパイロットは大隊支援部隊として編成を考えることとした。
現在ハルピュイアが400機、セイレーンが200機である。
これにFB15シンフォニア、FF13ケンタウロスGS8ダイダロスを予備機を含め300機ずつ要請することに決めた。
大部隊になるため、キサラギの格納庫を圧迫することとなり、旗艦に随伴する母艦が2隻用意された。
新型のカシオペア級超大型戦術戦闘母艦でアンドロメダとペルセウスと銘名された。
100隻の建造が予定され、主に機動艦隊の旗艦として使用されるというその艦は
全長8km通常艦載機1500という旗艦にふさわしい巨艦である。
早速全ての装備がハルピュイア用に改修され元連隊の隊員が派手に慣熟行動を行っていた。
新規隊員であるパイロット達も同じように慣熟行動を行ったが、101連隊の特殊パックについてであった。
それはレイが経験した時と同じように驚愕と脅威の連続の日々であったのだろう。
各艦隊でエースを務めていたほどのパイロット達ですら「なんだよあのバケモノ装備は・・・」
と同じようなことを言い合っている声がそこかしこから聞こえていた。
◆
同じ頃、銀河共和国軍はADAM30の惑星要塞付近にて合流を行っていた。
守備艦隊が崩壊してしまった今、まずはそれの構築が必要であり、その後に各艦隊の補充を始めていた。
「第2守備艦隊を緊急補充し第1守備艦隊とし、第112機動艦隊を第2守備艦隊として再構築せよとの命令だ。」
ナンセル・ワンダーク提督は事務作業を参謀達と共にこなしていった。
自分の第27打撃艦隊や第332艦隊も再構築しなくてはならない上、
命令とはいえ解体される打撃艦隊の提督は自分と同じ階級のため、やりづらさを感じていた。
自分の出身が海兵隊ということもあるだろうが、軍の中では猛将と呼ばれ、
ワンダークの名を知らぬ者はほぼ居ないと言ってもよい状況の中、この敗戦である。
ただし記録上の戦闘に関しては流石に猛将と呼ばれるだけあるとの評価も受けていた。
「ワンダーク大将、我々の艦隊の解体と構築は全て任せる。好きなように采配してくれても良い。」
第56打撃艦隊提督のベヌム・フィッシャー大将がワンダークに言った。
「それは助かる。命令とは言えフィッシャー提督達の艦隊ですからな、
自分の好きにして良いものかと思案していたところだったので。」
ワンダークが言うと
「これは、勇猛果敢を体現するワンダーク提督がそのようなことを考えておいでだったか、
いつぞや元帥の命令に逆らい勝利の立役者となったのを覚えてますぞ。」
と今度は第62打撃艦提督パラリティ・フィーゼンブルク大将が大げさに笑ってみせた。
「今回我々の艦隊が選ばれたのは、新造艦隊ゆえ、鑑も兵もまだ慣れていないということからでしてな、
第56、62、91打撃艦隊は再度構築すると決まったのでのう。遠慮無くやってもろうてかまわんよ。」
と古兵で若かりし頃ワンダークと同様に猛将と謳われた第91打撃艦隊提督
フィラー・タキヌマ大将がニコリと笑った。
「各提督方のご配慮ありがたく頂戴します。」
ワンダークは一礼し
「では艦隊構成のシミュレーションを行い、配備をさせていただくとします。」
と、上級参謀であるシュウ・ユキモト大佐を呼び出し、策を練ることにした。
2日の計算と熟慮の結果、要塞守備2個艦隊と第27打撃艦隊の構成を決め、各提督に報告した。
「なんと、これは・・・」
フィーゼンブルク提督は絶句した。
「流石というか、ワンダーク提督らしいというか、恐ろしく攻撃的な艦隊に仕上げましたな。
守備艦隊もこの構成では敵の攻撃に対して頑強な守備力を保ちつつ攻撃力も格段に上がる。」
フィッシャー提督も驚いた。
「残った艦も艦隊として十分機能しうる」
ワンダークは
「いや、上級参謀が優秀なだけでして、私は我侭を通しただけですが、提督方もこの案に賛成頂けるか?
それならば悩んだ甲斐もあると言うものです。」
と答えた。
「それと、残った1個打撃艦隊相当の艦隊ですが、
第332艦隊の代わりに御三方の内の一人に指揮を取っていただきたいと考えております。
出来ればタキヌマ提督に残っていただき、ご教授くださればと。
現在2桁艦隊のナンバーに空きが無いか司令部に問い合わせているところです。」
と話を続けた。
「うむ、ワシは異存ないが、フィッシャー提督とフィーゼンブルク提督はどうじゃろうか?」
と二人を見ると、二人共が頷いていた。
「では決まりじゃな、こんな老兵でよければ残らせていただこうかのぅ」
とまたニコリと笑った。
ワンダークは
「ではこれで決まりということで、フィッシャー提督とフィーゼンブルク提督には
新たな打撃艦隊を編成していただき、出来れば後ほど連絡をいただければ。」
と頼んだ。
フィッシャーもフィーゼンブルクもワンダークの構築した艦隊のデータをコピーし
「我々の打撃艦隊の構成に役立たせてもらうがよろしいか?」
とワンダークに訊いてきたので
「参考になるのでしたなら嬉しい限りですな」
ワンダークは返した。
ほどなくして、銀河共和国軍司令部から返答が来た。
タキヌマ提督の艦隊は以前と同じく第91打撃艦隊と決まった。
「打撃艦隊として働くには、少々補充が必要じゃな、今の編成では2個機動艦隊となってしまうじゃろうて。
旗艦はともかく重母艦や重戦艦を含め2000隻程要請してみようかの」
タキヌマ提督がワンダークに話した。
「それは承知しております。砲艦や駆逐艦、巡洋艦が相対的に多くなってしまったので
打撃力に不安を感じましたゆえ重母艦、重戦艦、戦艦、重巡洋艦
それにパワードトルーパーも7000機程要請しました。」
ワンダークはそう答え
「気の回る男じゃのぅ、ではワシはゆっくりと待つとしようか」
とタキヌマ提督は部屋を出て、惑星要塞に用意された自室に帰っていった。